大ハズレと罵倒された悪役令嬢、超絶イケメンに溺愛されつつ覚醒聖女となって無双する
短編。13歳の時に異世界転移した女主人公が、三年過ごした異世界で国王から国外追放処分を受ける。超絶イケメンに支えられるので面食いの主人公は明るく過ごし、聖女として覚醒して無双します。
これ一本で終わろうと思ったのですが、キャラが勝手に動き出して以下作品を書いてしまいました。↓
面白いと思ったら、是非読んでくれると嬉しいです。
この短編の続編「国外追放から帰ってきた美少女は、聖女として吸血鬼相手に無双する」
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弁財院雪華の三年前、異世界転移前の話「誘惑に負けてデブ化した美少女貴族は、イケメン婚約者に「痩せろ」と言われる。」
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五年前のアイスィの話「超絶イケメンの男爵貴族はモテすぎて逆にモテなくなる」
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真昼間の日光が照らす王城の大広間。
16歳の美少女、弁財院雪華は百人ほどの貴族に囲まれ、罵倒を受けている。
綺麗な黒い髪と白肌が目立つ美少女だが、彼女の袖と頬は涙で濡れている。水色の服は涙で青く染まっていた。
「この人でなし! 大ハズレの転移者!」
雪華を罵倒するのは国王、エイブラハム一世。筋骨隆々にして金髪が目立つ風貌の彼は青いマントをなびかせている。
彼はサラスバティ王国の技術や文化、人口まで底上げした大名君だ。
そんな国王が、なぜ16歳のか弱い弁財院雪華を罵倒しているのか?
「貴様、吸血鬼であろう?」
そう、王国には『噂』が蔓延していたのだ。王国で殺人事件が大量に起きているのだ。
それらの死体は鋭利な爪で切り裂かれたり、噛みつかれた跡があるのだ。人の歯型の跡から、人間の仕業と言われている。
さらに、死体からは大量の血液が抜かれていることから王国の人々は結論付けた。
吸血鬼が王国を襲っている。
しかし、吸血鬼などというのは魔物にも存在しない。それに王国に張られた魔術師の結界は人間以外の魔力を探知してしまう。ゆえに、人間以外が犯人というのはありえない。
そして、犯人とされたのが王に罵倒されている若い乙女――弁財院雪華である。
「あ、あたしは吸血鬼なんかじゃありません! 信じてください!」
「ぬうぅうう、貴様、ここにきてしらを切るつもりか!?」
エイブラハム一世は顔を顰める。
「貴様、異世界転移者らしいな? 転移者は不思議な力を使うと言う……。ならば、弁財院雪華、貴様が吸血鬼として覚醒してもおかしくはない」
「ち、違います! 信じてください!」
雪華は必至で弁明する。しかし、絶対王政が確立されたサラスバティ王国で彼女の声は意味がない。
王の言葉が全てなのだ。
「汚れた異世界の人間め、この国に転移者はお前しかいないのだ! お前が怪しい、とっとと消えるがよい!」
王の罵倒。しかし側近の男が訝し気な顔で王に近づく。茶色い髪に赤い貴族服を着た20歳程度の青年である。
「王様、よろしいのですか? 彼女は、危険です。殺しておくべきでは?」
「おう、貴様は……公爵家のデュランだったか? 余は疑わしきは罰するべきではないと考えている。故に、この女を殺しはせぬよ」
「陛下、甘いです! 吸血鬼の被害はすでに百人を超えています! 疑わしいものはとっとと殺すべきです!」
国王は雪華を一瞥。雪華の肩が震え、呼吸が乱れる。
「王様……あたし、誰も殺してない! 信じてください!」
「記憶が失った時間はあるか?」
「え……」
雪華は絶句する。それは彼女にとって、王が聞き耳をたてた初めての態度だった。
「い、いえ……ありません」
「これだけの殺人事件が行われている。犯人がいるのは確実だ。そして調べ上げて分かったのは……余の王国に怪しい言動をする人間は一人としていなかった」
国王エイブラハムの言葉で広場はざわめいた。どよどよする百名の貴族たちの顔は暗く、恐怖に染まっている。彼らは騒ぎだす。
「ど、どういうことだ?」「あの女が犯人ではないのか?」「一体、誰が吸血鬼なんだ?」「国王様のような賢い方で分からないなんて、我々はどうすれば」「いやぁあああ、もうお家に帰りたい!」
ざわめく貴族たちに、国王エイブラハムは喝を入れる。
「皆の者、静まれ!」
しーんとする大広間。王の覇気が、恐慌状態の貴族たちを抑える。それを見た雪華は思った。
(この方はやはり、貴族の人たちに対して非常に信頼されている。それなら……あたしが何か言ったところで、きっと誰も助けてくれないわ)
王のカリスマに当てられ、雪華は全てを諦めた。
俯く雪華を見て、王は見下ろしながら冷たく言い放つ。
「雪華。貴様が転移者としてこの世界……いやこの国に呼ばれ、必死に生きようとしてきたのは分かる。しかし分かってくれ、お前は吸血鬼事件の最大の容疑者なのだ。王国から追放させてもらう」
「国王陛下、あたしはどうすればいいですか?」
「貴様を囲った貴族がいるだろう? その分家が外国筋にある。そこを頼れ」
「つまり、ブリュナック家に」
「そうだ、貴様を養子にとったあの変わり者共だ。今すぐ出ていく支度をするように」
国王の言葉が終わると、ストレスたっぷりの男・公爵家のデュランが疑問を投げかけた。
「私の家族に死者が出ています! 彼女が吸血鬼なら、許してはおけません」
エイブラハムは雪華に近づいたデュランに掌を見せて制した。デュランの眉間の皺がさらに強くなる。
「デュランよ、もし彼女が吸血鬼と言うのなら、余はそれがはっきりしたとき――」
エイブラハムは雪華をじろりと睨んだ。雪華の背がびくっと動く。
「雪華を殺す」
弁財院雪華は気絶して、ことりと地に体をつけた。
その雪華に貴族の人垣をかき分けて近寄る男が一人。ここまで雪華が言われても何もしなかった男、ブリュナック家の次期後継者アイスィだ。
彼は二十歳の男爵にして、国王に気に入られるほどの才覚を持つ。水色の髪と水色の服、貴族社会でも一際目立つイケメンの彼は気を失った雪華を抱き上げる。
国王はその様子を見て、ため息をついて近寄り、小声で話しかけた。
「アイスィ、お前、その女を好いているのであろう?」
アイスィの肩がびくっと震える。
「許す。もしお前がその女を愛しているのなら、全力で全てから守ってみろ」
国王に一礼し、ざわめく貴族達をかき分け、アイスィは去った、――雪華を抱擁したまま。
男爵家ブリュナック。戦争によって男爵となった新参貴族であるが、歴史は長い。
そもそもブリュナック家自体が一度貴族社会を追放された旧貴族であった。
だがブリュナック家が追放されたのは、『隣国が攻めてくる』と貴族社会に吹いて回り、それで嫌われ極右の罵りを受けて追放されたのだ。その1年後に隣国が攻めてきて、ブリュナック家は総出で活躍。男爵として貴族に戻ることになる。
そして男爵でありながら伯爵級の扱いを国王一家から受けることになった。
つまり、非常に広い領地と家である。
白亜の花崗岩で精緻に造られた豪邸。濃緑色の綺麗な葉をつけた樹。大きくて美しい湖。ブリュナック家の豪邸は貴族なら誰もが羨む素晴らしい家だ。
その豪邸を目指す馬車が一つ。中にいるのはブリュナック家の次期跡取りのアイスィ・ブリュナックと弁財院雪華。雪華は気絶から目を覚ました。
「ん……」
「起きたかい、雪華?」
「あ、アイスィ……様?」
超絶イケメンで見る乙女をどきまぎさせてしまう罪な男、アイスィ。彼の顔は悲嘆に暮れていた。
「すまない。俺は、君を、かばえなかった……」
雪華の心に一つの感情が浮かぶ。
(あぁ……アイスィ様って、悲しむ顔も絵になるっ……もう、素敵!)
雪華はそんなことを考えていた。ある意味、能天気な女だ。吸血鬼と罵られ国を追放されそうなこの瀬戸際に、イケメン顔を見れば一瞬でおめでたい感情になれてしまう。
「大丈夫ですわ、アイスィ様。それに、国王陛下に罵倒されるのは容疑者として呼び出された時に分かっておりましたわ。どうぞ、気にしないで下さいませ」
笑顔の雪華。それを見たアイスィは雪華を気の毒に思った。
(あぁ、なんてことだ雪華。君は、本当は苦しんでる。追放されて、折角なじんだブリュナック家の本家を出ていかねばならないというのに……きっと心配をかけたくなくて、こんな気丈に健気にふるまってるんだ!)
アイスィは頭を抱え、頬を温かいもので濡らす。
「すまない、すまない。君を、守れなかった」
(なんて尊いのかしら。このイケメン。好き!)
雪華は笑っていた。アイスィは泣いている。
「あたし、言いましたよね? アイスィ様はお優しいから、国王様があたしにきつく当たったら男爵家の跡取りなのに言い返してしまうかもしれない。だから、絶対に国王にあたしが何言われても言い返したりしないで下さいって」
アイスィはより深く悲しみ、嗚咽を漏らす。
「あたし、アイスィ様大好き。だってあたしの言うこと、ちゃんと守ってくれたんですもの」
アイスィはとうとう耐え切れなくなり、むせび泣いた。彼は心の底から善人であり、イケメンだった。
雪華は、甘えるようにアイスィの腰をぎゅっと抱く。
アイスィは一瞬躊躇う。彼は男爵――、下級貴族である。だが貴族なのだ。雪華は庶民。絶対的な差があり埋まる溝ではなかった。
しかし、アイスィは男だった。
(俺は男爵家の跡取りだ。だが、この娘は傷つき、国王に罵倒され誰も守らなかった。俺だけが彼女を守れたというのに。
俺は、貴族として合格でも男として失格だ)
アイスィの肩がぷるぷると震える。
(そして、ここでこんなに心配をかけまいと健気に笑う彼女が……甘えてきている。きっと心細いのだろう。
俺は、この誰も見てない場所でも男になるなっていうのなら、男どころか人間としても失格だ)
アイスィは、雪華をぎゅっと抱き返す。
(ど、どひゃ~! アイスィ様が、あ、あたしを抱き返してくれた……なんという、幸せ!)
