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プロローグ 汗かく青年


 「そんな怪我なんてツバでもつけときゃ治るわよ!」


 誰もが一度は言われたことも聞いたこともあるだろうこの言葉が僕にとっては小さい頃から疑問である。

 この台詞を聞くたびに僕はムッとする。不快というか、不愉快というか、あんたは何を言ってんだ?的な感じである。

 

 勿論、「そんなもの科学的根拠がない!」みたいな、どこかの古めかしい老人が言いそうな文句が僕にあるわけじゃない。

 科学がとても進歩したこの時代、どこかでツバと怪我の研究なんか行われてそうなものだし、ツバは怪我を治してくれる派の人間に、よだれに含まれる成分がなんだとか専門的な事を持ち出されたら、黙って負けを認めるしかない。


 ただ僕は、ツバをつけるより、もっと良い方法を知ってるだけだ。

 僕は小さい頃から怪我には「汗」をつけて治している。

 2秒、といったところか。怪我の程度にもよるが、僕の汗はシュルシュルーと怪我を治してくれる。


 我が国、ダムルダールの恥部である地下の大きなスラム街で育った僕にとって、この特殊能力は大変役に立ってきた。


 スラムという劣悪な環境のため、余裕のない人々しかいないので、強盗、殺人をはじめとする犯罪行為は朝飯前。というか文字通り、朝飯時によくトラブルが起こっていた。


 家族4人で住んでいる家とも呼べない小屋からひとたび外に出たなら、通りでは取っ組み合いの喧嘩、刃物を持った男同士の振り回しバトルが繰り広げられているなんてこともよくあった。隣の住人が明日も生きている保証なんかなく、皆が自分のことで精一杯だった。


 肝心の僕も例にもれる事なく、よくトラブルに巻き込まれていたので、命の危機など沢山あった。

 とんでもない治癒力の汗のおかげで、僕はこうして今を生きているが、もし持ち前の汗がなかったならば、命のストックが10個あったとしても、ここに僕はいないだろう。


 僕が幼い頃、汗の効力の異常さを危惧した両親が医者に僕を診せた事があったらしいが、理解不能と判断を下され、ろくに検査もさせて貰えず門前払いだったらしい。

 医者が理解不能だというのだから間違いないのだろうが、今思えば、そんなにありがたい汗を危惧する僕の両親は罰当たりである。

 

 そんなわけで、語ったらキリがない激動の幼少期を過ごしてきた僕は今、ダムルダール城の地下で毎日15時間の労働を強いられているのである!

 労働といっても僕がやっている事はただの掃除で、ただの掃除といっても、昔は拷問や処刑なんかが行われていた地下の部屋をまた使えるようにしたいという王の命令で綺麗にするという内容である。

 何が言いたいのかというと、キツいということだ。


 ん??説明が足りないだって?地下のスラム街から城まで行ったのに結局地下での労働なのかよだって?

 そんなもの、僕が一番思っているに決まってるじゃないか。スラム街を飛び出し、ルンルン気分で城で働けるかと思っていたら地下だったんだぞ。ほぼ変わらないじゃないか!


 まぁ、説明不足なのは確かだから付け加えるとしようか。


 まず、スラム生まれ、スラム育ちの僕ではあるが、あの空間が反吐が出るくらい嫌いだった。あそこに住む人はほぼ全員が自分の暮らしが嫌いだったし、地上で生活したいと思ってたはずだ。

 スラムがいいなんて台詞、いつも酒ばかり飲んでいたグラムのジジィからしか聞いたことがない。


 ここで国の話になるのだが、我が国ダムルダールは外面を気にする国だ。僕達のような身分が最下層である貧民達を「みすぼらしい」「国の恥」として、ある日いきなり地下に収容した。

 おかげで見た目だけは綺麗な国が出来上がり、政府の作戦は無事に成功である。

 その甲斐あって、ダムルダールには観光客がわんさか来るらしいが、そいつらは綺麗な城や、おいしい料理を食い、満足して帰ってゆくのだ。お前達のいるすぐ地下では僕達がギリギリの生活をしているとは知らずに。


 そんなある日、僕達スラム街の貧民達にある知らせが入る。


 それは、「国を良くするためにあなた達の人権を無視し、地下に収容してしまった事を詫びたいので20万人の地下の住人の中から1000人を選び、地上での生活を与える」というものだった。

 

