その3
「アイリス‥‥お前の夢は理解したが、コイツを連れて行くのは違うんじゃないか?スラム出身なのだし‥‥」
「お父様。確かにコイツはみすぼらしい格好をしているけれど、そんなの関係ないわ。それにお父様だって地下の掃除をしている奴がとてもよく働くとか言って褒めてたじゃない!」
「え!僕、褒められてたんですか?」
「少しだけだ。すぐにくたばる奴かと思っていたら、お前が意外と働いただけだ。」
「ほら!その一生懸命さがパーティーに必要なのよ!お父様は、コイツが私の病気を治してくれた後、ずっと城で働かせるつもりだったんでしょ?」
「そうだな、カイよ。実を言うと、お前の汗の治癒力がどうであろうと、私はお前を城で雇い、働かせる気でいた。あの掃除はテストのようなものだ。」
「テストにしては厳しくないですか!?僕割と、死にそうだったんですけど!」
「厳しいのは当然だ。私はスラムの奴を、はいどうぞと信用できないからな。」
「ちょっとお父様!!そんなの勿体ないわ!こういう奴ってのは世に出すべきなの!だから私が連れて行くわ!」
「あの‥‥ちょっと‥‥‥」
「お前は黙ってろ!」「あなたは黙ってて!」
生まれてから沢山の権利をないがしろにされてきた僕だけれど、どうやらこの場の発言権もないらしい。
もう一度確認するが、僕を連れて行くかで揉めてるんだよな?僕は中心人物じゃないか。
「こんなに危険な世の中だから、いつ怪我をするか分からないわ!そんな時にコイツがいたら、絶対に安心だと思うの。私はコイツと一緒にいた方が長く生きられるわ!」
なんだか、あなたに一生ついていきます!みたいな告白の台詞が飛び出してきたが、状況は全然ロマンチックではない。
少なくとも、女の子に関して言えば、さっき初めて出合ったばかりの見ず知らず僕なのに、僕の発言を全て信じて、冒険に出発しようとしている。
ここまでくると、父親を説得したいがために、ヤケになっているように思える。それとも僕が、この体のどこからか強烈な信頼感を放っているのだろうか。
「‥‥分かった、カイも連れて行け。それがお前の望むことならな。ただし、コイツがお前の病気を治してからだ。まだ本当に治せるのか決まった訳じゃ‥‥‥」
「よし決まりね!お父様ありがとう!治せるに決まってるじゃない!私はコイツを信用してるし。そうとなれば、支度をしてくるわね!」
そう言って女の子は走って部屋を出て行く。王様の待つんだの声は届いてないようだ。
「ハァ‥‥」
これまでの議論大会が終わり、静寂に包まれた部屋に王様のため息が響く。発言のしすぎで疲れてしまったのか、王は女の子のベッドに腰を下ろす。僕だって大分疲れているのでフカフカのベッドに座りたかったが、なんだかそれは問題があるような気がしてやめておく。
「‥‥カイよ、私はあんなに元気な娘を久しぶりに見た。病気が発覚し、部屋に籠もりきりとなった時から、ボンヤリと外を眺めるだけで、感情がなくなってしまったのではと心配していたが、どうやら大丈夫なようだな。」
「確かに元気でしたね、病気があるとは思えないくらい。そもそも、女の子の病気ってどんなものなんですか?」
「医者が診たが、原因不明。頭がダメなのか心臓がダメなのか、それすらも分からん。突然、バタリと倒れ込んで意識が戻らず、数日は目を覚まさない事が何回も続いた。このままではあと3年生きられるか怪しいと言われたよ。」
「そんな症状が‥‥。あんな風に元気な姿を見ると、最近は倒れることはなかったということですか?」
「そうだな、ここ2ヵ月ほどは症状は出ていないな。」
「そうなんですね‥‥‥‥」
‥‥‥何かが引っかかるな。そりゃあ、原因不明の病気なんて物騒なワード、心に引っかかって当然だけれど、それとは別にもう少し考えなくてはいけない何かがあるような。何だろうか‥
モヤモヤする僕に王は、話しかける。
「それと、お前達スラムの人間には悲惨な生活をさせてしまい申し訳なかった。今更お前に謝ったって遅いだろうがな。私は貧民を地下送りなんて反対したのだが、止められなかったのだ。」
「え、そうなんですか!?てっきり王様が決めたことかと‥」
「私がそんな野蛮な事をすると思うか。全てを取り計らったのはお前達も会った、あの私の側近だ。」
そうなのか。地下で生活する僕達にとって、地上の情報なんて入ってこなかったので何も知らない。地上と地下は完全に分断しているのである。
「____そうと決まれば、娘の病気を治した後も、お前の汗で娘を護ってやってくれよ。これは命令だ。」
「正直な所、冒険なんて生きたくないですけど、命令なら仕方ありませんね。ついていきますよ。」
ていうかそもそも、冒険ってなんだ。そこら辺の森にでも行って、虫を捕ってくるのが冒険なのか?地上の人の考えは理解ができない。
「なんだ、僕の汗では治せないかもしれませんよ~と否定しないのか?」
「あぁ、もう自信を取り戻しました。昔、自分の怪我を治したことを思い出したんです。あんなに治癒力の高い僕の汗なら他人だって治せるに決まってる、そう考えました。」
嘘である。治すことができず、残念な雰囲気になるこの部屋が容易に想像できる。
「単純な疑問なのだが、お前は今までどんな風に怪我を治してきたんだ?こう‥‥‥汗を患部につけるのか?」
「そうですよ。指を切り落とされてしまったときは、反対の手で額の汗を拭い、患部につけたんです。数秒で指は元通りでしたよ。」
「とんでもないな‥‥‥未だに信じられん‥‥」
「僕はもう慣れましたけどね。ずっと使ってきましたから。」
「そうか‥‥娘にもどうか効果があってほしいが‥‥‥」
「僕を信じてください。よく考えると嫌ですけど、僕の汗を‥‥‥‥」
「どこにつけるんですか?」
「は?」
「いや、指をケガしたら指につけるし、足を怪我したら足につける。娘さんの場合はどこに‥‥‥」
そうだ、僕の引っかかった所はここだ。原因不明でどこの調子が悪いか分からないあの女の子の、一体どこに僕の汗を使ったらいいのだろうか。
「僕の場合、汗自体に治癒力があるわけで、魔法を唱えて回復させる訳ではありません‥‥汗を使う体の部位が分からないことには‥‥‥」
「そうなると、お前には沢山汗をかいてもらわなくてはならないな‥‥‥」
「え、そういう話になりますか?諦めるのではなくて?」
「何を言っている、娘の命が懸かっているのだぞ、簡単に諦めてたまるものか。」
「ということは‥‥‥?」
「尚更、娘と一緒に行ってこい!そして沢山、汗をかいてくるんだ!!」
さっさと治して、頃合いを見計らって女の子から逃げようと思っていた僕にとって、それは最悪の宣告である。治すまで逃げられないじゃないか。
それに、絶対に、絶対にだ。誰もが思っているであろう事。僕の大量の汗を女の子に使うなんて光景、絶対に避けなければならない。そんなことをしたら王様の娘を救った英雄でも何でもなく、ただの犯罪者になってしまうじゃないか!
何か別の方法を考えなくてはならない。絶対にだ。
娘の命が懸かっているためか、ネジのぶっ飛んだ作戦を提案する王様をよそに、僕は固く決心する。