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41 叶えたい願い


 そんな感じで心臓によくない日々を過ごしながらも、フィーネは幽霊さんを実体に戻すための研究を続けていた。


「幽霊さんを実体ある姿に戻すために、今日は火あぶりにして透明な身体の反応を見る実験をしようと思うわ」

「嫌すぎる」


 フィーネの言葉に、幽霊さんは警戒した顔で言った。


『先日生き埋めにしたときに、僕の身体があらゆるものの干渉を受けない状態になってるって結論になったでしょ。物質や化学反応に加えて時間の影響も受けてないんじゃないかって』

「なったわね」

『じゃあ、火であぶったところで結論は実験する前からわかってると思うんだけど』

「やれやれ、何もわかってないわね、幽霊さんは。仕方が無いから教えてあげるわ」


 フィーネは大学の講師のような口調で言う。


「不要に思えることでもやってみると新しい発見が生まれることがあるの。歴史上多くの革新的発見が、研究者の不注意によるミスから生まれているのよ。効率的で合理的な考えが常に正しいとは限らない」

『それはその通りだと思うけどさ。でも、火の影響については僕も何回か試して影響を受けないことが確定してるし』

「だったら、いいじゃない。熱くないんでしょ」

『そう言われればそうなんだけど、ほらあぶられてるビジュアル的に僕の人としての尊厳が汚されている感じがするっていうか』


 幽霊はいぶかしげにフィーネを見て続ける。


『というか君、最近僕への嫌がらせとしてこの手の実験してない?』

「…………………………気のせいよ」

『今変な間があった! 絶対わざとでしょ! それ目的でしょ!』


 追求する幽霊に、フィーネは髪をかきあげて言った。


「そうね。認めましょう。私は貴方への嫌がらせを主目的としてこの手の実験をしてるわ」

『うわ、最低だ。この人最低だ』

「嫌なら、恋愛関係で私をからかうのをやめなさい。そうすれば、私もこの密かな抗議活動をやめてあげる」

『なるほど。それが原因だったわけか』

「そう。幽霊さんのせいで私の心労はかつてないレベル。一日九時間しか眠れない状態なんだから」

『それだけ眠れたら十分だと思うよ』


 幽霊さんはにっこり目を細めて続ける。


『絶対やめない』


 それから、フィーネと幽霊はしばしの間ぽかぽかと殴り合いをした。

 互いの拳は空を切り続け、最後には『何をしてるんだろう……』という空しさが二人を制止した。


『わかった。からかうのはどうしても我慢できないときだけにする』

「私も嫌がらせはどうしても我慢できないときだけにしてあげるわ」


 フィーネは呼吸を整えつつ言う。


「でも、幽霊さんに関する研究が手詰まりになってるのも事実なのよね。試したいことは全部試しちゃったし、偶然の発見を期待して普段ならやらないことをやるしかないっていうか」

『いつも言ってるけど、そんなにがんばらなくていいよ? そもそも、僕が自分で撒いた種だしさ。誰とも関わらず一人で生きていきたいなんて自分勝手なことを考えた結果だし』


 幽霊は塞ぎ込んでいた自分のことを思いだす。


 信じていた人たちに裏切られて。

 人間の醜さを思い知って。


 誰とも関わらず一人で生きたいと自分に魔法をかけた。


 その結果、誰とも関われなくなって寂しくなって。


 誰かと話したいなんて思ってしまうのだから自分は本当に救いようがない。


 自嘲気味に笑う幽霊に、フィーネはむっとした顔で言う。


「そんなの普通のことじゃない。人間なんて身勝手で自分勝手なものだし、誰とも関わりたくないなんて思う日くらい誰にでもある。まあ、それで自分に存在を誰にも認識できなくなる魔法をかけるのは自意識過剰でちょっと痛いなって思うけど」

『言わないで』

「でも、だからって何千年もの間誰とも関わらずに生きないといけないなんて、罰にしたって釣り合いが全然取れてない。神様がいるなら首根っこつかんで引きずり回してやりたいところよ。うちの幽霊さんになにやってんだって。でも、それができないから私が治してあげるの」


 フィーネは目を伏せて続けた。


「私がいなくなったら、また幽霊さん一人になっちゃうし。だから、それまでになんとかしなきゃ」


 その言葉に、幽霊は少し驚く。


 そんな風に考えてるなんて、夢にも思っていなかったから。


(そこまで僕のことを考えてくれてるなんて)


