27 王子殿下の誕生日パーティー 3
第二王子殿下の誕生日パーティー。
苦手な社交界。華やかなステージの真ん中にフィーネは立っていた。
視界を白く染めるスポットライトが肌を焼く。
(ど、どうする……!? 何をすれば……!?)
思考回路が粉々になりそうな混乱状態。
(踊りは運動苦手でリズム感が絶望的にないから無理だし、歌も音痴で幽霊さんに苦笑されるレベルだし……)
考えれば考えるほど絶望的な状況。
(いや、でもやるしかない! お願い、神様! 今だけ奇跡を起こしてすごい踊りを踊らせて!)
なんとなくの記憶を頼りにそれらしいステップを踏む。
次の瞬間、気がつくとフィーネはこの世の終わりみたいな体勢で天井を見上げていた。
(う、運動音痴すぎて身体が意味不明なことに……)
凍り付く会場の空気。
時間が止まったかのような静けさの中で、かすかにつぶやきが漏れる。
「な、なんだあれ……」
「死霊みたいな動きしてたぞ」
「わからない……いったい何を表現しようとしているんだ……」
困惑の声に、顔が熱くなるのを感じつつ、マイクの前に立つ。
(踊りがダメなら歌だ! お願い、奇跡よ起きて!)
思いを込めて、口を開く。
「……………………」
緊張しすぎて声がまったく出なかった。
フィーネは涙目になった。
「な、なぜ無音……」
「まさか、声を出さずに歌を……?」
「わからない……いったい何を表現しようとしているんだ……」
(楽しんでたのになんでいきなりこんな大恥をかかないといけないのよ!)
わき上がる怒り。
何か行き違いがあったんだろうけど、世の中の理不尽さにすべて投げ出して逃げ出したくなる。
(そうよ。こうなったら好き勝手やってやるわ)
開き直ったフィーネは、背筋を伸ばしてステージの真ん中に立つ。
(もうちゃんとした余興なんてやってやらない。私の魔法で、全員ぶっ飛ぶくらいのをお見舞いしてやる!)
ロストン王国第二王子であるアレン・ロストンにとって、誕生日パーティーで披露される余興は退屈なものだった。
初見のときは感動した見事な技芸の数々も、幾度となく見ていると、飽きてきて心を動かさないものになってくる。
しかし、だからといってそれを言葉にできないのが第二王子としての立場だった。
飽きたと自分が言えば、この余興はなくなる。
しかし、そのときにこの余興に関わった者達はどう感じるだろう。
自分たちの努力が、こだわりが否定されたような気持ちになるのではないか。
その上、世間の想像力はいつだって獰猛で容赦が無い。
『あの軽業師、第二王子の誕生日パーティーでやらかしたんだと』
『それで外されたのか。たしかに落ち目だったもんな』
『あんなくだらない芸で、パーティーに呼ばれてたのがそもそもおかしかったのさ』
根も葉もない噂が広まり、彼の家族や子供まで傷つくことになるかもしれない。
(この気持ちを外に出すことは許されない)
それは、私室で個人的な会話をしている際も同様だ。
どこから話が漏れるかわからないし、陰口としての伝わり方の方がダメージが大きい場合も多い。
国を背負う立場と責任から、彼は自分の感情を殺しながら生きるようになった。
湧き上がる感情を他人事のように冷めた目で観察し、心を整える。
(人生は退屈で苦しいことばかり。そういう風にできている。だから、心を殺して責務を全うする)
そんな彼の心は、流行病によってオペラ歌手が来られなかったことで急遽代役を務めることになったフィーネ・クロイツフェルトに対しても冷め切っていた。
(随分目立ちたがりらしい。どうでもいいことだが)
冷ややかな目で見つめていた彼女の余興は、しかし想像していたものとは違っていた。
(なんだあのまったく意図が理解できない不可思議な動きは……)
困惑と混乱。
なぜこの大舞台であんなものを披露しようと思ったのか。
(いったい何をしようとしているんだ……?)
戸惑う観衆の視線の先で、彼女は何か覚悟を決めたように見えた。
二つの足でしっかりステージを踏みしめ、そっと右手で虚空に何かを描く。
ひらひらと会場の中に何かが舞い始める。
音もなくテーブルに落ちたそれは、粉雪だった。
羽根のように半透明の氷の結晶が空を舞っている。
シャンデリアの下、王宮の中に降る雪。
そして、現れたのは水の精霊たちだった。
幻想的な美しさをたたえた彼女たちは、気持ちよさそうに広い会場の中を飛び回る。
(精霊を呼びだす召喚魔法……王国魔法界でも使えるのは数名しかいないはずなのに……)
次々に展開する魔法式。
無数の精霊と粉雪が美しく空を舞う。
やがて、その奥に現れたのは巨大な魔法陣だった。
美しい光の輪から、姿を見せたのは水魔法で形作られた竜。
竜と精霊が粉雪の空を舞う。
(なんて……なんて綺麗な……)
この世のものとは思えないほど、美しく幻想的な世界が広がっていた。
精霊たちの舞踏がどのくらいの時間続いていたのか、第二王子は皆目見当が付かなかった。
長かったような気がするし、ほんのわずかな時間だったような気もする。
精霊たちが消え、フィーネ・クロイツフェルトが一礼する。
誰も言葉を発することができない。
ただただ呆然と見つめていることしかできなかった。
公爵家の次期当主夫人が使うものとしては、あまりにも規格外の魔法技術。
(いったい何者なんだ、彼女は……)