24 疑問
「パーティーに出たい?」
シオンの言葉に、フィーネはうなずいた。
「私も次期当主夫人として、クロイツフェルト家の力になりたいんです。前当主様の残した負の遺産と、みんなで力を合わせて戦わないといけない状況だと思いますし」
「そう言ってくれるのはありがたいが」
シオンは少しの間押し黙ってから言った。
「大丈夫か?」
「何がですか?」
「君は、人付き合いが苦手だと聞いていた」
(あ、私が外に出ることもできないひきこもり令嬢ってことになってたから)
どうやら、気遣ってくれていたらしい。
思えば、次期当主夫人なのにその類いの付き合いに呼ばれたことがない。
(そういうのめんどくさいし正直ありがたい)
配慮に感謝しつつ、フィーネは言う。
「ありがとうございます。でも、今は大事な時期だと思うんです。私が社交界に出ないことで、変な噂が立ったりしてもよくないですし」
「悪評には慣れている。無理をする必要は無い」
「大丈夫です。たまには、私にもがんばらせてください」
シオンはじっとフィーネを見て言った。
「わかった。一週間後、王宮の庭園で第二王子殿下の誕生日パーティーがある。出席する旨を伝えておこう」
(第二王子殿下の誕生日パーティー……! 思っていた以上の大きなイベント!)
心の中で拳を握った。
これなら、前当主派の貴族も多く出席するはず。
情報を集めるにはもってこいの機会だ。
「お願いします」
誕生日パーティーまでの日々は、あっという間に過ぎていった。
フィーネは、ダイエットをがんばっているご褒美にタルトタタンを食べたり、ロールケーキを食べたり、スイートポテトを食べたりした。
結果、フィーネの体重は増加の一途を辿り、用意していたドレスが着られず絶望することになった。
「そんな……どうして……」
『毎食おかわりしてるし、増えない方がおかしいと思うよ』
声にならない声でうめくフィーネだったけど、お屋敷の侍女さんたちはやさしく励ましてくれた。
「大丈夫です。元が細すぎだっただけで今くらいが健康的でちょうどいいと思いますよ」
「サイズがぴったりなこちらのドレスにしましょう」
二人がかりでお化粧をしてくれる。
(なんか別人みたいに綺麗になってるわ!)
魔法のような技術に感動しつつ、公爵家所有の馬車に乗ってフィーネたちは第二王子殿下の誕生日パーティーへ出発した。
隣に座る旦那様は、物憂げな顔で窓の外を見ていた。
会話のない静かな空間。
対外的には結婚していることになっているフィーネとシオンだけど、関係としては知り合い以上友達未満という感じ。
(先週は、結構仲良くなってたんだけどね)
つまづいた拍子に、うっかり頬にキスしてしまったことで、旦那様は元々持っていた女性不信が悪化。
心のシャッターがガラガラと閉じ、最初の頃以上に心の距離を感じる今日この頃なのだった。
(初めて外の世界でできた友達……ちょっと寂しい)
元々人間不信で周囲の人と深く関わることを避けていると聞くシオン様なので、仕方ないことなのかもしれないけれど、しかしそう簡単にあきらめるほど繊細な性格をしていないフィーネである。
(今は二人で話せる貴重な時間! 関係を修復するチャンス!)
密かに意気込みつつ、負担にならない程度に話を振る。
結果は、思っていたよりもうまくいった。
もっと嫌われていると思っていたのだけど、意外とそういうわけでもない様子。
むしろ、フィーネが前に言った話を細かいところまで覚えていたり、結構好かれてるのでは、という錯覚まで起こしてしまいそうなくらい。
(じゃあ、なんで私を避けるんだろう?)
不思議でならない矛盾した行動。
馬車の天井を見ながら考えるけれど、外の人間にほとんど接することなく育ったフィーネに、感情の細かい機微を読み取るなんて難しいことができるわけもなかった。
(なぜだ……人の心がわからぬ……)
悲しきモンスターのようなことを思う馬車の中。
何より、一番わからなかったのは《黎明の魔女》の話をしたときのことだった。
シオン様がずっと探していた念願の相手。
にもかかわらず、以前のように前のめりになって聞いてこないのだ。
とはいえ、会ってみて興味が薄れたという風にも見えない。
なんだか、フィーネに聞くことにためらいがある様子。
(なんでためらう必要がある?)
考えてみたけれど、さっぱりわからない。
疑問ばかりが増える馬車の中だった。