 まぁ実際は、政府の暴挙に怒り、『打倒政府』の文字を掲げるレジスタンス達の脅威を憂い、政府が早めに手を打っただけであろう。


 だが、貧民達にとって政府の心情なんかどうでもよかった。

20万人いる中の1000人なんて相当な確率だろうけれど、僕達は嬉しさのあまり、3日3晩踊り続けた。


 このクソみたいな暮らしからおさらばできる!誰もがそう思ったのだ。


 それからしばらくして、僕は人生の全ての運を使ってしまう。

 なんと1000人に選ばれたのだ。残念ながら、僕の家族は選ばれず、一人での脱出となるのだが、父も母も妹も僕を笑顔で送り出してくれた。折角掴んだこのチャンス、無駄にはしない!貧民から成り上がって、最高な人生を送ってやる!

 そんな大志を抱き、18才の青年、カイはスラム街とおさらばしたのだった。



 そんな僕が地上に出て、初めにした事は職探しだ。当然、政府は僕達を出してくれただけなので、新しい職までは提供してくれない。どんな当然だ。


 しかし僕は既に就きたい職業が決まっていた。

 それは城で働くことだ。

 鎧を身に纏って槍を使い、城の警備をするだとか、最強の兵士となって王や、姫の専属の護衛となるだとか、城の敷地内にある広大な庭の職人なんかにも憧れた。

 この国の政府のやり方なんて気にくわないが、僕は昔から城には強い憧れがあった。ダムルダールを象徴する白くて立派な城。その中には優雅な暮らしをする王様や姫がオホホと笑っているに違いない。

 

 具体的なビジョンはなかったが、スラム街での経験と僕の自慢の汗がある故、体力、戦闘には自信があったので、何かしらの仕事を任せてもらえる気がしていた。

 成り上がるには一番速いし、一石二鳥だと思った。単純な発想である。


 行動力のある僕は自ら城に出向き、僕を雇ってくれと頼み込んだ。すると、「お前と同じ考えのスラム街からの輩が他にもいる。王との直接の面会により、雇うかを決めてやるから入れ」とすんなり入れてもらえた。


 ここで待ってろと部屋の前まで案内され、おそるおそる扉を開けると中には、スラムから来たであろうみすぼらしい格好の男が3人ほどいた。生憎、全員知り合いではなく、会話を交わすことはなかったが、考えることは皆同じで、「俺だけでいいから雇ってくれ」である。それならば尚更、会話をしなくて正解だったが。


 椅子なんて用意されていなくて、10分ほど立ちながら待っていると、ガチャと音がしてダムルダールの王が入室してくる。

 部屋の中の空気が一気に張り詰める。王の持つ迫力が僕達を襲ってくる。


 「本来、王が直接、姿をみせるなどあり得ない事だが、お前達はスラム街から地上へと来た選ばれし者。特別に王による審査を行う。」

 側近らしき人物が言う。


 「私達はお前達の事など一切信用していない。当然だ、これまで犯罪に塗れて生活してきた奴を信用するほうがどうかしている。そして、この審査はお前達に裏切りの可能性が少しでもあるかを見極めるという内容も含まれている。雇った後で、王宮内で暴れられてもかなわないからな。」

 側近は僕達をじっとりと睨みつけながら話す。

 この目は今から人を雇おうとする人の目ではない。


 

 「では始めようか。」

 僕達をさらに睨みつけ、少しの沈黙があった後、側近はそう言う。


 

 左の奴から順番に話しかけられていく。このままいくと、僕は一番最後だ。僕はグッと身構える。


 しかし、拍子抜けすることに、側近からの質問の内容は至って平凡である。

 

 「家族は何人だ?」とか「好きな食い物はなんだ?」とか全然関係ないような事ばかりだ。

 てっきり、催眠をかけられて自分の深層心理を洗いざらいぶちまけることになってしまうぐらいのことを想像していた僕からしたらイージーゲームである。


 前の3人の質問が終わり、やってくるのは僕の番である。

 他の奴らは所々、噛んだり、上手く答えられていなかったりしたので、評価は悪いであろう。ここはもらったな。

 僕は軽くツバを飲み込み、質問に備える。


 「最後はお前だ。名を名乗れ。」


 「カイ。スラム街から来ました。」


 「そうか。お前の家族は何人だ?」


 「4人。父と母と妹です。」


 「‥‥‥そうか。では、お前の長所はなんだ?この城で雇われる際、自分の能力を最大限に発揮して国のために働けるような、そんなものがお前にあったりするのか?」

 相変わらず、僕を睨みつけながら、側近は質問する。

 さっきから王は、黙って僕達のやり取りを見ているだけだ。


 「長所‥‥」

 僕はしばらく考える。自分の長所を咄嗟に聞かれてすぐに言えたら格好いいんだろうけれど、生憎、僕に長所なんて‥‥‥


 いや、あるじゃないか!僕の長所!スラム街での僕を何度も救ってくれた僕の自慢が!


