18 決意
パートナーとの関係がうまくいってなくても、人生というのは変わらぬ速度で進んでいく。
フィーネが臨時研究員として始めた大学のお手伝いは、日に日に忙しさを増していた。
お願いされる仕事の量がどんどん増えていくのだ。
「フィーネさん! 君の力が必要なんだ!」
「頼む、俺たちの研究室に来てくれ! もう三ヶ月もこの障害が解決できてなくて」
「君がとんでもなくできるって噂の女性研究員か! どうしても頼みたいことが――」
簡単な案件なら断ることもできるのだけど、みんな本当に困ってる難しい問題を持ってくるから無下に扱うこともできない。
何より、彼らが持ってくる難解な魔法研究はフィーネを夢中にさせた。
辺境の幽霊屋敷で、ずっと一人で勉強していた彼女にとって、外の世界の研究は新鮮で興味深いものばかりだったのだ。
本気で困った憔悴した顔も助けてあげたくなるし、何よりみんなが解けない問題を解決して感謝されるのは本当に楽しいし気持ちいい。
週に三日の出勤も、できれば五日、可能なら毎日来て欲しいと言われて。
しかし、フィーネには研究のお手伝い以上にやらなければならないことがある。
それは、幽霊さんの研究を完成させるために必要な《ククメリクルスの鏡》を手に入れること。
クロイツフェルト公爵家が保有しているはずのそれは、前当主が息子に裏切られて幽閉されて以降、どこにあるのかわからない状態になっているみたいだった。
『元々、《鏡》の在処を知っているのは前当主ベルナールだけだったらしい。よほど厳重に情報を管理していたみたいだ』
「本当に慎重な人だったみたいね。直接話を聞きに行ければいいんだけど」
『さすがに難しいだろうね。現当主シャルルはベルナール派の貴族達に最大限の警戒を続けている。内部の者でさえ、ベルナールがどこに幽閉されているのかも知らない状況みたいだから』
「下手に動いて、私に対する疑念を持たれても困るものね」
フィーネはしばしの間、じっと考え込んでから言う。
「加えて、ベルナールは《鏡》に他の人には渡せない極めて重要な何かがあると考えているように見えるわ」
『そうだね。あの《鏡》の力を考えれば自然なことだ』
「ねえ、その《鏡》の力って――」
言いかけて、フィーネは言葉を止めた。
「やっぱりいいわ」
『いいのかい?』
「聞いたら、いろいろと考えないといけないこと増えそうだしね。そういう面倒くさいのはなるべく他の人に丸投げするのが私の主義なの」
『すごい。堂々と言ってるからなんかかっこよく聞こえる』
「ふふん」
どや顔で胸を張るフィーネに、少し考えてから幽霊さんは言った。
『でも、《鏡》に特別な力があるなら、僕が悪用する可能性もあるんじゃないのかな。そして、君がその片棒を担がされている可能性も考慮しておきたい状況である気がするけど』
「悪用するの?」
『しないけど』
「じゃあ、大丈夫じゃない」
フィーネはやれやれと息を吐いて言った。
「何年一緒にいると思ってるの。幽霊さんがどういう人か私は誰よりもよく知ってる。誰かに迷惑をかけるような使い方をしないことも。何より、貴方はそんな大それたことをするような大人物じゃ無いわ」
『そう言われると小物みたいでちょっと複雑なんだけど』
「私は貴方のそういうところ好きだけどね。安心できて」
魔法使いとしては絶対すごい人なのに、決して偉ぶらない幽霊さんがフィーネは好きだった。
出会ったときからずっとそうだ。
突飛なことを言っても、馬鹿にせず目線を合わせて真剣に向き合ってくれた。
(両親を亡くしてひとりぼっちだった私にたくさん話しかけてくれて、救ってくれた大切な人)
だからこそ、フィーネは幽霊さんのために恩返しがしたいと思った。
幽霊さんがくれたものに比べたら、こんなのじゃ全然足りないけどそれでも。
(絶対に《鏡》を手に入れて幽霊さんの研究を完成させる)
決意を胸に、フィーネは言った。
「次の目標は前当主ベルナールの使っていた別邸。忍び込んで、《鏡》の手がかりを探しましょう」