43 五賢人
「誰かが《黎明の魔女》を探っている、か」
シオンの言葉に、フィーネはうなずいた。
「そうみたいなんです。私の予想では王宮にいる誰かだと思うんですけど」
「王宮にいる誰か……」
シオンは顔を俯けて考える。
「探りを入れてみる」
「お願いします。状況を把握するため、私も王宮で働きたいんですができそうですか?」
「君が王宮で?」
「宰相様が評価してくださってるってお話でしたよね。ちょうどいい機会だと思いまして」
王宮の宝物庫にある魔道具をこっそり使いたいという真の目的は伝えない。
(失敗したら問題になる可能性もあるし、シオン様は巻き込まないようにしないと)
シオンは少しの間押し黙ってから言った。
「《黎明の魔女》の関係者である君が王宮で働くのはリスクもあると思うが」
「わかっています。でも、やりたいって私の心が言ってるんです」
気持ちが決まっていることを伝える。
シオンは、目を伏せてからうなずいた。
「わかった。伝えておく」
◇ ◇ ◇
翌日、シオンは宰相であるコルネリウスにフィーネが働きたいと思っていることを伝えた。
「それはいいね。すぐに手配するよ」
宰相の反応は好意的なものだった。
採用のための面談の日時もすぐに決まった。
元々フィーネを勧誘していたわけだし、自然な反応だったように見える。
しかし、何かがひっかかるようにシオンは感じていた。
(この人は何かを隠している)
王宮内の関係者に話を聞き、悟られないように探りを入れる。
「シオン様、先日話していた救貧院の件で問題が」
「わかった。すぐに行く」
シオンには他にもしなければならないことが多くある。
前当主ベルナールが残した負の遺産と黒いつながりの後始末。
五賢人の一人、《氷の魔術師》としての日常業務。
休んでいる時間はまったくと言って無い。
だが、そういう生き方が彼には染みついていた。
彼は、幼い頃からずっとそうしていたから。
周囲の期待に応えることを強制された。
自分の意思を持つことは許されなかった。
彼は我慢することに慣れている。
時々、自分の気持ちが見えなくなるくらいに。
手がかりをつかんだのは、フィーネが王宮に面談に行く前日のことだった。
(国王陛下が五賢人を招集……)
秘密裏に招集されていた五賢人。
問題は、シオンが何も知らされていなかったこと。
(どうして自分以外の五賢人を)
忙しい生活を送るシオンへの配慮である可能性もある。
だが、そこには何か別の理由があるように感じられた。
(いったい何を……)
◆ ◆ ◆
大王宮、最上階にある一室。
「進捗はどうだ」
国王陛下の言葉に、うなずいたのは一人の女性魔術師だった。
「順調に進んでおりますわ」
五賢人の一人、《花の魔術師》アイリス・ガーネット。
純白のブラウスに真紅のジャンパースカート。
花刺繍のヘッドドレスを揺らして微笑む。
「北部辺境の調査は非常に有益でした。今、私は《黎明の魔女》についてこの国で最も詳しい一人であると言えます」
自信に満ちた表情で続ける。
「とはいえ、いくつか問題もありますが」
「問題?」
怪訝な顔で言った国王陛下にアイリスはうなずく。
「《焔の魔術師》は『戦が決まったら呼べ』とのメッセージを残して音信不通。《水の魔術師》は『人間は怖いので行けません。ごめんなさい』と家の中から一向に出てきません。《風の魔術師》はやる気になっていますが、とにかく性格が悪いので手綱を引くだけで一苦労。心労がたたって私は三キロ体重が増えました」
「……すまない」
「構いません。この国の人々のために働くのが私の使命なので」
そのとき、響いたのは別の第三者の声だった。
「傷つくわぁ。陰口は性格悪いんちゃう、姐さん」
音もなく現れたのは針金細工のように細身の男だった。
《風の魔術師》ウェズレイ・フリューゲル。
挑発するような口調に、アイリスは肩をすくめる。
「陰口ではありません。聞こえるように言ってるので。あと、貴方の姉になったつもりはありません」
「固いこと言わんでよ。ボクと姐さんの仲やん」
「ほとんど関わりないですからね。まったく」
ため息をついてから、アイリスは言う。
「それから、懸念材料がもうひとつ。《氷の魔術師》に気づかれました。彼は《黎明の魔女》に肩入れしているようなので、何か動いてくる可能性があります」
「そんなん問題でもなんでもないよ。今のシオンくん、弱なってるもん。殴って黙らせたら、それで終わりやん」
「そんなに簡単にいくとは思わないですが」
「見解の相違やね。まあ、見といてや」
ウェズレイは国王陛下に向き直って言う。
「お任せ下さい、国王陛下。《黎明の魔女》の正体はこのボクが全部暴いて晒して見せます」