雪華の心から国外追放され罵倒されたストレスなど吹っ飛んでいた。アイスィのイケメン行為はそれだけ雪華にとって強い。
(幸せ! 今あたしの人生で間違いなく絶頂時間だって!)
(雪華……よく頑張ったな。俺はお前を、次こそは守ってみせるからな!)
かみあってないようで、かみあってる二人。
雪華とアイスィを乗せた馬車は、ブリュナック家の豪邸にたどり着いた。
大理石の床が敷き詰められた豪華な玄関。
玄関では、ブリュナック家の使用人が待ち構えていた。
「お帰りなさいませ。アイスィ様、雪華様」
赤い絨毯の上でメイド服を着た二人の女性が頭を下げる。雪華は食客として扱われているのでメイド達は雪華にも恭しく礼を尽くすのだ。
「ただいま。レイズ、あたし、国外追放を命じられてしまったわ」
やれやれ、と肩を竦める雪華。しかし、言われた二人のメイド……レイズとサァゲは驚愕のあまり目を大きく見開いた。
「お、大事ではありませんか!」
「吸血鬼事件の犯人にされたの。まだ犯人捕まってないんだけどね」
レイズは平然とする雪華に違和感すら抱いた。
「ゆ、雪華様……どうしてそう平然としておられるのですか?」
「もう決まったことですもの。しょうがありません。今まで、転生してからの三年間……お世話になったわ」
はにかむ雪華。彼女はイケメンスマイルに当てられて頭がおかしくなっているのだ。常人なら気が狂うほどのストレスだろうが、雪華は面食いのためアイスィに抱擁されて幸せの余韻すら感じている。
しかし、ブリュナック家のメイド二人は――いや、ブリュナック家の人達はそれを理解できない。桃色の髪色が似合うメイド姉妹、レイズとサァゲは勘違いする。
(国外追放処分を受けてこんな落ち込まないなんておかしい。きっと、気丈に振舞われてるのだわ。大した演技力だけど、あたしの目はごまかされないわ)
(あたし達を心配させない為に……雪華様を食客として扱ったことに間違いはなかった。なんて優しい方なのかしら)
レイズもサァゲも涙ぐみ、雪華に抱き着いた。
「ちょ、ちょっと、二人とも」
雪華はメイド姉妹が抱き着いてきたことに笑いながら驚いた。
「三年間、雪華様にお仕え出来て、誠に幸せでした!」
「あたしもです!」
雪華は、苦笑気味にメイド姉妹を抱擁する。
その様子を見て、アイスィも涙してしまう。
(レイズとサァゲの言う通りだ。当初は異世界からの転移者など得体が知れないと外聞が悪くなることを危惧されたが、雪華は良い子だった。彼女が吸血鬼なわけがない! 国外追放なんて間違ってる!)
アイスィは胸に手を当てて、雪華の名誉回復をすることを誓った。
雪華はため息まじりに笑顔で、
「もう、二人ったら……名残惜しくなっちゃうじゃない」
雪華も泣いた。雪華はメイド姉妹に抱き着かれることで漸く、自分が出ていくことを自覚した。
雪華が涙するのを見て、メイド姉妹もアイスィも更に大粒の涙を流してしまう。
ガチャ、というドアの音。
ブリュナック家の当主、アイゼリック・ブリュナックが二階の執務室から出てきたのだ。彼の渋い声が一階に響く。
「待っていたぞ、アイスィ、雪華。応接室に言って話し合おう」
広い部屋に豪華な絵画や観葉植物が設置されている。
とても男爵家の家とは思えない応接室はブリュナック家という男爵の家系をよく表している。
豪華なソファに座りながら、ブリュナック家当主アイゼリック・ブリュナックが二人――アイスィ・ブリュナックと弁財院雪華と向き合っている。そこから少し離れたドア近くにメイド姉妹のレイズとサァゲが立っている。
アイゼリック・ブリュナックもアイスィと同じく水色の髪と目をしているが、カール髭があるのが特徴的だ。普段は落ち着いた雰囲気を醸し出すアイゼリックはこの日、少し緊張気味だった。
雪華が国外追放されたからである。
重々しくアイゼリックは話し出した。
「辛かったな、雪華」
「いえ、覚悟していたので」
「……折角慣れたというのに」
「本当に、皆さまに優しくしてくれた三年間は夢のようでした」
雪華の言葉に、アイスィとメイド姉妹の顔が暗くなる。雪華は笑顔で答える。
「そうですね。でもブリュナック家の皆さまがとても優しかったからあたしも心を開くことができました」
アイゼリックの目に涙がにじむ。
「国王に抗議の手紙を書く。ブリュナック家は代々間違ったことには手紙で抗議してきたんだ」
「い、いえ、ブリュナック家の方々にこれ以上迷惑をかけるわけには」
「雪華よ! お主が吸血鬼であるはずがない! 『なぜか』吸血鬼はお主が王城に行った日に事件が起きる。今まで百回以上の殺人事件が起きて、調査によってこの事実が明らかになった時は私も戦慄した! だがお前のような奴が吸血鬼であるはずがないのだ! お前は、優しいのだから!」
アイゼリックは立ち上がって、にじむ目で雪華を見る。メイド姉妹も泣いてしまう。
落ち着いた雰囲気で、しかし真剣な眼差しで、アイスィが話し出す。
「父上。私も同感です。雪華が吸血鬼であるはずがない。吸血鬼の殺人は全て王都で行われましたが……おかしな話です。全て王都で行われたなら、殺人事件の犯人は王都に住む人全員が可能性あるはずです」
「確かにな、状況証拠として雪華が来た日だけ起こっている……というのがあげられたが、それもおかしいところがある」
「おかしいところですか?」
アイスィが前かがみになり、大きく目を見開く。アイゼリックは息子の目を見て頷いた。
「うむ。なぜそもそも雪華の予定を知っているのだ?」
「……その、調査したのでは? 色々な方々を」
「なら他の候補者が挙げられてもいいはずだ。そもそも、来た日だけ明らかになっていて、起こった日ごとのアリバイの聞き込みなどはなかったのだ」
「というと……」
「雪華を犯人と決めつけてかかっているのではないだろうか?」
アイスィもメイド姉妹も戦慄する。そして、一瞬遅れて雪華も理解した。
雪華はアイゼリックに向かって質問する。
「当主様、それはつまり……王族、もしくは政府に含むところが何かあると」
「間違いない。真犯人を庇っているか、あるいは……お主が目当てなのじゃ」
「あたしが?」
アイスィとメイド姉妹が雪華を見る。雪華は転生者だが、これと言って特別な力はない。雪華を狙うのはおかしな話である、彼女には特別な価値などないのだ。
アイスィは挙手してアイゼリックを見る。
「父上。僭越ながら……それなら私は、雪華でなく真犯人を隠す方が狙いなのではないかと考えます」
「ほう、なぜだ?」
「その方が筋が通るからです。仮に、王族や大貴族の中に吸血鬼がいたとしましょう。それなら、隠す為に槍玉にあげる偽物が必要です」
アイスィの言葉を雪華は正しく理解した。
「そ、それがあたしってこと!?」
アイスィは雪華を見て頷く。
アイゼリックは訝し気な顔で首を振った。
「いや、真犯人を国が掴んでいるかどうかは知らぬ。だが……雪華を狙いなのは間違いないと考えている」
「なぜ父上はそう考えられるのですか?」
「我々が王都にいる日付……それを正確に記録していたが、それは当日から使われている紙だった」
「え?」
「裏は取った。奴らは雪華が王都に入った日を克明に記録している。つまり、関心があったのだ。雪華は何の能力もないが転移者だからな」
「成程……」
アイスィは顎を触り、難しい顔をする。雪華はアイスィの様子を見て、儚げな気持ちになった。
(このイケメンを見つめられる日も、もう終わりかぁ)
アイゼリックもメイド姉妹も気づいていた。
「……アイスィよ、もしお前が良ければ少し分家の方に滞在してもよいぞ? 何しろ初対面、雪華がなれるのに多少の時間はかかるだろうからな」
アイゼリックは笑顔で言った。それを聞いてアイスィは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになる。
「その、父上。実は、吸血鬼事件を調査しようと思いまして」
「王都は任せろ。それより、いいのか? 雪華を一人で分家に行かせても」
アイゼリックはジロリとアイスィを睨む、その口許は笑っている。
アイスィはたじたじしている。
その様子を見て、雪華は笑顔になった。
(当主様……いえ、お父様、ナイスです!)
「当主様、その、あたし、実は不安でしたの。たった一人でまた知らぬ館に行くことが」
雪華は胸に手を当てる。
「あたし、きっとそこでも優しくされるのでしょうけど、やっぱり慣れないところに一人で行くのは寂しいです。勿論、わがままだって分かってます! でも、ご当主様がいうように、アイスィ様が一緒に来てくれるなら……」
雪華は満面の笑みで言い放つ。
「こんなに、素敵なことはありませんわ」
それを聞いていたメイド姉妹は目をぱぁあっと明るく輝かせた。アイゼリックも満更でもない笑みになっている。
アイスィはたじたじしている。
「い、いやしかし、父上達が真剣に調査してくれるというのは分かってはいるが、それなのに俺一人君についていくというのは」
アイスィの手を雪華は掴んだ。
「アイスィ様。一緒に行ってほしいです。当主様のご厚意に、雪華は甘えたいです」
アイスィの顔が紅潮する。メイド姉妹はにやにやとその様子を見ている。
アイゼリックは咳払いした。
「ふむ、ではレイズとサァゲはどう思う? 乙女が一人、見知らぬ館に行くのだ。見知った顔が一人ついて行った方が気楽よな?」
メイド姉妹は主の言葉に頷いた。
「はい、その通りかと」
「絶対行かれるべきです!」
アイゼリックはメイド姉妹に頷き、視線を息子に向ける。
「というわけだ。アイスィよ、お前は一緒に分家に行ってやれ。これは当主として命令だ」
「父上……」
「傷心しているだろう乙女を放っておくなど、貴族失格。まぁ、国外追放などという不当な扱いはその内解かれるだろう。それまでいてくれて良いからな」
ははは、と笑ってアイゼリックは腰に手を当てて笑った。
アイスィは、くすりと笑って雪華の手をぎゅっと握る。
(ど、どひゃ~~~、アイスィ様、それむっちゃ良い!!)
