4 豪奢なお部屋とおいしいお菓子
絶対嘘だと思っていた。
この短期間でミアにこんな嘘を言わせるなんて、どんな手を使ったんだと憤っていたくらいだった。
(ほんとに綺麗……)
次期当主であるシオンが生活している別邸。
その二階に用意された部屋は、思わず目がくらんでしまうほどに豪奢なものだった。
美しい水晶のシャンデリア。
広々とした部屋の奥には、王族が眠るような大きなベッドが置かれ、美しい装飾の窓に誘われた風が深紅のカーテンを揺らしている。
絨毯は羽根のようにやわらかく、化粧台から小物入れまで調度品にはかすかな汚れひとつなかった。
信じられない光景に、フィーネは口元を抑え、声をふるわせる。
「そんな……まったく雨漏りしてない部屋がこの世にあるなんて……」
『求めてる水準があまりにも低すぎる』
こめかみをおさえて言う幽霊さん。
「フィーネ様、やっぱりおかわいそう……!」
侍女のミアが瞳を潤ませて言った。
「おかしいわ。この扉、あまりにも開閉がスムーズすぎる。普通扉っていうのは開け閉めするたびにこの世の終わりみたいな軋む音がするはずなのに」
『ごめんね、僕の屋敷がボロすぎるばかりに』
フィーネは硝子窓にヒビが入っていないことに驚き、隙間風の音がしないことに首をかしげ、やわらかいベッドにびっくりして飛び上がった。
そのたびに幽霊さんは悲しい顔をし、ミアは「おかわいそう……!」とハンカチで涙を拭った。
「シオン様は明日お戻りになるご予定です。お顔あわせまでごゆっくりこちらでおくつろぎいただければと。こちら、マーマレードとクリームチーズのパイをお持ちしました」
「まあっ! 素敵なお料理! この量なら明日食べなくても大丈夫ですね!」
「……え? いや、こちらは軽食でして」
「軽食?」
「ご夕食は十八時にお持ちする予定です」
「ご夕食? 十八時?」
フィーネは混乱していた。
幽霊さんとミアは小さくうなずきながら涙を拭った。
「信じられないくらいおいしいわね、このパイ……」
困惑しつつパイを口に運ぶ。
最初は恐る恐るだった手の動きはすぐに速くなった。
大きなパイをあっという間に完食してから、フィーネは言った。
「なるほど。大体シャルル・クロイツフェルト公爵の狙いはわかったわ」
「公爵様の狙い……?」
首を傾けるミアにうなずいて、フィーネは言う。
「なぜ外に出ることもできないと社交界で陰口を叩かれているような伯爵令嬢をここまで厚遇するのか。理由は簡単よ。落差を楽しもうとしてるの」
「落差?」
「希望を与えて喜ばせてから、すべてを奪って絶望させる。うさんくさい外道貴族の考えそうなことね」
「そんな、ひどい……」
「何も問題ないわ。狙いが看破できた時点で、私たちは彼らより優位な位置にいる」
フィーネはにやりと笑みを浮かべた。
「全力で満喫してやりましょう。贅沢な時間を骨の髄までしゃぶりつくしてから、奪い去られたときに『別に知ってましたけど?』って顔をしてやるの。ここまでたくさんお金をかけてるのだもの、さぞかし悔しがるに違いないわ!」
「すごい……! たくましさと意地悪さが見事にミルフィーユしてますね、フィーネ様!」
「そうと決まったらパイのおかわりを頼みましょ。ミアも食べていいわよ」
「わーい! ありがとうございます!」
こうして、フィーネは初日の間食で二人分のパイを三回おかわりし、お屋敷の料理人を困惑させた。
一方で、急にたくさん食べたことに身体がついていかず、腹痛に苦しみ、それからの時間をベッドで苦悶の声をあげながら過ごすことになった。
食べられなかった夕食を、「明日食べるから絶対捨てないで……!」と必死の声で言った姿に、『食い意地がすごすぎる』と幽霊さんは頭を抱えたけれど、「体調不良の中、それでも我々の料理を無駄にしないように言ってくださるなんて……!」とお抱え料理人の評価はなぜか上がった。
そして、迎えた翌日。
公爵家次期当主との、顔合わせの日がやってくる。