23 特殊な子
「決めたわ。私、ダイエットする」
暴食の限りを尽くした後に起きた悲劇の体重計事件。
フィーネは宣言するように言った。
掲げた右手には、クッキーの包みが握られている。
『そのクッキーは何?』
「ダイエット宣言した自分へのご褒美クッキーだけど」
(あ、ダメそう)
と幽霊は思ったが何も言わないことにした。
言ってもどうしようもないこともこの世にはある。
「しかし、前当主別邸の探索は大変だったわよね。まさか、あんな大規模な地下施設で違法薬物の製造が続けられていたなんて」
『前当主が捕まってる今も、彼が動かしていた部下たちは活動を続けてるみたいだね』
「私としては、気持ちよくストレス解消できたからむしろラッキーだったんだけど」
『愛弟子が破天荒すぎて僕は困惑してる』
ため息をつく幽霊。
しかし、まったく気にしていない様子でフィーネは言う。
「とはいえ、旦那様に出くわしたのはなかなかピンチだったわ。いろいろ対策もされてたし、一歩間違えれば捕まるところだった」
『そこで間違えないから君はさすがなんだけどね』
「そこは優秀な師匠に教わってるから」
『ふふふ』
「えへへ」
やさしい世界だった。
師弟で照れあってから話し合いを再開する。
「問題は《ククメリクルスの鏡》がどこにあるのかよね。どんな願いも叶えられる万能の願望機って話だけど」
『起動させようとしているなら、早急に見つけて阻止する必要がある。悪用されればいったいどんなことになるかわからない』
「そうね。助走を付けてぶっ飛ばして気持ちよさを噛みしめないといけないわ」
『行動の動機が独特すぎる』
声をふるわせる幽霊だけど、フィーネは当たり前じゃないみたいな顔をしていた。
(貴族の生まれじゃなかったら山賊の女王とかしてそうだな、この子……)
明らかに貴族令嬢らしい性格からはかけ離れている。
ずっと一人でほとんど誰の影響も受けていないにもかかわらずこうなのだから、前世で森の暴君と恐れられたボス猿みたいなことをやっていたのだろう。
(特殊な子だなぁ、ほんと)
思えば、昔からそうだった。
近隣に魔物が出るたび、『村の人たちが怯えてる危険な魔物!? やった! 思い切り殴れるっ!』と声を弾ませて、幽霊のアドバイスを全て無視して一方的にボコボコにしていた。
『作戦? 正面からぶん殴ってぶっ飛ばせば良くない?』
本当に理解できないという感じで言ったその表情が幽霊の記憶に鮮明に残っている。
魔法が大好きな子だったとはいえ、よくそんな暴れん坊のじゃじゃ馬をここまで洗練された魔法使いにまで育て上げたものだ。
我ながら良い仕事をしたなぁ、と自画自賛しつつ今後の方針を考える。
『前当主派閥である貴族の動きを探りたいところだね。他にも、影で動いている者たちがいるはずだから』
「いいわね。気持ちよく殴れる相手に出会えるのは良いことだわ」
『ソウダネ。君がそう言うならそうなんだと思う』
感情のない声で言う幽霊。
『前当主派閥の貴族が出席するパーティーに出たりできればいいんだけど』
「わかったわ。旦那様に話してみる」
フィーネは目を細めて言った。
「さあ、待ってなさい悪徳貴族たち! 世直し正義パンチでぶっ飛ばして気持ちよくストレス解消してやるわ!」
(一見大人しそうなこの子が、こんな破天荒な性格してるなんて、きっとみんな夢にも思ってないんだろうな)
ずっと辺境の屋敷に幽閉されていたこともあって、見た目だけは深窓の令嬢に見える彼女を見つめて、幽霊はため息をついた。