雪華は心臓をばくばくさせながら顔を赤くして、アイスィと目を合わせる。
「雪華。今日は辛い一日だったが、きっと明日行く分家はいいところだ」
「は、はい」
アイスィはぎゅっと雪華を抱く。アイスィに下心など一切ない。しかし、長身かつすらっとした長い手足のアイスィに抱き着かれた乙女はそれどころではなかった。
(あ、あぁ~~~、やばい! やばいこれ! もう、この抱擁たまんない! あたし前世、どんな良いことしたらこうなれるの!? って転生してんだった! あぁもう幸せ過ぎて頭おかしくなる!!!!)
真っ赤に紅潮した雪華の顔。アイスィは抱擁してるので見えないが、アイゼリックは見ていた。
アイゼリックは肩を竦めて苦笑いする。
(罪な息子だ)
翌日の日の出。
白亜と濃緑色の木々のコントラストが陽射しで綺麗に輝いている。
朝早くからブリュナック家の門に止まる馬車。
玄関から出た五人、アイスィと雪華、メイド姉妹とアイゼリックが出てくる。
彼らは馬車の前で、最後の挨拶をする。
まず、アイゼリックが雪華とアイスィに声をかける。
「辛いことがあったら、すぐに連絡してきなさい」
「はい! でも、自分で解決できるように頑張ります!」
「雪華……君は食客として、色々やってくれたね。ありがとう。転移者として覚醒はしていないものの、簡単な魔法を習得した」
「《土ぼこ》と《火球》だけですけど」
「だがアイスィと一緒に近所の迷宮攻略をしてくれたな? あの時のアイディアは良かったよ。迷宮攻略をやるなら地図をかいたり魔物の傾向と対策を練って計画的にやるべきだ、というのは」
(そんな大したことしてないんだけどな)
と思いつつ、雪華は苦笑した。
「この辺りの迷宮はドロップする素材の質も高くはない癖に厄介な魔物が多かった。だが君が攻略法をマニュアル化してくれたお陰で冒険者や騎士の死傷率が三割以上減少している。領主として、心から感謝している」
アイゼリックは雪華に深く頭を下げた。その様子には、雪華だけでなくアイスィやメイド姉妹も絶句する。
食客とは言え、雪華の立場は平民だ。貴族が平民に頭を下げるというのは本来あり得ない……つまり、雪華の功績とはお世辞でなく確かな実績なのだ。
「そ、そんな旦那様。あたしは何もできない小娘で、この三年間、本当に身に余る光栄だったと思っておりますので」
あわあわと動揺する雪華。アイゼリックは頭を上げてほほ笑む。
「君は特別な力なんてない。だけどね、優秀で大切な人間だ。君が吸血鬼? 王都の馬鹿どもを証拠資料集めて懲らしめてやる。一か月待っててくれ。必ず真犯人を見つけ出す」
アイゼリックは笑顔でウインクする。雪華はまだ動揺している。
アイスィはほほ笑む。
「分かりました。では、父上に犯人捜しはお任せします」
「うむ。お前は雪華を支えてやってくれ」
「はい」
はにかむアイスィ。朝の陽射しが輝かせるその超絶イケメンスマイルは、雪華には耐えられなかった。
「あっ……」
「雪華!」
アイスィが倒れかけた雪華を支える。アイスィの顔と雪華の顔が近づく。
(う、うわぁあああ、アイスィ様今日もかっこいいぃいいい!!!!)
雪華の面食いも相変わらずである。
「ちょ、ちょっと立ち眩みが」
「疲れているのかもな。やはりストレスがあったのだろう。分家に着いたら、ゆっくりしような」
アイスィは優しく雪華の額に触れる。
「熱は、少し……ある、か? ちょっと熱いな」
「えへへ、大丈夫です。……レイズとサァゲもありがとね」
雪華はメイド姉妹を見る。メイド姉妹の桃色の髪が風で揺れる。
「雪華様、その……私も信じてます。いえ、分かっています。吸血鬼は雪華様じゃないって」
「レイズ……」
「私の村は、迷宮近くにあって、迷宮から出てくる魔物を……雪華様は命がけで戦ってくれたと聞いています」
「ははは、そんなこともあったかな」
「ありましたよ。もう、自分の手柄をすぐ忘れちゃうんですから……。また、お仕えしたいです」
レイズの話に、我慢できなくなったのかサァゲも介入する。
「あ、あたしも感謝してます! 騎士として迷宮攻略をした父は、雪華様に命を救われたんです!」
「え、そ、そうだったの?」
「そうです! 雪華様が迷宮で助けた騎士いましたよね?」
「いたわね。あ、あの人が」
「父です」
サァゲの言葉の後に、レイズが「本当にお世話になりました」と頭を下げる。
アイゼリックとアイスィが笑う。
「全く、見返りを求めずに人助けするなんて驚かされたよ」
「騎士ですら名誉の為に生きるのに、雪華は人を助けて当たり前ってどこか考えてるんですよね」
笑い合う親子を見て、雪華は照れ臭くなる。
「皆、あたしのこと本気で心配してくれたり慕ったりしてくれてるんですね。嬉しいです」
雪華は頬を染めてはにかむ。
アイゼリックは穏やかに告げた。
「そうだな。雪華、君は皆に愛されている。だから……必ず帰って来なさい。ここをもう一つの家と思ってもいいから」
雪華の心にふと、込みあがるものがあった。歓喜。思わず彼女は涙する。
「あ、ありがとうございます……」
アイゼリックは頷く。
「こちらこそ」
アイスィと雪華は馬車に乗り込んだ。
馬車の窓から見えるのは、鬱蒼と生い茂る木々が流れる景色。
代り映えのしない景色だが、雪華は退屈しなかった。というのも、馬車の中でアイスィと二人っきりだからだ。
今までは別々の馬車に乗せられることや誰かが同席していた。つまり、これは。
(当主様からの、お墨付き、なのだろうか)
そんなことを雪華は考えていた。思わず、顔がにやける。
アイスィが笑顔で雪華に話しかける。
「どうした? 何か良いことでも……いや、さっきのことを思い出していたのか」
納得したようにふっと微笑むアイスィ。その瞬間を切り取れば間違いなく高値がつく名画になるだろうイケメンスマイル。雪華が紅潮するのは当然でしかなかった。
「は、はい……皆があんなにもあたしを好いてくれてるのを、はっきり言われてしまうと、なんだか照れくさくて」
大嘘だ。イケメンスマイルで顔が赤くなっていたのだ。だが、雪華はそう言うと実際に別れの瞬間を思い出し急に切なくなる。
(……本当にブリュナック家って良い人たちだ。トラックに弾かれて異世界転移した時は驚いたけど、元の世界よりこっちのが好きだな)
雪華はアイスィの顔を見る。元の世界では決して出会えなかったような美男子、それが目の前にいるという状況だ。雪華は転生を満更でもないと思っていた。
「雪華は北東にある分家に行ったことは無かったな」
「はい」
「あそこの主は、叔父だ。きっとお前のことを気に入ってくれる。親父の手紙もあるしな」
アイスィはにこりとした笑顔を雪華に向ける。雪華はその笑顔で幸せだった。
「えへへへ。その、あの、あたし、実は今幸せなんです」
「何……どういうことだ? お前は国外追放を受けたんだぞ、無実の罪で。こんな馬車の中ですら気丈に振舞う必要は」
「だって、皆優しいですから」
「!」
その言葉は、アイスィにとって意表を突かれるものだった。
「元の世界を思う日もあります。でも、それ以上にあたしが吸血鬼と言われても庇ってくれる信頼できる人達がいる。その事実が嬉しくて、たまらないんです!」
実際、雪華はアイゼリックにもメイド姉妹にも、その他のブリュナック家の関係者に感謝している。
ほがらかな陽射しが、雪華の輝く笑顔を一層輝かせ、アイスィの胸を打つ。
「雪華……俺は、お前と出会えてよかった」
「あ、あたしもです」
笑顔で見つめ合う二人。二人は三年間の思い出話をして会話に花を咲かす。
綺麗な朝日が中天に達する頃、分家の館は見えた。
静かで牧歌的……というより人気が明らかに少ない森の中にその豪邸はあった。
分家の豪邸は本家の十分の一程の大きさ。館の主の趣味なのか、美しい彫刻が配置されており、門まで石畳が整備されている。
(本家の十分の一くらいの大きさ……それでも、アメリカのセレブくらいの豪邸だなぁ……ブリュナック家ってやっぱり凄いや)
雪華は窓越しに分家を見て頷く。すると、オレンジ色の髪色をした若いメイドが視界に移る。
馬車は石畳の上を移動し、御者がメイドに挨拶する。
「お初にお目にかかります。ブリュナック家・本家、アイスィ様と食客の雪華様をお連れいたしました」
「ほ、本家のアイスィ様が!? こんな分家に何の用ですか? まさか、隣国が攻めてくるとか!?」
険しい顔で驚くメイド。御者の男は彼女を手で制しながら否定する。
「い、いえ違います。その、実は込み入った事情でして、アイスィ様が全てブリザド様にお伝えしてくれるかと」
ガチャ、と扉が開く音。
馬車の中からアイスィが出てきて、メイドに微笑む。
「久しぶりだね、フロス」
「あ、アイスィ様! お久しぶりでございます!」
フロスは服の端をつまみ、恭しく一礼する。
「今日はちょっと特別な用事なんだ。当主と会いたいのだが、呼んで来てもらえるかな?」
「は、はい。直ちに! 門はすぐにお開けいたします!」
メイドは一礼し、小走りで邸の中へ入っていった。そしてアイスィは振り返り、馬車の中にいる女性へと声をかける。