 猫みたいに素直じゃないところがあるフィーネの中にある優しい思いに、胸の奥があたたかくなる。


 だけど、喜んでばかりもいられない。


 自分は彼女の親代わりなのだから。


 この子の幸せを何よりも優先して考えないと。


『ありがとう。でも、フィーネの幸せが僕にとっては一番大事だから。僕のことはおまけくらいの認識で大丈夫だからさ』

「勘違いしないで。幽霊さんのためになんてやってないし。私がやりたいからやってるだけだから」


 ふん、とそっぽを向いて、それからはっとした様子で言う。


「そうだ、幽霊屋敷に行ってみましょう。今、改めてあそこに行けば幽霊さんを元に戻すために有力なヒントを見つけられるかも」

『でも、あの屋敷は所有権を巡って今は裁判中でしょ。公爵家の人間が中に入るのはまずいんじゃ』

「甘いわね。賢い私はその点について、完璧な解決策を持っているのよ」


 フィーネは不敵に笑みを浮かべて言った。


「バレなきゃ何の問題も無いわ」


(大丈夫かな……)


 幽霊さんはあきれ顔で仮面の準備をするフィーネを見つめた。






 形式上の結婚をして、クロイツフェルト家の次期公爵夫人であるフィーネには、秘密にしているもう一つの顔がある。


《魔の山》最強の存在として君臨し、北部地域で起きた魔物の暴走スタンピードを壊滅させ、各地で幾多の伝説を残す仮面の魔法使い――《黎明の魔女》


 近頃は王都でもその存在が確認され、王国魔法界では彼女に対する扱いを巡って、いろいろと論争にもなってるらしい。


 そんな《黎明の魔女》の正体こそ、その昔《黎明の賢者》と呼ばれていた幽霊さんの弟子であるフィーネなのだった。


 身体を鳥の姿に変える魔法で空を飛び、幽霊屋敷を目指す。


 風魔法で起こした上空の風に乗って、一直線に幽霊屋敷へ。


(裏山があそこにあるから、幽霊屋敷は向こうの方角ね)


 方角を見失わないように、目印と自分の位置関係に注意する。


 幸い、今日は晴天で澄み切った空のはるか先まではっきりと見渡すことができた。


 異様な速さに驚く鳥たちを横目に、幽霊屋敷の屋根に降り立つ。


 猫に姿を変えて、忍び足で人がいないことを確認。


 久しぶりに訪れた幽霊屋敷は、以前よりさらに荒れ果てたものになっていた。


 シオン様によっていろいろと悪事を暴かれ、混乱の渦中にいる叔父様と叔母様なので、辺境の屋敷の管理まで手が回っていないのだろう。


 管理を担当している使用人も来ていないようで、その荒廃ぶりに少し寂しくなる。


(幽霊さんとの思い出もたくさんあるし、余裕が出来たら綺麗にしたいところだけど)


 そんなことを思ったけれど、隣にいる幽霊さんにはもちろん言わない。


 にやにやして、腹の立つ顔をするのがわかりきっているからだ。


『僕は向こうの方を見て来るよ』

「うん、私は書庫にいるから」


 とはいえ、人がいないのは今のフィーネにとっては好都合だった。


 猫への変身を解いて、仮面を付けた魔女の姿で書庫の本を漁る。


 幽霊さんは少なくない数の魔導書を持っていたけれど、そのすべてをフィーネは二周以上読んでいる。


 だけど今、改めて読み返して感じるのは私がそれらの本についていくつもの誤解をしていたということだった。


 大人になって読むと子供の時には気づけなかった奥行きやニュアンスに目が留まる。


(こんなに深みがある本だったなんて)


 夢中になって読み進めた。


 自分の成長も感じられて、それはなかなかに心地良い体験だった。


(この二冊は持って帰って読みましょう。ここで目を通しておくべき本は――)


 時間は限られている。

 手際よく魔法関係の蔵書を再点検する中で、見えてきたのはひとつの可能性だった。


「ねえ、幽霊さん。この幽霊さんが作った魔道具――《星月夜の杖》って魔法を無力化するものなのよね」

『そうだね。そういうものとして作った』

「あらゆる魔法式の防御機構を無効化して強制的に魔法の機能を停止させる。これを使えば、幽霊さんにかかっている魔法を解除することができるんじゃないかしら」

『やっぱり君は優秀だね』


 幽霊さんはため息をついて言う。


『僕の結論も同じだった。あの杖を使えば、僕にかかっている魔法を解除することができるかもしれない』

「だったら、使って試してみましょうよ。うまくいかなかったとしても、絶対新しい発見があるはずだし」

『簡単に試せるものだったらよかったんだけどね』


 目をそらす幽霊さん。


「何か問題があるの?」

『僕の作った魔道具のうち、現存してるものは大抵いろいろと尾ひれがついて高名な人の所有物になってるんだよね。ほら、《ククメリクルスの鏡》みたいに』

「ロストン王国における三種の神器だっけ。たしかにすごい力を持った鏡ではあったけど――」


 言いかけて、フィーネははっとする。


「もしかして、《星月夜の杖》も?」

『うん。三種の神器のひとつ』


 幽霊さんは言った。


『王家所有の宝物だから、簡単に触れられるようなものじゃないんだ』




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tobira
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