14 王立魔法大学
「王立魔法大学のお手伝い、ですか?」
夕食の時間。
聞き返したフィーネに、シオンはうなずいた。
「ああ。オースティン名誉教授がどうしても自分の研究への協力をお願いしたいと言っている」
結婚式後の会食で会った白髭の男性だ、と思いだす。
解いていた難解な仮説をうっかり証明してしまったフィーネを、熱心に誘ってくれていた。
「過大評価ですし、落胆させるだけだと思うので、できれば私は行きたくないんですけど」
「君は実力のある魔法使いだ。《黎明の魔女》の弟子というだけのことはある」
「……そうですかね?」
「ああ。王立魔法大学でも間違いなく通用するだろう」
意外な言葉だった。
随分高く評価してくれていたらしい。
(悪い気はしないわね)
フィーネは思う。
(大学のレベルがどんなものか、後学のために経験しておいてもいいかも)
いつまで続くかわからないこの生活。
王立魔法大学の中に入れる機会もこれが最初で最後かもしれない。
「わかりました。私にできることであれば、ご協力させていただきます」
一週間後。
仕事に出発したシオンを見送ってから、フィーネは馬車で王立魔法大学に向かった。
心地良い振動と、車窓を流れる見慣れない王都の景色。
大学に到着したフィーネは、何よりもまずその壮観な設備と施設に圧倒されることになった。
長い歴史を感じさせる時計塔と、王国一の規模を誇る大図書館。
美しく刈り揃えられた芝生はみずみずしく光を反射し、魔力と魔法実験の気配が至るところから感じられる。
(これが大学……)
未知の世界に息を呑むフィーネを迎えたのは、オースティン名誉教授だった。
「よくぞ来てくれた、フィーネくん。ささ、どうぞこちらへ」
先導されて名誉教授の研究室へ向かう。
道中で注がれる学生と先生たちの視線。
「おい、あれ誰だ?」
「噂の伯爵令嬢だよ。名誉教授が天才だって騒いでる」
「なるほど、あの子が例の」
(なんか注目されてる……)
慣れない状況に戸惑いつつ、研究施設の廊下を歩く。
「お待ちください、名誉教授」
声をかけたのは、銀縁眼鏡の男性だった。
四人の先生を連れだった彼は、冷ややかな声で言う。
「部外者を研究室の中に入れるのは大学の規則違反です。違いますか」
「優秀な研究者を外部から招聘するのは、規則上何の問題もないと思うが」
「そうですね。彼女が優秀な研究者であるならば問題はありません。しかし、彼女には何の実績もない。家の中に引きこもって、勉強はずっと独学でしていたという話ではないですか」
淡々とした口調で銀縁眼鏡の男性は言う。
「そんな人物が大学レベルの知識と魔法技術を身につけられるはずがない。知識と技術は人と交わってこそ磨かれるものなのです。研究室に彼女を入れた場合、私は貴方を秘密保持規則違反で訴えなければならない」
「彼女の実力は本物だ」
「では、証明してください。これから私が課す課題を合格できれば、彼女の実力を認めましょう」
周囲で見ていた学生達がざわめいたのはそのときだった。
「おい! シュテーゲン教授、例の嫌がらせ試験やるって」
「マジかよ。創立以来解けた人いないんだろ、あの課題」
「魔導皇国の宮廷魔導師も解けなかったって話だったはず」
「かわいそうに。鬼畜眼鏡のせいで魔法を嫌いにならないと良いんだが……」
予想外の事態に、フィーネは頭を抱えた。
(なんだか、変なことに巻き込まれてる……!?)