「雪華、もしこの館で困った時はあの子を、フロスを頼ってくれ」
「畏まりました」
雪華は石で出来た彫刻をちらりと見る。それは剣士や槍使い……騎士をあしらったデザインだと彼女は気づいた。
(きっとここの主は何かこだわりがあるのね。本家に特定の趣向ある彫刻は無かったわ)
応接間。
昨日、雪華とアイスィがアイゼリックと話した部屋よりは小さい部屋だった。
白を基調としてところどころに武具が掲げられたデザイン。掲げられた絵も全て騎士関係が題材にされている
アイスィと雪華は二人だけでソファに座り、分家当主が来るのを待っている。
雪華は絵や武器を見ながら悟った。
(ここの家の人って、きっと騎士好きなんだわ)
雪華をよく見てるのか、くっくと急にアイスィが笑い出した。
「どうしたのですか、アイスィ様?」
「いや、雪華が考えてることがなんとなく分かってね」
「……この家の方、騎士好きなんだなっと」
雪華は躊躇いがちに答える。その言葉を聞いてアイスィは笑いだす。
「ははははは! その通りだ! ここの主は無類の騎士好きだ!」
お腹を抱えて笑うアイスィ。そこへ、ドンと大きな音を立てて扉が開かれた。
「待たせたな!」
剛胆な声、そして鍛え上げられた体、顔には歴戦の戦士として生きてきた証のような切り傷があった。青色の髪に青色の目に青色の無精髭。その男の名は、
「ブリュナック家・分家当主ツラーラだ! 久しぶりだな、アイスィ! そして初めましてだな、弁財院雪華!」
がははは、と笑って挨拶をする剛胆な男。それを見たアイスィが笑顔で答える。
「お久しぶりです。叔父様。その、実は込み入った話でして」
「ふむ。説明してくれるか?」
「はい。しかしその前に……こちらをご覧いただきたいのです」
アイスィは懐から手紙を差し出した。赤い封蝋にブリュナック家・本家の家紋。狼をあしらったその家紋を見て、ツラーラは驚いた。
「こ、これは……成程な」
ツラーラは手紙の封を解き、ぺらぺらと読んでいく。文章は3枚ほどで、ツラーラは1分もせずに読み終わった。
「成程、吸血鬼の疑いで国外追放されたのだな。雪華、事情は分かった。一か月か半年か分からぬが、ここにいて良い。分家当主として責任を持って許可する」
ツラーラは真剣な眼差しで雪華を見る。アイスィはぱぁっと笑顔になった。
しかし、雪華はどうにも腑に落ちないところがあり、挙手をして発現せざるを得ない。
「そ、そのツラーラ様、質問なのですが」
「なんだ?」
「あたしとツラーラ様、初対面なのですが、なぜご存じなのですか?」
「お前のことは、三年前からアイゼリックの手紙に書いてあるのだ」
「アイゼリック様が、あたしのことを」
「あぁ。随分感謝しているとな。それに偶にアイスィやアイゼリック達が来た時お前のことを話してくるから俺は知っていたのだ」
「そ、そうですか。でも初対面なので……」
雪華はスカートの端をつまみ、頭を下げる。
「弁財院雪華です。以後、よろしくお願いします」
「うむ!」
がはは、と笑うツラーラ。腰に手を当てて大笑いする分家当主、雪華は短い会話だがその人となりを感じた。
(今まで会った貴族の方とどこか違うとこがあるけど、良い人そうね)
事実、ツラーラは辺境に館を構えるので必然的に社交界に参加できることが少ない。ゆえに気品が磨かれにくく粗雑と受け取られることもあるが、王族すらツラーラを高く評価している。
雪華はツラーラの二つ名さえ知らないが、良いところを感じ取った。悪いとこは、二十秒ほどあとに分かるのだ。
「叔父さんは空気読めないところあるけど、良い人なんだ。困ったことあると相談すればいいよ、お金のこととか武器のこととかなら」
「おいおい、アイスィ、言うではないか! がはは!」
「叔父さん、武器や人員手配、金銭のことは便りになるんだけど人間関係の相談がちょっとね」
「それはよう分からんな」
「ははは、でもそれが叔父さんの良いところだ」
「ところで、この手紙には、アイスィと雪華がくっつけば良いと思ってると書かれてるな」
「「!?」」
アイスィと雪華は同時にソファから立ち上がった。ツラーラは空気が読めない、それを実感した雪華であった。
「はっはっは、俺もお前らが結婚したら呼んでくれ! 仲人なりなんなり引き受けるぞ!」
「お、叔父様……本当に貴方という人は!」
「じゃ、昼食の支度してくる! アイスィ、良ければこの館を雪華に案内してやってくれ!」
アイスィの顔が真っ赤になる。勿論、雪華の顔も真っ赤だ。
大笑いしながらツラーラは扉を開けて去っていった。
普通は何て空気の読めない人なんだ、そう考えるだろう。アイスィは普通だ、彼はそう考えている。
しかし、雪華は。
(なんてこと……素晴らしいわ。アイスィ様と、あたしが? きゃ、きゃぁあああああ~~~~~~~~~)
昨日に引き続き、幸せの絶頂であった。
(えへへ。何これ、最高! 乙女ゲーでもこんなさくさく上手くいかないでしょ。嬉しい。本家のアイゼリック様だけでなく、分家のツラーラ様まであたしを認めてくれるなんて、外堀埋まり過ぎでしょ!)
雪華は熱くなる体を気持ちいいとすら感じていた。恋。三年間続いたそれが叶おうとしているのだ。彼女に文句など一つもない。それどころか、感謝の祝詞をあげてもおかしくない程だ。
(異世界、最高、ありがとう!!!!)
紅潮したまま、雪華は天井に向かって勝利のガッツポーズをした。アイスィは余りにも恥ずかしくただ顔から火が出る思いで腕を組み、赤い顔を隠すのだった。
雪華は隣の超絶イケメンをチラ見し、驚愕した。
(あ、アイスィ様の耳が赤くなってる!)
頭隠して何とやら。
分家の館近くには薔薇の庭園が設えられていた。
アイスィが雪華に案内し、二人仲良く歩いている。
ズキリ。ズキリ。ズキリ。
(な、何これ、痛い……)
雪華は、右手の甲に急に痛みを感じ出す。しかし、奇妙なことに痛みはあるものの外傷はない。
「う……」
雪華の痛み、普段なら見逃さなかっただろうイケメンは見逃してしまう。というのも。
(さ、さっき多分、顔赤くなっていたよな、俺。でも、顔は伏せたし、バレてないはずだ)
アイスィはきりっとした顔で取り繕う。
ズキリ。ズキリ。ズキリ。ズキリ。どんどん痛くなる右手の甲。
「う、うぅ……!」
流石にそのうめき声には、アイスィも気づいた。
「ど、どうした。雪華」
「な、なんかおかしいの」
「手を……抑えているな?」
「えぇ。その、アイスィ様、ここが痛くて」
アイスィは雪華の手に優しく触れる。
(あぁ~~~痛いけど、アイスィ様と手と手が触れ合うなんて、嬉しい!)
(雪華が苦しんでいるのに、恥ずかしかったなどと自分のことばかり……俺は大馬鹿者だ!)
喜ぶ乙女と反省する美男子。二人はどうしようもなくかみ合っている。
「しかし、見た感じ何もないな。傷跡も火傷もない。医者に診せに行こうか?」
雪華は首を振る。
「いえ、その……良ければ、庭園を案内して欲しいのですが」
アイスィは顔を顰める。
「何を言うんだ。庭園なんて、また来れるじゃないか。でも君に怪我があるなら」
「アイスィ様……」
二人の仲に、第三者の声がかかる。若い青年の声だった。
「お熱いとこすまないね。お二人さん」
ぎょっとする二人。アイスィと雪華は同時に声の方向を見た。そこにいたのは、青い髪、青い瞳の美男子だった。茶色い貴族服を着ている。
「よ! 久しぶりだな、アイスィ。そしてこちらが噂の雪華だな。よろしく。俺は次期分家当主のイスピラ。アイスィと同じ二十歳だ!」
イスピラは右手を前に、左手を後ろに、恭しく礼をする。アイスィは笑顔で彼に答える。
「久しぶりだな、イスピラ! ……再会は嬉しいんだが、彼女の具合が悪くてな」
「何……すぐに医者を呼んでくる」
「頼む」
真剣な面持ちのイスピラと、頷くアイスィ。雪華は手を抑えながら二人に向かって言う。
「だ、大丈夫です。今すぐになんて」
アイスィは真剣な面持ちで雪華を見つめ、
「遠慮するな。お前にもしものことがあったら……。お前はたった一人、この世界に転移してきた。幸せになって欲しいんだ、雪華」
お熱いねえお二人さん、と流石にここで言わないくらいにはイスピラは空気が読めた。ツラーラなら言っただろう。
雪華は、潤む目で笑う。
「ありがとうございます。その、アイスィ様。あたし、幸せです。ブリュナック家の皆さま……特にアイスィ様のお陰で」
「俺の、お陰?」
「はい。だからあたし、皆にもこの世界にも感謝してるんです。異世界に来て、良かったです」
にこり、と雪華が笑った瞬間だった。
ぴかっとした雪色の光が庭園を覆った。光の中心は雪華。雪華の手の甲に、雪の結晶をあしらったような印が浮かび上がる。
「こ、これは」
雪華は自身の手の甲を見る。浮かんだ紋章は見覚えのないものだった。しかし、イスピラが叫んだ。
「バカな、これは聖女の印!?」
「何、聖女だと、イスピラ! それは本当か!?」
「冗談でこんなこと言わねえよ! 間違いない!」
ズキリ。ズキリ。ズキリ。ズキリ!!