 「長所というか‥‥僕は生まれてから、怪我をしたことがありません。」


 「は?」


 「いや、あることはあるのですが、すぐに治ってしまうのです。それは僕の汗のおかげです。」


 「汗?」


 「以前、スラム街で刃物での喧嘩に巻き込まれ、右脇腹を刺されたことがあります。普通なら死んでるでしょうが、僕はその時かいていた自分の冷や汗を手につけ、傷口に塗ることで、数秒で傷は回復しました。あまりにも沢山の使用例があり、全ては語れませんが、僕の汗にはとてつもない治癒力があります。」


 「なんだそれは、信用できない話だな‥‥」


 

 「本当です!」



 「‥‥‥」

 じっと黙りながら側近は何かを考えているようだ。



 「‥‥‥それは、病気にも効くのか?例えば、原因不明の不治の病のような‥‥」

 ようや口を開いたと思ったら、なんだか側近の言葉に鋭さがなくなったような気がする。何かにすがるような‥‥


 

 「試したことはありませんが、効くと思います。僕の汗は何度も、命の危機から僕を救ってくれましたから。」



 側近はしばらく考え込んだ後、王になにかを耳打ちする。会話の内容は全く聞き取ることができない。さっきから黙りっぱなしだった王がコソコソと何かを話している。やはり信用されていないのだろうか。


 もはや、僕の事を二人で話しているのか、今晩のご飯のメニューでも話しているのか分からない。ただ二人の長い会話の時間が続く。


 しばらくの時間が過ぎて、最初は緊張のためか、背筋をピンと伸ばして直立していた僕らの気が緩み、貧乏ゆすりなどが始まった頃、

 「なるほど‥‥お前達のことはよく分かった。」

 ここで王が僕達に向かって喋り始める。低くうなるような声が僕達のいる部屋に響く。

 幼い頃から地下での生活を強いられてきた僕にとって、王様の姿を見たり声は聞いたりするのは、初めての事だったが、予想とは遠い雰囲気である。

 多少の迫力こそあるものの、このダムルダールの王であるという感じはそこまで伝わってこない。なんだか心が疲れきってしまっているような、どこか弱々しさを感じる。

 こんな奴が僕らを地下へぶち込む判断を下したのだと思い返すと、頭下げてまで雇ってくれと頼んでいる僕が少し情けなくなってくる。まぁそれは、ここから成り上がるために、しょうがないことなのだけれど。


 僕がそんなことを考えていると、重い腰をあげ立ち上がり、コソコソと耳打ちをしているだけだった王の口が大きく開き、僕らに結果を告げる。

 「たった今、合格者を決めた。合格者は0人だ。誰も雇わない。お前達では城の仕事は務まらない。他の場所で仕事でも探すがよい。」



 「ただ‥‥」

 王は続ける。結果を言い渡すため、僕達4人を見てたであろう王の視線がただ一点、僕だけに突き刺さる。



 「カイ。お前は城で働きたいがために、自分の汗について愚かな嘘をついた。何が、治癒力の高い汗だ。そんな幼稚な嘘で私達を騙せるとでも思ったか。これは大変な重罪だ。これより、お前を捕らえ、地下に幽閉する。他のものは今すぐ帰れ。」



 「ええええええええ!?」



 

 そんなわけで僕は今、ダムルダール城の地下に幽閉され、毎日のように掃除をしている。 

 ポジティブに捉えるならば、城で働きたいという願いは叶っているので、とりあえずはよしとしよう。


 

 過酷な労働にも負けず、毎日働く僕の額にはキラリと汗が光っている。スラム街では決してかくことのできなかった、気持ちの良い汗だ。

 家族の皆さん。元気よく地下を飛び出していった息子は、今、地下にいます!

 


 


 

 


 


 


 


 

 


 


 


 

 

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