勇者たちの休息。そして、忍び寄る影。
周囲に漂う、鉄とオイルの焼け付いた匂い。その匂いの根源は、目の前で鉄くずと化したパワードアーマーであった。パワードアーマーの敗北により帝国の敗北は確定し、国境警備隊砦の戦闘は終わったのだ。
戦闘が終われば、する事は一つ。国境警備隊に囚われた、人々の解放だろう。
「みんなー!」
金髪でフワフワヘヤーのシャイニーは、捕らえられていた修道士達と再会を喜ぶ。よほど嬉しかったのか、幼さを残す顔をぐしゃぐしゃにし、再開を喜んでいる。
歓喜に湧く者もいれば、絶望の底に叩き落された者もいる。敗北したグラストン帝国兵士達だ。異国の地で、どのような処分が下されるのか考えると、気が気ではなかった。
「ああぁ……俺はどうなるんだ」
パワードアーマーを操縦していた馬上騎士は、絶望に打ちひしがれていた。自身がメンバーを集め行っていた、略奪、殺人、人身売買。これ等の行為は、極刑を言い渡されても文句を言えないものだ。
「よーし! グラストンの隊長は先に、オリオール本国に送ってくれ。他のグラストンの兵士たちは、国籍と犯罪の有無を確認しろ。犯罪行為を行っておらずグラストンに徴用された者は、本国に帰れるよう手配をしてくれ」
紫髪の女ダークエルフ、ロミフェンは隊長らしく騎士団にテキパキと指示を出していく。
さて、本作戦勝利の立役者アリサはと言うと。
「きゅー」
マナの使い過ぎで、グッタリとのびていたののだった。
◇
馬の鳴き声に、ガタガタと音をたてる振動。私は馬車にでも乗っているのだろうか? 確か、帝国のパワードアーマーを倒した所までは覚えている。で、そこで疲労のあまり倒れたんだっけ?
意識は取り戻したものの、疲労のせいか瞼を開くのが億劫なアリサ。
ああ。疲労困憊のいま、ちょうどいい硬さの枕が気持ちよすぎるわー。極楽ごくらくー、ん?
自身のほっぺたに伝わる感触、枕とは違う何かだ。アリサはこの感触は何かと、瞼を閉じたまま思考を巡らせる。
あーこの感触、衣服だわ。はて? なんで私は、そんな感触の物を枕にしているんだろう。
流石に気になってきたのか、自身のおかれた状況を確認すべく、重い瞼を開く。
「アリサ様、ご加減は如何ですか」
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ! わわわ、私!? マークの膝枕で寝ている。これは王子様の膝枕!」
アリサは驚きのあまりに、起き上がりそうになるが。すかさず彼女の耳元に、マークの手が伸びる。まるで、子猫を愛でる飼い主の様に、アリサのピンク色の髪を優しくなでる。
「貴女はクリエイトウェポンを使いすぎて、倒れてしまったのです。ですので、ゆっくり休んでください」
「うん」
アリサはマークのお言葉に甘えて膝枕を継続しつつ、馬車の中を見渡す。
自身が想像していた対面式の馬車と違い、テーブルに戸棚にベッド等々。
それは、寝泊りを意識して作られたとしか思えないつくりであった。
「うっわー! めちゃくちゃ広ーい。十畳は軽く超えてるんじゃない? この馬車の大きさ」
アリサは面白い物を見つけた子供のごとくはしゃぎ、マークの膝枕から脱却。
シュルルッ、トン。
回転ジャンプを決めたアリサは、トタタタと前方の窓に駆け寄る。
「4匹の馬が、この荷台を引いてる。まあ、これだけの大きさなんだから、当然なのかも」
馬車の座席から、窓を覗き込むようにはしゃぐアリサ。一面に広がる荒野には、野良ドラゴンに奇怪な色をしたサボテンの様な物体。
地平線の向こうには、富士山程の大きさがあるのではないかと思わせる、巨大な山脈等。
この世界が、アリサが居た日本とは違うのだなと実感されされる、ものばかりだった。
「ねえ、マーク。なんかレールっぽいものがあるけど。この世界にも鉄道はあるの?」
「あります。まあ、今はとある理由で、休業中なんですけどね」