「あぁっ……う……」
雪華は気を失っていく。アイスィやイスピラが叫ぶものの、その声はどんどん遠くなっていく。
(あぁ庭園……案内して貰いたかったな……。また今度、来たいな……)
そう考えながら、雪華の意識は完全に闇の中へと消えていった。
「う……」
雪華は目が覚めて、明るい光を眩しいと思う。
(あたし、眠っていたんだ……)
ふかふかの白い簡素なベッドで寝ている――それを理解した瞬間、ぎゅっと雪華の掌が握られる。暖かい手だった。
「っひゃ、っひゃあああ!!」
「ご、ごめん! お、驚かせたか!?」
雪華が横を見ると、握ってきた男――アイスィの顔があった。
「あ、アイスィ様」
「すまないな。驚かせて」
すっと掌を離すアイスィ。
(あ……)
雪華は、その掌を名残惜しいと思った。彼女はちらちらと周りを見る。
そこは客室用の部屋だった。簡易なベッドや棚が置かれている以外は何もない。つまり、二人っきりだ。雪華は思った、今なら甘えられると。
「そ、その……アイスィ様」
「何だ?」
「お願いがあるのですが」
「今は特別だ。何でも言ってみろ。ステーキでも絵画でも買ってやる」
笑顔のアイスィ。それは雪華にとって何よりの癒しであり麻薬でもある。
「その、手を握って欲しいのです」
「て、手を握って欲しい!?」
「そ、その……いい気分でした。驚いてしまったのですが、とても、暖かくて」
アイスィは童貞だ。
婚約者などいない。
超絶イケメンで言い寄られることはあるものの、ブリュナック家の特殊な事情により婚姻関係を非常に結びずらくなっているのだ。
アイスィは超絶イケメンでありながら二十歳で童貞で、女と手を握るだけで恥ずかしがる男。雪華の言葉で緊張してしまう。
先ほどは女性としてでなく、人として手を握っていたから全然緊張しなかった。しかし今は彼の肩に力が入っている。
しかし、彼は中身までイケメンだ。自分の恥ずかしさより、相手の心を尊重する。
「良いぞ、雪華……お前が辛くないようにする。それが俺の今の仕事だ」
アイスィはぎゅっと雪華の手を握る。
(仕事……そうだよね。あたしのこと、意識してくれないかなって……耳まで赤くなってるーー!!!)
アイスィは紅潮しながら緊張を隠そうと必死だ。
(ばれてないばれてない……俺の緊張は、雪華にはばれていない……)
雪華はもしかしたら、脈あるかな? とか考え始めたその時――、扉は開かれた。
イスピラが入ってくるなり、アイスィと雪華が手を握ってるのを凝視し、目と口を大きく開けた。
「お、おう……そ、そこまで進んで……いや、もう何も言わねえよ」
「う、うわあああ、イスピラ! その、これは、彼女がさ、追放されて心弱っていたからで決してその」
アイスィは慌てて雪華の手を離す。
イスピラは分かったような顔で頷き、アイスィの肩をぽんと叩いて笑顔で答える。
「何か言ったりする野暮な男じゃねえよ俺は。気にするなって」
「~~~~~」
紅潮したアイスィ。彼は何か言いたそうだが、何も言えない。
「ったく、俺が本気で心配してたってのにいちゃつきやがって」
「~~~~!!!!」
アイスィの紅潮した顔を見て、雪華は幸せを感じた。
(本当に、異世界に来れてよかった。アイスィ様と出会えて、幸せだわ)
雪華がはにかむ。そしてイスピラは雪華に聞いた。
「雪華、手の甲にその印が出たのは、今日が初めてかい?」
「は、はい」
「そうか……」
イスピラは真剣な面持ちでアイスィを見る。
「アイスィ、俺は彼女に全てを話すぞ? いいな?」
アイスィは頷く。
「あぁ。頼む」
イスピラは雪華を見て、淡々と告げる。
「弁財院雪華は転移者として覚醒した」
「あ、あたしが!?」
雪華の言葉に、イスピラは頷く。
「君は聖女として覚醒したんだ。この世界で聖女が特別視されているのは知っているかい?」
「そ、その……朧気ながら聞いたことはあります。特別な存在で、待ち望まれていると」
「そう、皆が待ち望んでいる。聖女。それは祈りの力によって闇を払う特別な力を持った女性のことだ。転移者は1年に一度くらいか、この世界にやってきて不思議な力を使えるようになる。そして聖女は、数ある転移者の覚醒の中でも最強にして最高と言われる職業だ」
「そ、そんな凄い力なんですか?」
雪華は右手の甲にある印に視線が移る。雪の結晶のような美しく青い形。雪華はそれをまじまじと見つめた。
「聖女はチート職業とか言われることもある。聖女として覚醒した人間の一番低い年収が一億ゴルドを超えているからな」
「い、一億ゴルド!?」
絶句する雪華。しかし、無視してイスピラは話を続ける。
「君が聖女として覚醒した以上、吸血鬼の疑いは晴れること間違いない。吸血鬼は闇の力の頂点。聖女と対になる存在なんだ。だからもう君たち、帰れるんだが」
イスピラは『どうする? 帰る?』という視線をアイスィに向ける。アイスィは首を振る。
「まだ聖女として覚醒したと決まったわけじゃない。せめて力の確認をして裏付けをしなければ」
「もう決まりだと思うけどな……あの庭園の光見たろ? あんなデカい光の魔力は見たことないぜ?」
「祈るだけでも大変な義務だ。聖女、というのはおいそれとなるものではないよ」
「な、何……聖女覚醒を隠蔽するっていうのか!?」
気まずい沈黙がアイスィとイスピラの間で流れる。
「確認が取れるまではだめだ。それに、聖女というのは巨大な義務が付きまとう。金を保証されるが、国王以上に自由がない職業だぞ。礼拝が必要になれば殆ど強制的に行かないといけない」
「だ、だが聖女というのは最大の国益だ。隠蔽したら何らかの処罰を受けるぞ」
「……」
アイスィとイスピラは睨み合う。雪華は、二人の会話を理解は出来るものの何も言えずにいた。
(聖女…)
彼女は右手の甲の印を見る。
(これが、その証……火球と土ぼこ以外に何かできるようになるのかな?)
たったったという音がする。扉にコンコンとノック音。
「失礼します」
メイドのフロスが扉を開けて入ってくる。彼女は一礼して告げる。
「御主人様がお呼びです。三人とも、ダイニングにお集まり下さいませ」
ダイニング。
白いテーブルクロスがかけられた長テーブルに豪華な料理が用意されている。
ツラーラとアイスィとイスピラと雪華は四人座って食事を始めた。
ナイフとフォークを使い、ステーキを切っていく。
(……本家より豪華な料理だな。もしかして、歓迎されているのかな?)
雪華の心は顔に出ていたのだろう、彼女は笑顔で美味しい~~という気持ちいっぱいで肉を頬張る。
(美味しい~~!!)
「はっはっは、どうやらうちの料理を気に入ってくれたようだな! 雪華!」
「えっと、その、とても美味しいです!」
「はっはっは! そりゃそうだろう。ブリュナック家・本家は質素な料理で有名だからな!」
(え、質素? あれで質素なの?)
雪華はブリュナック家・本家の食事を思い出す。正直言って美味しいものだった。文句などつけようもない。目の前の料理が豪華なだけだ。
アイスィは、本家の料理にケチつけられたと感じたのか少し拗ねる。
「叔父上。本家は質実剛健を大事にしているのです。叔父上のように近くに豊富な食材が大量にあるわけでもないので」
「がはは、だがアイスィよ。我々ブリュナック家は本家と分家の違いなどなく、《軍人貴族》だ。強い肉体には、健全な料理があっても良いと思うのだが?」
にやりと笑うツラーラ。やれやれと笑うアイスィ。
ツラーラは雪華に話を戻した。
「ところで雪華。お主は悪役令嬢、という言葉を聞いたことあるか?」
「いえ、初耳です。何ですか、それは?」
「王室はゴシップを求めるのだ。重要な法案を通したいが世間や他貴族の反発を招く恐れがあるとき、社交界の有名人のゴシップで世論を煙にまくのだ」
(あ~、元の世界でもあったな~)
「その対象に選ばれたのが雪華ということだ」
「な、何でですか!? あたし、有名人ですか?」
きょとん、とした顔のブリュナック分家の面々。メイド達ですら『え、雪華様が有名なのって当たり前ですよね?』と言わんばかりの顔だ。雪華はここに来て、自分の知名度を知った。
「あ、あたし有名なんですか?」
「バカか? 異世界から来た人間がこの人口千二百万の国で一人しかいない。しかも何かと敵も味方も多いブリュナック家・本家に食客として養われている。有名じゃないわけがないだろ」
(し、知らなかった……)
雪華はアイスィを見る。アイスィもまた、雪華と同じく驚愕の顔を浮かべていた。
「知らなかった……雪華って有名だったんだな」
笑顔で頷くアイスィ。超絶イケメンの態度に雪華は唖然とする。
「そっか、あたし、有名人なんですね……」
ツラーラはため息交じりに苦笑し、青い髪の頭を掻く。
「そうだな。そしてそのゴシップで必要になるのが、悪役令嬢なのだ。世間の批判を一身に浴びる存在、国王の浮気相手になって王妃可哀想みたいな世論を作る人もいたな。二代前の国王はそれを世間の不満のはけ口として利用していた」
「で、でもおかしいですよ。吸血鬼事件は被害者がいる以上、犯人がいる。あたしを不満のはけ口にしたところで解決はしない」
「……確かに。そういえば、アイゼリックの手紙には『この件は調査するから下手な憶測を避けろ』と書いてあったな」
イスピラが怪訝な顔をツラーラに向ける。
「親父……叔父さんの、アイゼリック様の言うことは聞いた方が良いって」
