第三話 亡くなった妻と、お茶を一緒に。
「春香……」
思わず、妻の名前を呼ぶ。
喉がキュッと締まって、声になったかどうか分からなかった。
しかし、春香は「はい」と笑ってくれた。
「寒いだろ? 中に入れよ」
まだ頭が上手く働かない状態で、思わず裸足のまま庭に出た。そして、右手を宙に差し出す。
「うん」
小さく返事をした彼女が、ふわっと枝から降りて、俺の手の上に小さな手を乗せる。
そのまま彼女の手を引いて、居間に入った。
春香の手は、ひやりと冷たい。寒空の下に居たせいだろうか、それとも……
二人でこたつに入ったが、どちらも言葉を発さず、しばらく時間だけが流れた。
何か話さなければ。聞きたいことも、伝えたいこともたくさんあったはずなのに、何も言葉が出てこない。
つっかけも履かずに雪の上を歩いたせいで、足の裏が濡れて冷たい。春香の足も濡れているのだろうか。
目の前に亡くなったはずの妻が現れたことに比べたら、さして大事ではない。そんなことを考えながら、沈黙は続く。
どれくらい時間が経っただろうか。おもむろに春香が、すくっと立ち上がった。
「秀志さん、お茶飲む?」
「あ、あぁ」
声がうわずった。
そんな俺の様子を気にすることなく、彼女はトタトタと迷わず台所のほうへと歩いて行く。
まだ夢見心地で、その後ろ姿をぼんやりと見つめた。