「とある理由?」
マークの言葉に、アリサはクエスチョンマークを頭に浮かべる。
「その時が来たら、いやと言うほど話しますよ。あ、目的地が見えてきましたよ。今夜我々が泊まる、宿場町です」
彼の指さす先を見ると、そこには。町と言って差し支えないほどの、大きな大きな町があった。
駅や、馬を係留する場所がある事から察するに、交通を起点に発展した街なのは間違いないであろう。
◇
オリオール騎士団の利用する、宿舎にお世話になったアリサ達。食事にお風呂もそこそこに済ませ、早々に就寝をしたアリサ。そんな彼女に、怪しい人影が迫っていた。
音も立てずに開ける鍵開け、どう見てもプロの犯行だ。人影はそろりとドアを開け、スヤスヤと寝息を立てるアリサの部屋に侵入する
「アーリサちゃーん、おきてますかー」
戦闘で疲れ果て、起きるはずもないアリサに声をかける人影。その正体は、オリオール騎士団の団長、ダークエルフの女アサシン、ロミフェンだ。
「こーんなに可愛くて強き子孫を残すチャンスがあるのに、それを見逃したら、我らが神の教えに反するよねー。さあ、アリサちゃーん。私と一緒に、夜のお勉強をしましょうねー。大丈夫、私も初めてだから、一緒にお勉強をして上手くなりましょう」
ハアハアと熱い吐息をたて、褐色の肌を紅潮させる。彼女の様子、言動から察するにアレだと言うのは間違いないであろう。
「では、レッツダイブ!」
手と足のひらを起用にあわせ、放物線を描きジャンプするロミフェン。アリサが寝息を立てるベッドまであと一息と言ったところだった。
ミシリ。
両手の中指が、見えない何かにぶつかり。ロミフェンに激痛が走る。
「ぎゃああああああああ!? ゆ、指がああああぁぁぁぁ」
突然の激痛に、叫び声をあげながら床を転げまわる彼女。どうやら、誰かが設置した障壁に衝突したのだった。
「な、何でこんな所に、障壁が張ってあるんだあぁぁぁぁ」
「それはロミフェン様がアレを犯さぬよう、私が設置したのです」
ベッドの方から漏れ出る少女の声、涙目になりながらもそちらの方に目をやると、一人の少女がベッドの下から這い出てきた。
ロミフェンの部下、ダークエルフとリザードマンのハーフ、ラミラだ。
「隊長、同意も無しにアレ行うそれは、れっきとした犯罪です。たとえ我らが神の教えだとしても、同意無しに行うのはダメです」
「そんにゃー」
床に転がるロミフェンに説教を始める、ラミラ。しかし、これだけ大騒ぎをしたのだ。この部屋で就寝していた者が起きないわけがない。
「ふぁー、だれー? まだ夜でしょー」
重い瞼を擦り、瞳を開くアリサ。手を抑え痛がるロミフェンと、それを見つめるラミラ。寝起きな事もあり、今現在何が起きているか理解できていなかった。
「あっ、スミマセン。隊長が酔っ払って部屋を間違えたみたいで」
「お、お前なにをいって……」
ラミラの予想外の発言に、反論をしようとするロミフェンだが。
「いいんですか? ここで嫌われたら、アリサ様とアレをするチャンスを失うんですよ。いいんですか?」
「んっんんんん!? わっ、わかった……」
観念をして、ガックリとうなだれるロミフェン。そんな彼女の首根っこをひっつかみ、廊下へズルズルと引っ張るラミラ。
「スミマセン、今度は部屋を間違えないようきつく言い聞かせますので」
「いいよー、別に気にしないで」
申し訳なさそうに頭を下げるラミラに対し、大丈夫だよと気遣うアリサ。一言二言話し、ラミラとロミフェンは部屋をでていった。
「さて、もう一回ねるか」
扉の鍵をかけ、ベッドに戻るアリサ。就寝準備OKと、瞳を閉じるのだが一つの疑問が頭に浮かぶ。
「あれ? わたし、さっきもカギを閉めたよね」
疑問に思ったアリサは、思考を巡らせる。
「まあ、何も取れていないしいっか! おやすみー」
こうしてアリサは、何事もなく就寝するのであった。