「い、いやしかし。雪華を悪役令嬢として扱うというのは、その、確かなことなのだ。確かな筋からそれを聞いた」
ステーキをもぐもぐと食いながらツラーラは気まずい顔で意見を話す。
パンを食べ終わったアイスィ、おかわりを頼み、ツラーラの方を向く。
「確かな筋ってどこですか? 叔父上」
「それは言えぬ」
重々しく言うツラーラ。すると、全力でかけてきた騎士の男。
「た、大変です、領主様!」
「何があった?」
『確かな筋』を明かせないツラーラには騎士の存在は渡りに船だっただろう。分家領主は騎士に笑顔で応対する。
「最悪です、アンデット系の迷宮が突然出現しました!」
「な、何……光魔法の担い手は滅多にいないんだぞ!? 手配は?」
「それが、冒険者ギルドは大規模な集団遠征に行ってて、人手の確保すらままならず……」
ツラーラは血相を変えて立ち上がった。
「すまない。話はまた今度だ。アンデット系の迷宮は攻略どころか防衛すら苦戦しがちだ。すぐに取り掛からねばならない」
イスピラが雪華を見た後、アイスィを見る。アイスィはため息して頷く。
「なぁ、アイスィ、良いよな?」
「仕方ないな。俺とお前と、雪華で対応しよう」
「決まりだ」
にやり、とイスピラは笑った。イスピラは笑顔のままツラーラに話しかける。
「親父。その迷宮、俺達に攻略させてくれないか?」
迷宮。それは世界の不思議と呼ばれる場所だ。
突如として出現するものもあれば、人工的に魔術師が構築したものもある。
今回のは前者だ。
イスピラとアイスィと雪華は分家の館に報告された場所に向かって馬車を走らせる。
そして、到着。
「ここか」
イスピラは剣と簡素な鎧を装備し、準備万端と言った感じだ。
アイスィも豪華な装飾をされた名剣を持ち、迷宮の入り口を睨む。その後ろに、桃色の可愛らしい刺繍がされたマントを着た雪華が立つ。
(迷宮攻略かー、一か月振りだな)
雪華は迷宮攻略が好きだ。彼女にとって迷宮攻略は登山感覚であり、ハイキング感覚ではない。運が悪ければ死ぬという考えはある。
「その、アイスィ様、イスピラ様。言っておきたいのですがあたしに聖女の力があっても覚醒したばかりなら不安定かもしれませんし、弱いかもしれませんし、力をすぐに使い果たしてしまうかもしれません。先ほど、眠ってしまいましたし、あたしに協力な力が宿っても危なくなればすぐに撤退させて下さい」
「いや、そんな心配ないよ」
雪華の渾身の演説、それを聞く必要がないという態度でイスピラは答えた。
「い、イスピラ様、その……迷宮攻略ですよ? あたしこれでも今まで百回以上迷宮探索してきたんです」
「お、思ったよりベテランだった。騎士ですらビビる奴いるのに、その歳で百回以上? 君は狂戦士かなんかか?」
「きょ、狂戦士って……」
イスピラの訝し気な視線、雪華はそれに嫌気がさす。ごほん、とアイスィが咳払いをする。
「誤魔化すな、雪華。お前の迷宮探索が100回以上というのは印象操作もいいところだ」
「す、すみません」
アイスィに叱られる雪華、途端に彼女はしおらしくなり俯く。ほっと胸を撫でおろすイスピラ。
「そ、そうだよな。転生してから三年なのに百回っておかしいよな。全く、自分を強く見せようとするなんt――」
「どう考えても300回は超えてるだろ。二年目とか毎日行きたい行きたいってごねられたのを忘れる俺ではないわ!」
「――――」
イスピラは真顔になった。護衛がいるとは言え、女子が迷宮攻略するのはガチな崖登りを一人でやるくらいの難易度がある。つまり、死んでもおかしくないのだ。
(完全に狂人じゃねえか、命が惜しくないのかよ!)
藪蛇だと思い、イスピラは何も言わなかった。しかし、ため息だけ彼はついた。
雪華は少し頬を膨れさせた。
「でも、イスピラ様、その……あたしが生き延びられたのは入念な準備やきちんとした計画があってのことなんです。危なくなったら、すぐ撤退。これは当たり前です。人より臆病なくらい慎重だったから今まで生きてこれたんです」
「あぁ、なるほどね。でもね、雪華。聖女ってのは特殊な存在なんだ」
イスピラは真剣な表情で雪華に話す。
「聖女は覚醒時には痛みを感じて眠る人が多い。体のどこかに印が刻まれるからね。でも、覚醒したら聖女は祈るだけで魔力消費なく光魔法を使える。だからアンデット系には無双できるんだ。君多分、もう気絶しないよ」
「え、何でそんなに聖女詳しいんですか?」
「うちはブリュナック家の分家だよ? だからだよ。武器やスキルには詳しいんだ」
その説明で雪華は納得した。
(あー、なるほど、そういう家系なのか。だから白い彫刻も絵画も全て騎士とか武器をあしらったデザインなんだな)
雪華はうんうんと頷く。
そんな雪華の頭を、後ろからアイスィがぽんぽんと撫でた。
(っひゃあ!)
アイスィは超絶イケメンスマイルで雪華に微笑む。
「聖女なんてなりたくないなら、ならなくていいからな。お前がなりたくないと言うのなら、国が、いや――世界が敵になったとしても俺がお前の味方になってやる」
アイスィは輝かしい笑顔を雪華に向けた。
(アイスィ様……)
雪華は胸がキュンとした。きゅーっと締まった胸、しかし悪い感じはまるでしない。
(大好き。貴方の為に、あたし頑張る。……いつか、この思い打ち明けられたらいいな)
「じゃ、行くぞ」
「はい!」
アイスィが先陣を切り、とことこ雪華がついていく。その様子を見るイスピラは小声で呟いた。
「ったく、お前らもう結婚しちまえ」
その声が前を歩く二人に聞こえることは無かった。しかし、にやにやしながら満足気にイスピラは二人の後を追った。
迷宮の内部は暗い。
地面にはところどころに砂利があり、足場は好ましくない。
まるで巨大なモグラが作った洞穴のような入り組んだ複雑な隘路。ダンジョンの地形は様々で広い一本道を歩くだけのものもあるが、突如発生したこの迷宮は複雑な類のものだった。
つまり、攻略が難しい地形だ。
松明を持ちながら三人は進む。
「そろそろだな」
五分ほど歩いて、アイスィが言った。
「そうですね」
笑顔で雪華が答える。
「え、何がそろそろなの? ってまさか」
段々と青ざめるイスピラ。
ガタン、と音がした。そして
「キィイイイイイイイイオオオオオ!!!!」
目の前に、アンデット系の魔物が出現する。それはワイト。人骨が魔力だけで動く魔物だ。
人骨はかちゃかちゃと音を鳴らしながら三人にとびかかってくる。
「雪華、頼む!」
イスピラが叫ぶ。雪華は困り顔になった。
「頼むって、どうやって!?」
「っふ!」
アイスィは松明を投げ捨て、ワイトの攻撃を真正面から受け止め、応戦する。
「っく、アンデット系の迷宮だと、力が落ちるな」
アイスィは弱音をはく。だが、彼の言葉は事実だ。人間は光の魔力を浴びると元気になり、闇の魔力を浴びると調子が悪くなるものなのだ。この迷宮の攻略難易度は通常の迷宮よりはるかに高い。
イスピラは雪華に助言する。
「印に祈りを込めてくれ、雪華!」
(印に、祈りを?)
雪華は言われた通りにした。目を閉じ、祈りを込める。
すると、雪華の右手の甲から光があふれ、目の前のワイトがはじけ飛んだ。
ワイトの体は煙になって消えていく。その様子をアイスィは驚きながら眺めた。
「本来なら、有害な闇の魔力が消失時に放出されるはず……これが、聖女の力か」
イスピラはワイトの消えた場所を凝視。
彼が驚くのも無理はない。
ワイトは低級の魔物だが、人間程度の力を持つ。それを跡形もなくはじけ飛ばすのは上級魔術師でもなければできない。
そして、聖女は魔力消費を一切しない規格外の存在だ。イスピラはちらっと雪華とアイスィの方を見る。
「す、すごい……弾け飛びましたね、あの骸骨」
「雪華、体に異常はないか?」
「……えぇ、むしろ、何か漲ってくる!」
雪華を心配するアイスィ、彼は胸を撫でおろした。
「よかった。じゃあ、もうちょっと進んでみようか?」
「えぇ、まだ始まったばかりですから!」
笑顔で二人は進んでいく。仲睦まじい二人だ。その様子を見て、イスピラが一言。
「俺……いる意味なくね? つーか、邪魔かな……」
苦笑しながらイスピラは二人の後を追おうとした、すると。
「魔石だ。って……これ、闇属性なのに、無害化してる……聖女凄いな」
彼は落ちた魔石を拾って、再び歩を進めた。
進み続けたアイスィ、雪華、イスピラ。
彼らが歩いてると、突然土からぼこっとワイトが大量に出現し、三人を取り囲んだ。
「キィイイイイイイイイオオオオオオオオオ!!!!」
アイスィの眉間に皺が寄る。
「ワイトだ! 二十……いや、三十体はいるぞ!」
「祈りますね」
雪華はそう言うと、右手に祈りを込める。
光が放たれ、一瞬でワイトが吹き飛ぶ。
魔物を狩ると魔石が出てくる。だが通常の魔物と違い、アンデット系などの闇属性なら邪悪な魔力が垂れ流しになっていて使い物にならない。しかし。
煙となって消えていくワイト。その後に、魔石が落ちる。
「これだけ大量の魔石を獲得できるなら、嬉しいですね」
雪華は笑顔だが、アイスィは苦笑する。
「雪華、実はアンデット系などの魔物は有害な魔力が込められていてそのままだと売り物にならないんだよ。教会に依頼して浄化して貰わないといけないんだ」
「そうなんですね。それは、残念です」
落ち込む雪華とアイスィ。しかし、彼らにイスピラがつっこむ。
「アイスィ、雪華、魔石を見てくれ。聖女の力が分かる」
「何……こ、これは……邪悪な力が浄化されているのか!?」
