22 評価と現実
クロイツフェルト公爵家前当主ベルナールが行っていた違法薬物の製造。
対して、新しい当主であるシャルルの判断は的確だった。
責任の所在がベルナールにあることを明確にし、王国を内側から腐敗させていた前体制と戦うと宣言したのである。
包み隠さず情報を開示したその姿勢は、不正と隠蔽の蔓延する王国貴族社会においては前例のないものだったが、その分民衆は彼の行動を好意的に受け止めた。
悪しき前当主と戦う正義の新当主陣営。
王国において、シャルル・クロイツフェルトの評価は着実に高まっている。
「見事なものだな、君の父上は」
宰相を務めるコルネリウスの言葉に、シオンは表情を変えずに応える。
「ありがとうございます」
「世間で言われているような正義の人ではまったくないけどね。だからこそ、頼もしい。油断ならないというのも昔から君が言っていたとおりだけど」
コルネリウスはうなずいてから顔を上げる。
「それより、今日聞きたいのは王都で噂になっている例の人物のことだ」
「例の人物?」
「《黎明の魔女》」
コルネリウスは低い声で言う。
「《紅の魔竜》の単独討伐を果たした伝説の魔法使い。そのあまりに規格外の力から、王国魔法界では半数が彼女の存在に懐疑的な目を向け、半数が彼女を英雄視してると聞く」
「ええ。その認識で相違ないと思います」
「北部地域の伝説だった《黎明の魔女》が王都に現れたことで、王立騎士団は第一級の特別警戒態勢に入っている。陛下や近隣諸国もその動向を注視しているわけだが、直接交戦し彼女のことを誰よりも知る君に聞きたい」
鋭い目でシオンを見つめて続けた。
「彼女は何者だ?」
シオンはしばしの間、問いかけに答えなかった。
自分の心が納得する答えを見つけだすのを待っているみたいに押し黙っていた。
それから、言った。
「我々の常識では測れない力を持つ魔法使いです。生来高い資質を持っていたことに加え、何らかの特異な環境が彼女を常人離れした魔法使いにしたのでしょう」
「特異な環境?」
「失われた旧文明において存在していた古代魔法を学ぶことができる環境。たとえば、古の大賢者に師事することができたというような」
「いささか突飛すぎる仮説のようにも思えるが」
「そうですね。私もそう思います」
「だが、そういったことも考慮せざるをえないだけのものを持っている、と」
「そういうことです」
コルネリウスは深く息を吐いてから言った。
「それだけの力を持ちながら、魔物から人々を守り、貴族の悪行を正そうとする、か」
深く息を吐いてから続ける。
「よほど高潔な魂を持った大人物なのだろうな」
話すコルネリウスの目は、既にシオンを見てはいなかった。
ここではないどこか遠くにある何かを見つめているような表情だった。
「おそらく、我々とは違う高い視座を持ち、この世にある様々な欲望から解放された澄み切った心の持ち主なのだろう。一度話してみたいものだ」
(なんておいしいお菓子! 食べる手が止まらないわ!)
同時刻。
フィーネは自室で用意されていたクッキーとマドレーヌを貪るように食べていた。
「ミア! おかわりよ! おかわりを頼んできて!」
「了解しました!」
欲望のままにお願いするおかわり。
既に三回おかわりしているのだが、その勢いはまったく衰える気配がない。
『さすがに食べ過ぎじゃない?』
あきれ顔の幽霊さんに、フィーネはやれやれと首を振る。
「いい? 人生っていうのは名作ロマンス小説のようなものなの」
『甘ければ甘いほどいいってこと?』
「先の展開で何が待っているか誰にもわからないってこと」
フィーネは指を振りながら言う。
「だからこそ、今を全力で生きないといけないの。だって、遠慮なんかしてたらこのお菓子が食べられなくなるかもしれないじゃない」
『だとしても、少しくらいは遠慮した方が』
「これおいしっ! すごいわ! 次はこっちのおかわりも頼まなくちゃ!」
『聞いてない……』
欲望のままにお菓子を貪るフィーネ。
高潔で清廉な心を持った人物として噂が広がっている《黎明の魔女》とはまったく違う残念な姿。
この直後、彼女は体重計の上で絶望することになるのだが、そんな未来をもちろん知るよしもない。