21 邂逅
その光景が、シオンは信じられなかった。
前当主である祖父ベルナールが所有する別邸。
書庫の隠し通路の先に広がっていた違法薬物製造施設。
(またろくでもないことを……!)
怒りを覚えつつ踏み込んだその先で、しかし兵士と研究員は既に拘束されていた。
残っているのは、熱心に資料を読みふける一人の魔法使い。
(裏切りか、あるいは第三勢力か)
とにかく、相当の手練れであることは間違いない。
(取り押さえて、それから話を聞く)
瞬時に起動する氷魔法。
隠蔽魔法に身を潜めた状態からの奇襲。
しかし、彼女は気づけないはずの攻撃に反応して身をかわした。
(あれをかわした――どうやって)
しかし、シオンの思考は振り返った彼女の姿を見て真っ白になる。
「貴方、は……」
そこにいたのは、自分がこの四年間ずっと探し続けていた相手。
《黎明の魔女》
あの日救われた恩人がそこにいる。
◇ ◇ ◇
最悪の相手と言わざるを得なかった。
氷雪系最強と称される氷魔法使い――シオン・クロイツフェルト。
何より、問題は彼がフィーネのことをよく知る相手であることだ。
(少しでもボロを出せば即身バレの危機……! しかも、相手は《黎明の魔女》モードの私に片思いしてるみたいだし……)
仮面の下で顔が少し熱くなる。
同年代の異性と関わった経験がほとんどないフィーネなので、好意を向けられるのももちろん初めてのこと。
そう考えると、変に意識しちゃうというか。
『君が年相応の照れ方をしてて僕はうれしいよ』
「うるさい」
小声で言いつつ、目の前の氷の魔術師を見つめる。
(私のことを好きだって話だし、向こうも全力では来ないはず)
隙を突いて逃げようとしたフィーネは、殺到する氷の槍にあわてて身をかわした。
(容赦なし!? 嘘でしょ!?)
地面に手を突きながら、彼の顔を見上げて気づいた。
(あ、どんな手を使っても捕まえようとしてる顔だ……ロマンス小説で言うと、いわゆる『やんでれ』に分類されるやつだ)
氷の壁が周囲を取り囲む。
あわてて地面を蹴りつつ、フィーネは思った。
(近づかせないよう遠距離から……! 私の魔法についてめちゃくちゃ研究してる……!)
◇ ◇ ◇
シオン・クロイツフェルトは《黎明の魔女》の全記録から、その使用魔法と戦い方について徹底的に研究し尽くしていた。
それは単純に、もう一度会いたいとずっと探し続けていた相手だからというだけではない。
魔法を愛する者として、彼女の使う魔法にも強く惹かれていたから。
現代魔法では全容を計り知ることさえ叶わない、失われた古代魔法の高度な応用。
届かない相手なのはわかっている。
それでも、少しでも追いつきたい。
近づきたい。
用意していた策のすべてを投入して、しかし《黎明の魔女》の動きはシオンの想像を超えていた。
(ここまで的確に対応してくるか……!)
あらかじめ、最善手を研究し尽くしていたシオンに対し、ほんのわずかな遅れだけで最善の対応を返してくる。
異能の域まで達した術式起動精度と判断力。
(なんという化物……)
間違いなく、シオンが知る他の魔法使いとは次元が違う。
しかし、彼は相手が自身の想像を超えてくることをあらかじめ想定していた。
王国で最も《黎明の魔女》について知っている彼は、彼女の実力を誰よりも高く評価している。
そして、その上で彼女が最も対処しづらい戦い方と策を入念に準備してきていた。
(いける。通用してる)
《黎明の魔女》が見せた嫌がる素振りと焦りに、シオンは口角を上げる。
傷つける必要はない。
逃げられない状況さえ作ってしまえば、この場における自身の目的は達成できる。
そして、シオンが選んだのは地下室の外縁部すべてを氷漬けにし、自分ごと彼女を地下室に閉じ込めるという秘策だった。
(犠牲を払わずに勝利できる相手じゃない。自分を道連れに、この状況に置ける勝利を確定させる)
上気した吐息が白く濁る。
こちらの意図に気づいて、出口へ急ぐ彼女を氷魔法で釘付けにする。
見事なステップで殺到する氷の槍をかわした彼女だが、飛び込もうとした出口は紙一重でシオンに塞がれていた。
(捕まえた)
秘策は成功。
勝利を確信したそのときだった。
彼女の身体が、小さな靄になって消えていく。
(水魔法による幻……)
一人残された地下室で、氷漬けになった椅子に腰掛ける。
久しく経験していなかった敗北に、首を振って苦笑した。
(やっぱりすごいな、貴方は)