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12 望んでないのに


 朝。

 小鳥のさえずりと、カーテンから零れる透き通った日差し。


 うんと伸びをしたフィーネは、身体の調子が普段より良いことに気づいていた。


(幽霊屋敷のベッドと全然違うわ……横になったら気持ちよすぎてすぐ夢の中だもの)


 思いだされる幽霊屋敷の記憶。

 いたるところが破損したボロボロのベッドは藁が敷かれていて固く、身体の節々が痛むのが日常だった。


(なかなか悪くないわね、次期公爵夫人生活)


「おはようございます、フィーネ様」


 ミアと公爵家の侍女さんたちが身支度を手伝ってくれる。


(至れり尽くせり……すごいわね、上流階級って)


「朝食のご用意ができました」


 快適な生活を満喫しつつ、用意してくれた部屋へ向かう。


(すごい! 朝からなんて豪勢なお食事!)


 彩り豊かなテーブルに目を細めるフィーネ。

 そのとき、視界の端に映ったのは意外な人物だった。


「……なんでいるのですか?」


 なるべく自分に関わるな。

 あの日、そう言った旦那様がそこにいた。






 フィーネの言葉に、シオンはしばしの間黙り込んでいた。


 音のない部屋。

 長い沈黙。

 静かな無表情でフィーネを見つめる。


 それから、視線をそらして言った。


「……あの人の話が聞きたい」


 フィーネの瞳が揺れる。

 かすかな動揺。


(本当に好きなのね、この人)


 気恥ずかしくて頬をかく。

 通りがかった幽霊さんが気づいて目を細める。

 鋭く睨んで、追い払った。


 フィーネは《黎明の魔女》のことを話した。


 シオンは静かに相づちを打ちながら聞いていた。

 感情が見えないクールな無表情に、フィーネは少し不安になる。


(うまく話せてないのかしら)


 辺境に幽閉され、人付き合いをほとんど経験せずに生きてきたフィーネだ。

 場数があまりにも少ないから、人と話すことはどちらかと言えば苦手な方。


(いったいどういう風に話せば……)


 考えて言葉に詰まるフィーネに、シオンは言った。


「続きは」

「え?」

「続きが聞きたい」


 淡々とした言葉の中に、強い意思が感じられた。

 改めて見ると、話し始めたときよりも身体が少しだけ前のめりになっている。


(あ、めちゃくちゃ楽しんでるっぽい、この人)


 フィーネは考えるのをやめて、続きを話す。


「少し専門的な話になるんですけど、ここで《黎明の魔女》は特殊な構造の魔法式を使ってまして」

「アンリ-スコルズ魔法式。それにより最適化されたなめらかな速度ベクトル場と圧力のフラジール場」

「ご存じなんですか?」

「彼女が使う古式魔法については研究した」

「おお……」

「とても美しい魔法式だった」

「え!? そう! そうなんです!」


 フィーネは前のめりになって言った。


「あの魔法式は構造がすごく美しいんです。まるで、神様が作ったみたいに全体が響き合って調和してて。実用性に欠けるところがあるのは少し残念なんですけど」

「だが、実用性より大切なことがある」

「それです! 魔法式の真価は美しさにあってですね。形が綺麗な魔法式はそれだけで何にも代えがたい価値があって――」


 早口になってしまうフィーネだったが、シオンはそれも繰り返しうなずきながら聞いてくれた。


 魔法が好きで、幼少期からずっと打ち込んできた二人だから少なからず似ている部分があるのだろう。


「夕食の時も聞かせてもらっていいだろうか」


 終わり際、シオンは言った。


「でも、シオン様はお忙しくていつもお帰りが遅いって侍女の方に聞きましたけど」

「問題ない」


 それから夕食もシオンと一緒に食べるようになったが、問題ないというのは嘘のようだった。


 名門公爵家の次期当主であり、王国魔法界で最も将来を期待される一人である《氷の魔術師》様。


 彼は明らかに無理をして、夕食の時間をフィーネに合わせていたし、膨大な量の仕事を家に持ち帰ることも増えていた。


「そこまでして聞くような話じゃ絶対無いのに」

『それだけ愛されてるってことじゃない?』


 幽霊さんのにやけ顔をパンチする。

 空を切る感触と、煙のように霧散する身体。

 実体のない相手は殴れないから厄介だ。


「これはあくまで一時的なものよ。私から大した話が聞けないとわかれば、彼が当初望んでいた通りの形だけの関係に戻るはず。それより、私たちは当初の目的を果たすことに注力しましょう」


 次期当主夫人の立場を利用して、《ククメリクルスの鏡》の情報を集める。

 しかし、前当主は極めて注意深くそれがどこにあるのか隠していたみたいだった。


 有力な情報はおろか、ヒントになりそうなものさえ見つからない。


(すぐに見つけて、とっととおさらばするつもりだったのに……)


 思うように進まない捜索。

 流れていく時間。


 望んでいないのに、快適な新生活が過ぎていく。




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tobira
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