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先生と私  作者: 箱庭とび子
3/11

3.開かれた扉

 私の書いた記事を読んだという鬼島ライム先生からお叱りを受けました。鬼島先生とは2014年に葉牡丹社から出版された『魔法の手』に華山先生が描いた『群(2012年)』が表紙として採用された時からの付き合いで、何度もギャラリー、展覧会に足を運んでくださるほど、誰よりも一番の華山魁フリークだと自称して下さっています。

 その一番の華山魁フリークの鬼島先生に「アナタは華山先生とミチルさんとどちらを選ぶのかハッキリなさい!」と叱責されたものですから、困っております。ミチルさんと先生の和解問題は拗れに拗れ、和解金が増えたり減ったり、遺産の書き換えが分単位で行われている状態で、収拾がつきそうにありません。

 私がこの状態を楽しんでいるという噂もありますが、私は穏やかにいつも通りの日々を過ごすことができれば良く、お二方がまた仲良くとは言いませんが、ほどほどの親子関係に戻ってくれればよいと思っています。

 ただし、どちらかを選ばなければ生命を狩ると言われましたら、給料の関係で、駆け出しのミチルさんよりも、華山魁先生の方がよいので、私は華山先生を推しています。いつもありがとうございます。


 先日、ミチルさんが私を訪ねて来ました。先生は仕事中、作業をする時は部屋からあまり外に出ない為、逢うことが容易でした。私は最近薄々気付いているある事実があります。それは、和解交渉の最中、相手側の陣営に会いに行き辛いというものです。先生が業と相手側弁護士の前で失礼な言動を繰り返して和解を長引かせているのも、ミチルさんが私に、私がミチルさんに逢いに行き辛くする先生の作戦ではないだろうか、と。

 ミチルさんはそんなことはお構いなしに、というよりも、そんな事は気にしないのが当たり前だと思うのですが、刑務所に入っているなどの特殊な条件下じゃない限り、誰に逢いに行こうが構わないのですから、私もまたミチルさんの作品に逢いに行っても良いのです。

「お昼、食べてないでしょう?」

 私はその時初めて、ミチルさんの手料理と呼ばれるものを見ました。おにぎりですが。お世辞にも上手な形とは言えないものの、先生よりは上手でしょう。いえ、比較対象が先生なのがそもそも妙な話なのです。

「お上手ですね」

「そうでしょう?」

 彼女は不格好なおにぎりを誇らし気に差し出しました。ホロホロと零れ落ちる米粒も愛嬌というものでしょう。何かに挑戦し、そして形作った彼女に敬意表するべきです。料理ができる、できたから素晴らしいのではなく、やってみた“結果”が大事なのだと私は思います。たとえ料理ができずとも、「私は料理が出来ないのだ、苦手なのだ」と気付けたらそれは素晴らしい事ではないでしょうか。

 私とミチルさんはそんな話をしながら笑い合った気がします。少し不格好なおにぎりをかじりながら、最近どうですかと近況の報告などを。

「また新しく個展を開くの」

「素晴らしいですね。是非招待してください」

「ええ。……今度は“先生”もちゃんと招待するわ」

「そうして下さると助かります」

「私気付いたことがあるの。父はわざと和解を先延ばしにしようとしてるのよ」

「気付いていましたか? 私もそう思います」

「やっぱり日比野さんもそう思うの? 腹立つ~、私、和解を早めようと思うの。無料でもいいから、そうして堂々と逢いに来るわ」

「……質問しても宜しいですか?」

「? ええ」

「先生も、ミチルさんも、何故、私を求めるのです?」

 ミチルさんは私の疑問にあっさりと答えを返しました。

「遺伝よ。遺伝。多分父が貴方に強く惹かれたように、私も遺伝子が貴方を欲しているのよ。そうとしか思えないもの」

 遺伝という言葉で全てを片付けてしまうのは、非常に乱暴な気がするのですが、私もこの困った状態にケリをつければ良いのに先生もミチルさんも、どちらも切り離すことができないのは「遺伝」という言葉で片づけてしまえば楽な気がしています。


 ミチルさんは先生が休憩をとる前に帰ったのですが、先生は部屋の僅かな違いに気付くことのできる人です。だからこそ、巨匠と呼ばれるまでに優れた画が描けるのでしょうけれど、ミチルさんが座っていたイスの傾きで来客があった事を察した時は背中を冷や汗が伝いました。