魔石を拾って驚愕の顔を浮かべるアイスィ。
「まぁ、嬉しいです。これなら、居候でもただ飯食らいと言われずにすみますわ!」
「雪華、そんなこと考えなくていいっていつも言ってるのに」
「でも事実ですわ。あたし、嬉しいです! あたしが聖女になれば、ますます攻略できる迷宮の幅広がってブリュナック家に貢献できますわ」
「全く……」
アイスィは、超絶イケメンスマイルで雪華の頭を撫でる。
「お前は、笑って俺のそばにいてくれればそれでいいんだ。食客だし、女の子なんだから危険な迷宮探索なんてやらなくていいんだよ。ましてや、攻略なんて」
「アイスィ様……」
イスピラは二人の様子を見て絶句する。
(なんだこのバカップルは!? これでくっついてないとかお前らマジかよ!? 俺、ここにいても邪魔なだけだな。くっそ、記録水晶でも持ってきてれば、この様子を撮影してこいつらの結婚式で流すことができたのに)
心の中で後悔しつつ、イスピラは三十体分の魔石を拾った。その全てが浄化済みの魔石であり、一つ一万ゴルドほどの価値がある。
(聖女は凄い力だ。各地に行き義務を果たすべきだと分かってる。でも……)
イスピラはちらっと二人を見る。相変わらず、見つめ合っている。
(……あの二人の仲を引き裂くような真似をするのって、野暮だよな……でも国を思うなら聖女の覚醒は報告するべき……俺は、どうすればいいんだ)
イスピラはため息をつくと、二人に呼びかける。
「そろそろ行こうぜ、この分なら今日だけでこの迷宮は攻略できるだろ」
迷宮を進み続けた三人は、ワイトを倒しながら奥地にたどり着いた。
巨大な空洞。そこに、大量の魔物の死体が腐臭を醸しながら邪悪な魔力を放っている。
「酷いな、これは。なんて邪悪な魔力なんだ」
アイスィが呟く。
「そうだな……聖女、頼む」
「はい」
イスピラの言葉に雪華は頷く。
(これだけの力を持ってるなら、あたしって本当に聖女なんだな……)
雪華は祈りを右手に込める。雪の結晶をあしらった青い形が光り出す。
腐臭を消し、汚れを祓っていく。
聖女の使う浄化の力は実は『教会』の人間たちも行使できる。しかし、聖女の力は殆ど無尽蔵なのに対し、神父やシスターの力は有限かつ非常に疲れるものだ。そして、これ程の出力はない。
「聖女ってとんでもねえな」
イスピラは正直に感想を吐露する。アイスィも苦笑し、水色の髪をくしゃくしゃと掻く。
「そうだな……これほどの力なら、俺も認めねばなるまい」
しかし。腐臭は消えたものの、邪悪な魔力は全ては消え去らなかった。
「これは……もうちょっと祈りが必要みたいですね」
雪華は祈りを右手に捧げていく。その度に、カッと光り輝き光の魔力が満ちていく。すると、重々しい声が聞こえた。
【もっとだ。人間……その心地よい魔力をくれ】
「え――」
雪華は振り返り、アイスィとイスピラを見る。アイスィとイスピラも驚いた顔をしている。
「何だ、今の声は」
「雪華のでもアイスィの声でも、俺の声でもないぞ?」
【くれ。もっと、もっと光が欲しいのだ】
突如。魔物の死体から飛び上がった巨大な生き物。それは――、
「ドラゴン!?」
雪華の驚愕した顔。しかし、彼女の後ろにいる二人はそれを凌ぐ驚きだった。
「違う、こいつは、ドラゴンゾンビだ! 畜生、なんでこんな奴がここに」
がちがちと震えるイスピラ。当然、この三人が束になっても適わない強敵だ――、本来なら。
【人間……そうか、貴様、聖女か!】
ドラゴンゾンビは空中で浮遊したまま、聖女に呼びかける。まるで、助けを懇願するような声で。
【聖女、聖女か。なんということだ!!】
「ど、ドラゴンゾンビ、こ、怖い、うわあああああ!」
雪華は恐怖のあまり、一心不乱に祈り続けた。右手の光が洞窟に放たれ続けていく。ドラゴンゾンビは浮遊したまま、彼女を見続けた。
ドラゴンゾンビは本来なら凶悪そのもので、邪悪な魔力をまき散らし、時には生前より強い力を発揮する危険な魔物だ――、本来なら。
「うわああああ!」
百回は祈り、聖女はとうとう尻もちをついた。大量にあった魔物の死体は全て浄化され、魔石の山がそこにあった。一千万ゴルドはくだらないだろう。
そして、ドラゴンゾンビは禍々しい黒い魔力が完全に消え去っている。
ドラゴンゾンビは浮遊する体を地に着け、雪華に話しかけた。
【聖女よ……】
「っひ」
【恐れずとも良い。我はお主に、礼を言いたいのだ】
「れ、礼ですか?」
【うむ。我はドラゴン。本来なら高潔な存在であり、決して暴れたりしない。相手に問題がないときを除いてな】
「は、はぁ」
ドラゴンはくっくと笑う。
【ドラゴンゾンビになり、邪悪な魔力を放ってしまうのは非常に辛いものだった。我はもう世界にとって有害な存在になったのだと悲しんでいたのだが……お主が我を浄化してくれた】
雪華は恐る恐るドラゴンゾンビに尋ねた。
「そ、その……あたし、聖女みたいで」
【うむ】
「貴方に光の魔力を放ったら、貴方消えちゃうと思うんです」
【そうだな、我は天に召される寸前だ】
「貴方を倒したあたしが、憎くないんですか?」
ドラゴンゾンビはくっくと笑った。聖女は怪訝な顔で消えゆく魔物を見る。
【世界に迷惑をかけてまで生きながらえたいと思わない。魔物もアンデット系になって悔いているものは多い。聖女であるそなたは……とてもありがたい存在だ】
「え――」
もはやドラゴンゾンビはワイトの様に骨だけになっていて、その骨もひび割れ崩れる寸前だ。腐り落ちた筋肉も浄化され、残ってはいない。なのに雪華はドラゴンゾンビが笑っているように見えた。
【聖女よ、ありがとう。お主のお陰で我は穏やかに逝けるのだ。もし竜の里を主が訪れることがあるなら、この魔石を持っていけ】
ドラゴンゾンビは煙となって消えていく。その瞬間、巨大な光の魔力が柱となって洞窟を貫いた。洞窟の中の邪悪な魔力は完全に消え去ったのである。
不思議なことに、魔石は二つあった。イスピラはそれを見て驚く。
「ゆ、雪華……これって、ドラゴンが認めた人間だけに渡すって言い伝えがあるやつだと思う。こっちの小さい綺麗な魔石ね。これは売らないでとって置いたら、良いことあるかも」
「え、えええええ!?」
雪華はイスピラに綺麗な魔石を手渡される。よくみると、魔石は透き通っていて琥珀のように小さなドラゴンの魔力が内蔵されている。
(竜の里、なんて行く機会あるのかしら? でも……)
雪華はドラゴンゾンビを思い出す。穏やかな声。
(あの竜さん、幸せそうだった。聖女なんて最初は驚いたけど、なってみるの、悪くないかも)
雪華は天を見上げた。青い空、白い雲がそこにある。陽射しが迷宮の跡地を照らす。
アイスィは後ろから雪華に声をかけた。
「雪華……文句なしに、攻略完了だ。しかし、俺は……これほどの力を持った君が、政争に巻き込まれるのは忍びない」
アイスィは泣きそうな顔で雪華の髪に触れる。
(ど、どひゃ~~、あ、アイスィ様ぁ~~~~!!)
雪華は感極まって喜んだ。ドラゴンゾンビのことなど、頭から吹き飛んでいる。
「雪華、俺にとって、お前は大切だ」
「は、はい……」
「お前と過ごした三年間、俺も幸せだったんだ」
「はいぃ……」
雪華は、泣いた。嬉し泣きである。
「正直言う。俺は……お前が」
「……」
「好きだ」
雪華の胸がキュンとする。きゅーっと締まるが、痛くない幸せな感覚が全身に広がっていく。
(し、幸せ……異世界に来れて、アイスィ様と出会えて、本当に良かった……)
「あたしも、好きです。アイスィ様」
「雪華……」
二人は二人だけの空気世界を作って見つめ合う。誰もが邪魔できぬ恋人結界・絶対空間。二人にとっては世界に二人だけしかいない。
「俺は、ブリュナック家の長男として生まれ、それを誇りに思い生きてきた。それは厳しくもあるが……退屈な面もあった。だがお前が来てくれて、それは一変した」
「一変……」
「日々が明るくなったんだ。義務だけでなく、毎日が楽しくなった」
「あ、あたしもです」
「雪華……俺は、気づいた。お前に、危険な目にあって欲しくない。だから、迷宮攻略に反対だったんだ。危険でもお前が行くというのなら、毎回ついて行ったんだ。ドラゴンゾンビと対峙して分かった。俺は、お前が好きだ! 絶対に、俺はお前に死んでほしくない!」
「アイスィ様、あたし、そんなに思ってくれて、幸せです」
アイスィは、雪華の顎をくいっと近づけ、接吻する。
溶け合う二人の感覚。呼吸を感じ合う男女。二人の関係は確かなものに進んだ。
キスを終え、見つめ合う二人。
「聖女だなんだ関係ない。お前は、吸血鬼なんかじゃない。お前のような純粋な乙女が、人を殺すなんてありえない……俺の全てをかけて、陰謀から守り抜いてやる」
「はいっ……」
雪華はアイスィに抱き着き、アイスィは雪華を抱き返す。
「アイスィ様……」
「雪華……」
かきかきとする音。はっとして顔を見上げるアイスィ。そこには。
メモを取り続けるイスピラの姿が。
「イスピラ、お前、何してるんだ?」
「いえ、気にしないで続けて下さい。これは今後使う資料なので」
満面の笑みでメモをし続けるイスピラ、紙にはかなりの文章が記載されている。
顔を真っ赤にして、慌てふためくアイスィ。
(す、すっかり忘れていた! イスピラも一緒だったんだ! ど、どこからどこまで聞かれたんだ? いや普通に考えれば全部聞かれてておかしくないよn――うわあああああ!)
