7話 犯人はこの中にいる、ってちょっと早すぎない?
五時限目が終了し、約十分後にホームルームのためB組担任の加藤真也先生がやってきた。
加藤先生はどこか気怠そうな表情で口を開く。
「あー、連絡事項は特になし。気をつけて帰れよー」
教壇に立って十秒も経たずに去っていった。
クラスのみんなが部活や帰宅を始める中、白銀が教室を出ようとしていたので慌てて声をかけた。
「白銀」
「ん?」
「ちょっと藤根さんが白銀達と話したいことがあるらしいだけど、A組まで来てくれない?」
「達?」
「うん、他は藤根さんが呼んでる」
「そうか。いいぜ」
白銀は特に理由を聞く事もなく、あっさりOKしてくれた。
さすが僕の数少ない友達だ。
白銀を連れてA組に向かとA組のホームルームはすで終わっていた。
教室には二人だけ、藤根さんと天音さんだけ残っていた。
天音さんも藤根さんと同じく美少女だが、藤根さんと違い、誰にでも気兼ねなく声をかけてくれるし親切で優しく責任感も強い。
A組では天音さんと藤根さんの二人の事を陰陽の美少女と呼んでいる、
って、誰かが言ってた。
実際にそう呼んでる人見た事ないけど。
言うまでもなく陰が藤根さんで陽が天音さんだ。
天音さんは僕と白銀の顔を見ると誰が見てもはっきりわかるほど嫌な顔をした。
「藤根さん、これはどういう事かしら?私はあなたが相談があるって言うから部活に行くのを遅らせてまでして残ったのよ」
「彼らにも関係ある事なのです」
「悪いけど私抜きでやってちょうだい」
教室を出ようとする天音さんの前に藤根さんが立ち塞がった。
「すぐ済みますので。委員長」
「……」
クラス委員長である天音さんはその肩書きを出されると持ち前の責任感からかちょっと迷いが生まれたようだ。
天音さんは嫌な顔を崩さないまま自分の席にちょっと乱暴に座った。
「本当に早く済ませてよ。私、この二人大嫌いだから」
あー、本当に僕は嫌われてるなぁ。
原因ははっきりしてる。
それは僕の不用意な発言からだ。
一年生のとき、僕は天音さんと同じC組だった。
その時はここまで潔癖症がひどくなかったので、普通にクラスメートと気軽に話してたんだ。
その会話の中で天音さんをべた褒めする奴がいたんで、つい言ってしまったんだ。
「美人でも清潔とは限らないよ。ほら、よくテレビでやってるじゃない。美人の部屋がゴミで埋もれてるのを。トイレ行っても手を洗ってないかもしれないよ」
別に僕は天音さんが嫌いなわけじゃない。それどころか彼女にできたらいいな、なんて思ってた程だ。
美しいものを嫌いな人がいて?
って、誰か言ってたよね。
その通りだよ。
じゃあ、なんであんな事を言ってしまったかといえば、本当に魔がさしたとしか言いようがない。
ほらっ、みんなが褒めてると自分もそう思ってるのにちょっと反論したくなったりすることあるよね?
あれだよ。
僕の場合、運の悪いことに天音さん本人に聞かれてしまったのだ。
その時はなんの反応もなかったから聞こえなかったんだと思ってほっとしたんだけど、しっかり聞かれてたんだ。
その証拠にそれ以来、みんなの前では普通なんだけど、誰もいない所では不機嫌な顔を露わにしてガンをつけられるようになったんだ。
まさに今の状況だよ。
しかし、こんな天音さんの一面を見られるのは僕だけだと思ってたけど、そうじゃなかったんだな。
白銀も嫌われてたなんて。
これ、類は友を呼ぶって奴?違うか。
藤根さんは教壇に立ち、
「猫の夢を見た事はあります?」
と天音さんを見る。真剣な表情だ。
「ないけど。それが何?」
「いえ、ないならいいです。白銀君はどうです?」
「ないな」
「そうですか」
藤根さんはちょっと残念そうな顔をするが、すぐ表情を戻し、
「校舎への落書きの犯人はこの中にいます」
と言った。
不快感を露わにする天音さんとは対照的にさっきまでつまらなそうな顔をしていた白銀は興味津々の表情に変わる。
で、僕はとても困惑していた。
何この展開?
探偵もののいきなりクライマックスみたいなんだけど!?
証拠も何もないよねっ?!
それとも僕が知らないだけで何か証拠を掴んでたの?!
「なんでこの中にいると思うんだ?」
「いい質問です」
藤根さんは僕に話した“ねこの能力”の事を白銀達に説明する。
校舎の落書きは“ねこの能力”を使ったもので、藤根さん自身も“ねこの能力者”であることを。
白銀は楽しそうに藤根さんの話を聞いていた。
「つまり、苗字と名前を繋げて”ねこ”がつく俺や時宗、そして天音はお前と同じ“ねこの能力者”とやらだというんだな?」
「その通りです」
「……馬鹿らしい」
「天音さん、いつもと態度が違いますね」
「そうかしら?」
「……」
本当にいつもの人付き合いのいい天音さんはどこに行ったのだろう?
いや、僕の前ではこれがいつもの天音さんだった。
……って、天音さん、藤根さんも敵と認識したのかな?
「そういえば白銀も天音さんに嫌われてるんだ?」
「そうみたいだな」
「人ごとだね」
「別にどうでもいいしな」
その言葉で天音さんが険しい表情を白銀に向ける。
……あれ、僕より嫌ってない?
白銀、君は一体何をしたんだよ?
そんな中で藤根さんは淡々と説明を続ける。
「今回の犯行ですが、深夜、誰にも気づかれずに行ったことから暗闇でも目が見えるという“ねこの能力”<ねこの夜目>を使ったと思われます」
「藤根さんて厨二病だったのね」
天音さんはちょっと嫌味ぽく言った。
「それは時宗君です」
「ちょっと!違うから!」
何で僕を盾にするかなぁ。