「客か?」

「そうです」

「誰が来た?」

「……ミチルさんです」

 彼女が来たことを告げるまでやや間があったのは、嘘を吐くべきだと思ったからなのですが、私が何も言わずとも先生のことを解る瞬間があるように、先生も私の事を察する瞬間があるのです。僅かに逡巡する間に、先生は眉を寄せ、不機嫌である事を隠さず信じられないものを見るかの如く私を見たので、嘘を吐き通すことは今後の為にも良くないと咄嗟に判断しての素直な発言でした。

 私とミチルさんの予想通り、先生は私達を逢い難くするために弁護士を入れた和解訴訟を長続きさせていたのでした。その作戦が意味を成さなくなった事に気付いた先生は、鳳先生以外は客に対してアポイントメントを取得させることを徹底し、作業場と私が仕事をするリビングキッチン兼応接室の扉を開き続ける事に決めたのです。


 私はこの問題を誰に相談すれば良いのかわからないのですが、先生には是非また扉を閉めて創作に没頭して欲しいと思っております。私がトイレに、飲み物を取りに席を立つたび、先生が筆を止め、私を見るのが解るのです。

 鬼島先生の言う通り、私は早々に結論を出すべきなのかもしれません。

 そのためには先生と話し合う事が必要だと思うのです。先程、ミチルさんと何を話したのか思い出しながら文字を入力していたのですが、私はここ最近、先生と何を話したのか、先程の「誰が居たのか」という質問の他思い出せないのです。

 先生と仲が悪い訳ではありません。ただ、旧いステレオタイプの熟年夫婦のように湯呑を差し出せばお茶を淹れる。そういった阿吽が私と先生の間にはあり、「ん」「わかりました」という会話がまかり通り、それを許容しているのが原因でしょう。

 この関係というのは言葉にするのが難しくあります。朝起きて、「おはようございます」の挨拶の後、珈琲を差し出し、「ん」と言われながら受け取り啜る先生に、今日の予定や画の依頼について話をする。先生は「うん」か「ん」しか言いませんが、必ず予定について把握していますし、外に出かけるならばそのための準備をします。嫌なら「嫌」とハッキリ言うので、話を聞いていない訳ではないのです。

 そう考えていくと、私が一方的に先生に話しかけているような気がしています。それはいけない気がして来ました。私は先生ともっと「話をする」という意識を持つべきなのかもしれません。

 玉手君から頼まれたこの文書を書くことは、好んでしている訳ではないのです。ただ、私自身が先生を介さず金を得る機会と言うのは少ないので、ある種の挑戦としてやってみようと思っただけのことなのですが、自分の状態を文章化するというのは私が気づいているけれども、無視していた、或いは見えているのに気づかなかった様々な問題を浮かび上がらせているのだと思います。


 それ故に鬼島先生ももどかしく思ったのでしょう。私がもっとよりハッキリとした考えを持ち、先生とミチルさんに告げていれば、ここまで問題が拗れる事はないのだと、私は少し鬼島先生に次お会いするのが怖くあります。また同時に、「あれを見ていない!」と怒られる気がしているのです。

 玉手君にお願いして鬼島先生の作品をアフィリエイト?と言うのでしょうか、宣伝してもらえるようにお願いしたので、ご勘弁頂きたく思います。

 最新作の『窓と壁(2019年 葉牡丹社)』も素晴らしい作品でした。この作品の表紙は、展覧会で華山先生の『遠景(2009年)』を眺める長い黒髪の女性が表紙です。遠景という窓を通して壁の向こうを眺める女性の心の移ろいが、胸をしめつける甘酸っぱさと切なさを持つ儚い作品と受け取るのか、架空の窓から遠くを眺めることのできる強さを持つ女性の姿を書いた作品か、是非お手にとって読んで頂きたいと思います。

 

※10月に行われる予定のギャラリー明道での華山魁展が、娘ミチルさんに対する当てつけではないかという質問がインターネット上で多く飛び交っていると玉手君から聞きました。

 当然ですが、当てつけです。盛大なる親子喧嘩の延長です。

 作品は素晴らしいものを用意しておりますので、どうぞご来場ください。

 ウェルカムドリンクに1973年もののシャンパンを用意しておりますが、市場流通本数が少なく、確保数に限りがありましたため、途中から1982年ものに変更になります。お許し下さい。

 

2019/08/28

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