アイスィは抱擁を解いて抜剣し、イスピラに突撃する。
「イスピラぁあああああ、その紙を寄越せえええええええ!」
「い、嫌だよおぉおおおお! それより、魔石拾おうよぉおお!」
「貴様ぁあああ、野暮だぞ、それがブリュナック家の人間のすることかぁああ!」
剣を持って追いかけるアイスィの真っ赤な焦り顔。紙を持って逃げ回るイスピラの笑顔。
雪華はそれを見て、自分も真っ赤な顔で笑顔になった。
(ふふふ、国外追放されたけど、悪いことどころか良いことだらけじゃない。アイスィ様と関係が進むなんて……)
雪華はふとアイスィをチラ見する。すると、アイスィは足を止め、恥ずかしそうに咳払いする。
「えほん。その、雪華……メモは酷いよな?」
満面の笑みで、くすくすと彼女は笑う。
「えぇ、でも、あたしは読み直したいです」
「なぁあああ!?」
唖然とするアイスィ。イスピラは指をパチンと鳴らす。
「雪華、良いね! 後で複写して渡すよ」
「ぜひお願いします!」
アイスィは耳まで真っ赤にして、湯気が立つような顔でお願いする。
「その、恥ずかしいから破棄して欲しいのだが」
(か、可愛い!)
超絶イケメンが弱腰になる、そのギャップがたまらないと雪華は思った。
「ふふふ、だめです。家宝にします」
「そ、それだけは止めてくれ!」
雪華とイスピラの笑い声が木霊する。アイスィは顔を紅潮させたまま、しぶしぶと魔石を拾い集めるのだった。
ブリュナック家・分家の庭園。
真昼間の陽射しが薔薇園を綺麗に彩っている。
魔石の回収作業は順調に進み、三日ほどかけて全ての魔石を回収した。その総額、なんと二億ゴルドである。
総額の内約が書かれた紙を見て、長椅子に座る雪華は驚きながらアイスィに言う。
「す、すごい額になっちゃいましたね」
「ワイトはともかく、ドラゴンゾンビがなぁ……あの魔石はレアだよ」
アイスィは頷きながら答える。
ドラゴンゾンビの魔石も最後の腐臭漂う魔物の死体から出てきた魔石も、ワイトとは比べ物にならない巨大な魔石だった。
そして、ドラゴンゾンビが残したもう一つの綺麗な琥珀のような魔石は雪華が専用の箱に入れて保管している。
「問題は山積みだな。アンデット系の迷宮を一日で攻略し、この魔石だ。ドラゴンゾンビとばれなくても強力な魔物を討伐したというのはばれる。つまり、説明しなくてはいけなくなる。最低でも、ツラーラ叔父上にはな」
「そうですね。王都には『ブリュナック家の分家で討伐した』と報告すれば誤魔化せますが、ツラーラ様には報告しなければいけないですから」
「しかも叔父上は……嘘が下手なんだよな」
アイスィは頭を抱える。
「仕方ないですね。もう聖女ってばれること、覚悟します。大変、なんですよね?」
雪華の言葉にアイスィは頷く。
「あぁ。求められたら基本的に行くことを同調圧力で当たり前に求められる。それが聖女だ」
「あたししか出来ないから、ですよね」
「……正確には、聖女しかできない、だ」
「ははは、でも今この国には……あたししかいない。そうですね?」
雪華は明るく可憐に振舞う、それが強大な運命だとしても――。
アイスィは重々しく、真剣な眼差しで頷く。
「……そうだ」
「なら、決めました」
雪華は目を閉じて、背を伸ばす。
「あたし、聖女になって無双します。ドラゴンゾンビに感謝されて気持ちよかったので」
少女は可憐に、にぱっと笑う。アイスィは胸がキュンとした。聖女とは強大な運命だと知ったうえで、果敢に挑む決意をしたその少女を、彼は守りたいと思った。
(俺は、本当にこの人が好きなんだな)
アイスィは、俯いて胸に手を当てる。
(好きだ。俺は、雪華が大好きだ)
アイスィは迷宮探索した三年間を思い出す。
(女なのに、迷宮探索が好きで、危なっかしくて放っておけない)
アイスィは、顔を上げて雪華の右手の印を見る。
(そんな雪華が、聖女として覚醒してしまった。ドラゴンゾンビどころか、もっと危険な任務を国は命じてくるかもしれない。俺は……彼女に死んでほしくない。だが彼女が、運命を受け入れて果敢に挑むというのなら――)
アイスィは真剣な目で、雪華を見つめる。二人の時間が溶け合っていく。
「雪華」
「はい、アイスィ様」
「俺はお前が好きだ。だから、隣にいて真剣に守りたい」
「!」
「許して、くれるか――?」
「アイスィ、様……」
雪華の目に涙が浮かび、頬が可愛く染まっていく。
「はい、嬉しい、です。ありがとうございます」
二人は自然と触れ合い、抱きしめ合う。まるで、お互いがお互いを求めているのを分かっているように。
その様子を見計らい、物陰から隠れる人影が一つ。彼は、いちゃいちゃを邪魔したら悪いと思って30分ほど待って頃合いを見計らって出てきた。
「アイスィ、雪華、良い知らせと悪い知らせがあるぜ?」
それを言ったのは、イスピラだ。彼はまっすぐアイスィを見た。青い瞳と水色の瞳が向かい合う。
「聞かせてくれ」
「王都に吸血鬼が現れたらしい」
それを聞き、雪華は驚いた。
「え――」
「雪華がいない時だ。国外追放をしているのに王都に現れたってことは、雪華は犯人じゃないと分かったってことだ」
アイスィは固い顔で頷いて聞く。
「それは良い知らせだな。悪い知らせは?」
「雪華に、聖女として解決するように王命が下った」
「何!?」
アイスィは立ち上がる。雪華も口許を抑える。
「まさか、あたし達は……」
「多分、この数日のことは監視されていたな。恐らく、アンデット系の迷宮を攻略したことからバレた可能性が一番高い。まぁ、もしかしたら、……いや、憶測で言うのはよそう」
アイスィはイスピラに近づく。
「いや、聞かせてくれ。お前は頭良いからな」
「……恐らくだが、父は国王とつながってる」
「何!?」
「悪役令嬢として雪華を扱う、その情報を父上にリークしたのは恐らく国王そのものだ」
「バカな……叔父上が? どういうことだ?」
「あんな嘘がつけないような分かりやすい親と何年一緒に暮らしてると思ってる?」
イスピラはため息をついて、目を細める。
「確かな筋、父上が言い切るならそのくらいだ。そして、迷宮攻略のことも全てもう国王は知ってる。なら、話は簡単だ。むしろ国王は吸血鬼が雪華じゃないと知った上で、国外追放したんだ」
「何……意味が分からない。吸血鬼でないと分かっているなら、なぜ……」
「その答えは……王都にある」
「――」
アイスィは茫然とする。イスピラは視線を移し、雪華を見る。雪華は凛とした態度で長椅子に座り続けている。
「行くしかないよ。雪華……でも、君は国外追放を受けたから王都に行きたくない、とごねても良いと思う。今回は国王があまりにも勝手過ぎる。まぁ、あの国王のことだから、それを言う余地を残して国外追放したんだろうけど」
「国王陛下は……余地を残してくれた、と?」
イスピラは頷く。
「エイブラハム様は賢い。あの国王が本当に吸血鬼だと思ってるならそいつはとっくに殺されているよ。それに、君達の話ではデュランという貴族が雪華を殺せって言ったら国王はそれを否定したんだろ? 確実に、国王は意味を持って君を国外追放したんだ」
「そんな……」
雪華は絶句する。アイスィは躊躇いがちにイスピラに問う。
「イスピラ……その、本気で言ってるのか?」
「むしろ、変だと思わないか?」
「変……どこが、だ?」
「吸血鬼と疑っておきながら、死刑にはしないで国外追放。雪華の予定は徹底的に調べ上げていた。そして国外追放が起きた翌日に聖女として覚醒して都合よくアンデット系の迷宮が出現。全てが出来過ぎている」
「!」
「吸血鬼を国王が放っておくとは思えない……つまり、これは八百長ではない。しかし、解決できてもいない。だから、だ。この世界で吸血鬼に対する最大の抑止力とは何だ?」
「――聖女、か」
アイスィの言葉に、イスピラは頷いた。
「そうだ。吸血鬼という存在に対する最強の力、それは聖女に他ならない。国王は転生者である雪華に目をつけ、聖女としての資質を見抜いたんだ。だが、全ては憶測、だがあの賢い王様が考え無しに転生者を国外追放するなんてのはあり得ない。つまり……何か考えがあるのは間違いない」
イスピラは断言した。
「どうする、雪華? 断ってみるかい?」
「いえ、イスピラ様、あたしの答えは決まっています」
にこり笑う少女。その隣にいるイケメンは、少女を不安気に見つめるも――守り抜くという確かな決意を瞳に宿す。
「聖女として王都に向かい、吸血鬼事件を解決します」
「……凄いね、君は。教会や国王ですら解決できないこの難事件を、解決するって言うのかい?」
「はい。聖女として、無双します」
くす、とアイスィとイスピラから笑いが起きる。
「全く、面白いな、雪華。お前が来てくれて本当に良かった」
「本当に面白いな、アイスィ。お前の女になってなければ、俺はこの子にアタックしてるよ」
「イスピラ、それだけは決して許さない。例えお前であってもだ」
「分かってるってもー。こっちは三日もお前ら見てるんだから、俺の介入の余地がないくらい分かってるって」
「……」
アイスィは顔を紅潮させる。それを見て、雪華とイスピラは思った。
(っく、アイスィ様……なんと尊い照れ顔!!)
(従弟ながら、なんて可愛い反応なんだ! 結婚式のときからかうのが楽しみで仕方ないぜ!)
雪華はくすり、と笑ってアイスィに告げる。
「アイスィ様、向かいましょう。吸血鬼退治に」
「あぁ……お前のことは、他の貴族だろうが吸血鬼だろうが、国王からだろうが守ってやる」
「えへへ。頼りにしてますわ」
立ち上がった二人は仲良く歩き出し、馬車で帰る支度をする為屋敷に向かう。
その二人の様子をやれやれ、とイスピラは分かったような顔で眺めるのだった。




