28 歓声と事件
召喚魔法を使った余興は、フィーネが想像していた以上に貴族の方々の心を打つものだったらしい。
みんなびっくりするくらいに感動してくれていて、予想外の反応に困惑する。
(でも、あれくらいしないとみなさんのすごい余興に太刀打ちできなかったし。すべって大惨事にならずに済んだから全部良しとしましょう)
一歩間違えれば黒歴史確定の緊急事態を乗り切ってほっと息を吐く。
目立つのはあまり得意じゃないので、心が落ち着く人気の少なめな場所を探していたフィーネの腕をつかんだのは、知らない男性だった。
「あの、先ほどの魔法すごかったです! どこであんな魔法式を学ばれたのですか?」
興奮した表情と上気した頬。
すごくお酒の匂いがする。
「是非今度私に魔法を教えていただきたくてですね。私はメイスター領で領主をしている伯爵家の者で――」
たたみかけるような早口。
お酒が入っていることもあって、自制が利かなくなってしまっているのだろう。
(魔法大好きな人種にありがちなやつ……わかるわ……!)
共感するところはあったものの、次期公爵夫人として他の人に手を握られているというのはあまりいい状況ではない。
折角クロイツフェルト家の評判を高めるために来ているのに、変な噂を立てられたら本末転倒だ。
(良い感じにスマートに断らないといけないわね!)
見せ場が来た、と張り切って断り方を考える。
しかし、問題はフィーネが外の人との交流をほとんどしてこなかったため、人間関係における引き出しをびっくりするくらい持っていないことだった。
(な、何も浮かばない……こういうとき、普通はどういう風に断るの……!?)
困惑していたそのとき、フィーネの前に現れたのは知っている横顔。
「妻を困らせるのはやめていただきたい」
「し、シオン様……!」
声を裏返らせる男の人。
そこで初めて、お酒のせいで自分が我を忘れていることに気づいたのだろう。
「も、申し訳ございません。失礼します」
そそくさと去って行く男性。
割り込んでくれた旦那様の大きな背中を見上げる。
(なんてクールでスマート! まるでロマンス小説みたい!)
都会の人はすごいなぁ、と感心する。
(私がロマンス小説の主人公なら絶対惚れてたわね。これが小説じゃなくて現実でよかったわ!)
危ないところだった。
フィクションと現実の区別が付く自分を『えらい!』と心の中で褒めつつ、旦那様にお礼を言う。
「助けてくださってありがとうございます。すごいですね、都会パワー!」
「都会パワー?」
「私も見習っていかなければ」
田舎育ちのフィーネなので、都会的なものはなおさら綺麗に見えてしまうところがある。
あんな風にかっこいいスタイリッシュでエレガントな人になりたいなって憧れのまなざしで見つめるフィーネに、旦那様は言った。
「先ほどの魔法はなんだ?」
「どこに出しても恥ずかしくないとっておきの宴会芸です!」
えへんと胸を張る。
「宴会芸……あれが……?」
「はい。私的にはうまくできたと思ってたのですけど」
旦那様の顔を見上げつつフィーネは言う。
「お気に召しませんでしたか? 改善点があったら教えてください。次はもっと最高の余興を披露して見せます」
「なんだその謎に高い意識は」
「魔法を愛する者として、余興でも完璧を目指さないわけにはいきませんから」
「……クロイツフェルト家は代々優秀な氷魔法の使い手を輩出してきた名家としても知られている」
旦那様は感情のない声で言った。
「数百年続く長い歴史の中で、あの規模の召喚魔法が使える魔術師が何人いたと思う?」
「十人くらいですか?」
「一人もいない」
背筋を冷たいものが伝った。
私はやりすぎてしまったのかもしれない。
少なくとも、王国屈指の天才魔法使いであるこの人にとっては見過ごせないところまでやってしまった。
「答えろ。君はいったいどこまで――」
そのとき、鼓膜をふるわせたのはひどく切迫した声だった。
「シオン様! 大至急お伝えしたいことが」
同行してくださっている従者の方だった。
逡巡の後、彼の耳打ちを聞いたシオンは小さく目を見開いた。
撃たれたみたいな顔だった。
何かよくないことが起きているのが感覚的にわかった。
「すまない。今すぐ屋敷に戻らないといけなくなった」
「何があったのですか?」
少しの間、言葉に迷ってからシオンは言った。
「父が襲撃された。祖父の協力者に襲われて意識不明らしい」