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42 可能性と期待


「王家所有の宝物って……」


 幽霊さんの言葉に、フィーネは息を漏らした。


「どうしてそんなことになってるのよ」

『それはまあ、僕が優秀だからというか。あの杖は僕の作った魔道具の中でも最高傑作のひとつでね。根幹の魔術機構は僕自身、どうしてあんな風に機能しているのかわからない。運が良かったとしか言い様がない出来なんだ』

「幽霊さん自身もわからないの?」

『うん、まったくわからない』


 苦笑して言う幽霊さん。


「魔道具作りってそんな適当な感じで良いの?」

『むしろ、極めて高度だからこそ偶然の力を借りる必要があるって感じかな。挑戦的な構想の魔道具が設計したとおりに機能することは滅多に無い。むしろ、何が出てくるのかわからないところに魔道具作りの面白みがあるんだ』


 幽霊さんは愛おしそうに目を細める。


『懐かしいな。仲間と一緒に何日も泊まり込んでああでもないこうでもないって試行錯誤を重ねてさ。当時は工房もまだ小さくて、お金もないからみんなぼろ切れみたいな服を着てて。三日に一回は魔道具が爆発して工房の屋根が吹き飛んで、大変だったよ。でも、あの頃が一番楽しかった』


 ここではないどこかを見ているような目だった。


 思い出の中にある美しい時間。


 幽霊さんにもそんな頃があったんだ、と思う。


「良いわね。楽しそう」

『結局、全部いらないって捨てちゃうんだけどね』


 低い声に少しどきりとする。


 鏡の中の白い世界で、幽霊さんはたしか裏切られたと言っていた。


 幸せな時間は長くは続かなくて。


 最後には、幽霊さんは人との関わりを捨てたいと思って自分に魔法をかけた。


 他の誰からも認識されなくなる、呪いみたいな魔法を。


 フィーネはその理由を知りたいと思う。


 だけど、簡単に聞いていいことではないと思う。


「一からもう一度《星月夜の杖》を作ることはできない?」


 だから、そっと話の方向を変えた。


 いつか幽霊さんが話したいと思ってくれたときに、全部聞けたらいいなと思う。


『難しいだろうね。あれが完成してから何度も再現を試みたけど、一度も成功することはなかったから』

「じゃあ、王宮に忍び込んでこっそり杖を使わせてもらうしかない、と」

『それこそ不可能でしょ。この国で最も警戒が厳しい場所だよ』

「そうとも限らないわ。王宮の中に入っても不審に思われない立場になれば――」


 そのとき、脳裏をよぎったのは以前シオンが話していたことだった。


 たしか、王国の宰相を務めるコルネリウス様が、フィーネの魔法技術に興味を持っているみたいなことを言っていた記憶がある。


「私が王宮で働きたいって言ってると、シオン様に伝えてもらいましょう」

『本当にやる気? 相手は王族だよ』

「同じ人間であることには変わりない。何より、バレなきゃ何の問題も無いわ」

『絶対いつか痛い目を見るよ、君……』


 幽霊さんはあきれ顔をしていたけれど、フィーネの胸は期待に弾んでいた。


 自分の力で幽霊さんを実体ある姿に戻せるかもしれない。


 少なくとも、その可能性がここにはある。


 それがどんなにうれしいことか、この人はきっとわからなくて。


 だけど、私は意地悪だから絶対教えてなんてあげないのだ。






 遂に捕まえた幽霊さんを元に戻せる可能性。


 大きく前進している感覚に胸を弾ませつつ、読み終えた本を元の位置に戻す。


 目的を果たして幽霊屋敷を出ようとしたそのときだった。


『フィーネ、ちょっと来て』


 幽霊さんは船の舳先で潮目を読む船頭さんみたいに真剣な顔で言った。


「何?」

『いいから』


 そこにはどことなく切迫した響きがある。


 後に続いて、屋敷の庭を奥へ進んだフィーネは息を呑んだ。


 空気に混じるかすかな魔力の痕跡。


 普通の人には感じ取ることさえできないそれを、フィーネの磨き上げた感知能力は拾い上げる。


 熟練工が、0.01ミリの変化を指先で感じ取ることができるように。


「なにこの磨き上げられた魔力……」

『間違いなく一線級の魔術師だね。それも、搦め手系の魔法が得意な術者によるものであるように見える』

「シオン様の関係者……ではないわよね」

『術者は明らかにこの痕跡を隠そうとしている。関係者なら、そんなことをする必要は無い』

「何者かが私を――探ってる」


 脇の下がじんわり汗ばむのを感じる。


「誰がどういう目的で探りを入れてるのかしら」

『わからない。でも、一番可能性が高いのは《黎明の魔女》関連じゃないかな』

「《黎明の魔女》の弟子として、調査されてると考えればたしかに筋は通るわね」

『あるいは、君が《黎明の魔女》なんじゃないかと疑っているのかも』

「まさか」

『無いとは言えないことを君が一番わかっている。違う?』


 幽霊さんはじっとフィーネを見つめて続ける。


『君が《黎明の魔女》の弟子であるという情報は、シオンくんしか知らないはずだ。そして、ここまで質の高い魔術師を送り込める組織を考えれば相手の答えは出る』

「……王宮にいる誰か」

『そういうこと。やっぱり、王宮の調査は止めた方が良い。危険だ』


 幽霊さんの言葉は正しいと思う。


 自分を心配してくれているのもわかる。


 それは正直に言ってうれしくもある。


 だけど、だからってあきらめるという選択肢はなかった。


「虎穴に入らずんば虎子を得ずってね。面白くなってきたじゃない」

『まったく、君は……』


 深く息を吐く幽霊さん。


『まあ、そう言うだろうことは薄々わかってたんだけどね』

「地位も権力も私には関係ない。正々堂々正面から迎え討ってやるわ」


 フィーネは不敵に笑みを浮かべる。

 ここに来た痕跡を丁寧に消してから、幽霊屋敷を後にする。




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tobira
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