3話 ねこの能力者
僕の頭の中に厨二病、という言葉が浮かぶ。
もちろん、口に出したりはしない。
なんか怒りだしそうな気がしたので。
「この能力はママも持っていたらしいです」
ああ、藤根さんはお母さんのこと、ママっていうんだ。
って、今はどうでもいいか。
「ママは結婚する前まで使えてたらしいです。私はパパとママが離婚した後で“ねこの能力”に目覚めました」
そうか、藤根さんのお父さんは単身赴任じゃなくて離婚してたのか。
いや、なんとなくそんな気はしてたけど。
っていうか、そういう重い話聞きたくないんだけど。
「何故私が“ねこの能力”を使えるようになったと思います?」
「さあ?」
気のせいじゃないの?
と思ったけど口には出さない。
藤根さんはふう、とため息をついた。
ごめんね。出来が悪くて。
「それは、猫がいるからです」
藤根さんはどこか誇らしげに言ったけど、僕にはさっぱりわからない。
「猫がいるって?」
「まだわからないですか?あなたにもいるじゃないですか」
「え?」
僕は背筋に冷たいものを感じて後ろを振り返った。
そこには、……何もいなかった。
「藤根さん、びっくりさせないでよ」
「……」
「え?まさか、藤根さんには見えているとかっ?!」
「何を言ってるのですか?」
「いやいや、藤根さん!それはこっちのセリフだよっ!」
「あなたの名前にいるじゃないですか」
「え?名前?」
「ときむね こう。ときむ ねこ う。ときむ 猫 う」
「え、えーと、それ、笑うとこ?」
僕の顔は引きつっていたと思う。
「……」
「藤根さん?」
「藤根心」
「はい?」
「ふじ ねこ ころ。ふじ 猫 ころ。私の中にもいます」
藤根さんの真剣な顔。
どうやら本気で言ってるみたいだ。
「あ、あの、ということは、お母さんがその、ねこの能力?を使えなくなったのは……その、名字が変わって猫がつかなくなったから?」
「よくできました」
藤根さんは満面の笑みで頷いた。
僕の頭の中で厨二病という言葉がエンドレスで回る。
あー、頭痛いなぁ。
そんな僕の心情に気づくことなく藤根さんは話を続ける。
「時宗君の能力はおそらく<ねこの綺麗好き>ですね」
「ねこの綺麗好き?」
「はい。猫は綺麗好きっていうでしょ?」
「そうなの?僕は猫に詳しくないから」
「ええ。まず間違いないと思います」
「そうなんだ」
「……信じてないですね?」
ここは正直に言ったほうがいいよね。
「まあ、いきなり“ねこの能力”とか言われてもね」
「じゃあ、その病的な潔癖症はなにが原因なんですか?」
「それがわからないんだよ」
「ほら。“ねこの能力”としか考えられません」
いやいや!それが一番ないと思うけど!
「まあ、仮にこの潔癖症がその、“ねこの能力”だったとして」
「間違いありません」
藤根さんは迷うことなく即答した。
「う、うん、そうだとしてね、これって呪いじゃないの?」
「それは本来の能力ではありません。おそらく能力が暴走しているのです」
「暴走って、そんなことあるの?」
「ええ」
「本当に?」
「ええ」
「なんでわかるの?」
「“ねこの能力者”である私がいうのです。間違いないです」
……うーん、見た目はいいんだけど、かわいそうだなぁ。
友達ができなくてそっちへ走っちゃったかー。
いや、こういう人だからみんな離れていったとか?
藤根さんの少し垂れ目気味の目が釣り上がった。
「失礼なこと考えてます?」
「そ、そんなことないよっ。あ、僕もさっ、マンガやアニメは結構見るからさ」
「あなたがオタクだからなんなんです?」
「え?いや、僕じゃなくて藤根さんがでしょ?」
「……やっぱり、失礼な事考えていましたね」
「え?いやっ、そんな事ないよ!」
「……これはもう実際に受けてみないとわからないようですね」
「え?実際に受けるって何を?」
「私が持つ“ねこの能力”<ねこの雷撃>です」
「いやいや、ちょっと待って待って」
「信じる気になりました?」
「いや、その前に“ねこ”の能力なんだよね?」
「ええ」
「猫って雷撃なんか放たないよね?ってか、そんな動物いないよね?」
「本気で言ってます?」
「いやいや、それ、こっちのセリフだから!」
「まあ、そう思うのも無理はありませんね。滅多に使わない能力ですから」
「あー、まだ猫にその能力があるっていうんだ。てか、それ静電気じゃないのかな?」
「猫を飼ったことのないあなたに何がわかるのです?」
「藤根さんは飼ったことあるの?」
「ないです」
「……もしかして僕、からかわれてる?」
「……」
藤根さんが不意に立ち上がった。
いや、いきなり立ち上がろうとしたんで頭がくらっときたみたいでよろけた。
思わず藤根さんを支えようと手を伸ばすと、その手を藤根さんがぎゅっと握った。
「え?」
「ねこの雷撃!」
藤根さんがそう叫んだ瞬間、握られた手がバチっときた。
「いてっ」
って、これ、静電気!?やっぱり静電気!?
「どうです?」
藤根さんは勝ち誇った顔をしていたと思うけど僕は見る余裕はなかった。
その手を振り解き、洗面所へ直行したからだ。
早くこの手を洗いたいという欲求が抑えられなかったんだ。
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