5話 探偵ねこ、現る?
会話が途切れると後が続かなかった。
だって趣味とか聞いても「個人情報を安易に教えたりしません」ていうんだ。
友達に昇格するまで心を開く気はないようだ。
名前が心だけに。
「おかしな事考えていませんでした?」
「え、や、やだなぁ。考えてないよ」
「……」
会話はないんだけど僕の挙動を監視していてやりずらいったらないよ。
でもどんなに情けなく思われようと女の子と仲良くなるチャンスを逃す訳にはいかない。
この体質を知っていて相手してくれるんだから。
ここは耐えるんだ!
僕達が通う神峰高校の校舎が見えて来た時だった。
「ちょっといいかな?」
僕達の前に男の人が現れて声をかけてきた。
「君達は神峰高校の生徒だよね?」
「あ、はい」
その男の人は見た目二十代前半くらいだった。
顔は整っており、スタイルもいい。男の僕から見てもカッコいいと思った。
でも、それ以上に僕の注意を引いたのは彼の右肩に乗った白い子猫だ。
体の割に頭が異常にでかく、その頭にはシャーロック・ホームズとかの探偵が被ってそうな帽子をかぶり、更に赤いマントを身に付けていた。
その赤マントは風が吹いていないのに何故かなびいていた。
「……かっこいい」
そんな呟きが隣からこぼれた。
藤根さんははっ、とした表情をして歩道わきに植えてある木の影に隠れる。
……え?何その行動?
その男の人は藤根さんの奇行を見て僕達の関係を深読みしたようで、申し訳なさそうな顔をする。
「なんか邪魔しちゃったみたいで悪いね」
「あ、いえ。それでなんでしょうか?」
「うん、実はこれなんだけど」
そう言ってその人はスマホを取り出して一枚の画像を僕に見せる。
それはあの落書きを写したものだった。
「もう消されたらしいんだけど、この件について何か知ってること、あるいは知ってる人がいたら教えてくれないかな?」
「はあ」
なんであんな落書きを気にするんだろう、と思っているとその人は懐に手を入れる。
「紹介がまだだったね。俺はこういうものなんだ」
そう言って渡された名刺を見る。
「……藤原探偵事務所の進藤さん?」
「ああ。まだ新米だけどね。もし何か気づいたらそこへ連絡くれないか?……そこの君も」
そう言って進藤さんは隠れたつもりの藤根さんへ向かって名刺を差し出す。
藤根さんはつつつと寄ってきて、ぱっと名刺を受け取るとまたつつつと木の陰に隠れた。
……藤根さんは何がしたいんだろう?
「じゃあ、学校に遅れると悪いんで、これで」
「あのっ!」
「ん?」
「一ついいですか?」
「ああ。なにかな?」
「その、肩の猫、本物ですか?ぬいぐるみとかじゃないですよね?」
「ああ。本物だ。みーちゃん、って言うんだ」
進藤さんがそう言うとまるで言葉を理解したかのようにみーちゃんが頷いた。
進藤さんが去ると藤根さんが木の影から戻ってきた。
隠れた意味まったくないけどね。
藤根さんは僕が受け取った名刺をじっと見みつめる。
なんで自分が貰った名刺を見ないんだろう?
書いてあることが違うのかな?
「あの」
「ん?」
「大丈夫です?」
「え?あの人?」
「違います。名刺です」
「ん?この名刺が何?」
「時宗君、人の触ったものに触れるのも嫌なのでしょう?よく受け取りましたね」
「……あ」
藤根さんの言う通りだ。自然に受け取ってしまった。
手袋してるので直接触ったわけじゃないけど、いつもならそれでも多少抵抗があるんだ。
ティッシュやチラシなどを配ってても絶対受け取らない。
でもさっきは全然抵抗がなかった。不快な感じが全くしなかった。
……なぜだろう?
僕は手袋を外して、そっと名刺に触れた。
「……なんともない」
「え?」
藤根さんが驚いた顔をするが、僕も驚きだ。
「これって……まさか」
「……ええ」
「治っ……」
「ホモ」
「違うよっ!」
「ホモ」
「違うって!僕はノーマルだから!」
なに、藤根さん、その期待に満ちた目?
何に期待してるのか聞かないけど。
「では、私に触ってみてください」
「え、いいの?」
「はい」
「じゃあ、遠慮なく」
僕が藤根さんの胸に手を伸ばしたらその手を思いっきり叩かれた。
「痛いよ!」
「どこに触ろうとしてるんですっ!」
「いや、どうせならと思ってさっ……!!」
僕は学校へ向かって全力疾走する。
「やっぱり治ってないです!」
背後から藤根さんの怒気のこもった声が聞こえた。
そう、僕は藤根さんに触れられた手を洗いたい衝動に襲われていたんだ。
やっぱり治ってない!
じゃあ、なんで進藤さんの名刺は触れても大丈夫なんだ?
進藤さんは素手で触ってたはずだ。
理由はわからないが、触っても少なくとも大丈夫そうな人がいることを知って少しホッとした。
僕の潔癖症は治る可能性があるんだ!