表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生と私  作者: 箱庭とび子
10/11

9.旅の感想

 里中先生のお見舞いに行って本当に胸を撫で下ろしたのですが、館の火事だけで良かったと前向きに考えられるようになっていったのだそうです。先生は数年前から足を悪くされておられたそうで、逃げられただけでも幸運だったと笑っていらっしゃいました。

 館は一部が焦げ、改修が必要ではありますが、衣食住に必要なものは無事だったそうなので、お邪魔した時にはもりもりと米を食べていました。

 先生と二人、脱力した事を思い出します。

 『花』は話に聞いていた通り、右下から中央にかけて画の半分以上が焼けており、修復は難しい状態でしたが、里中先生と『花』を映した写真データが残っており、年明けた一月に行われる個展で展示されることになりました。

 また、特別に『家が燃えまして』のエッセイを寄稿して戴けることになりました。こちらも一緒にお楽しみいただけたらと思います。


 旅行について書けていなかったのですが、とても有意義な時間を過ごすことができたと思います。私と先生は山の手市から北にある秋月山に登って来ました。

 普段から体を動かすことの少ない先生は、早々に息を切らしていましたが、永く作品を作り続けて頂くためだと心を鬼にし、旅館まで歩き続けました。

 上部が赤く、下部が枯れ色になりつつある木々、サアサアと流れる川、冷たく張り詰めた空気、かじかみ赤くなった手……。

 私より先生の方が、全ての風景を記憶していることでしょう。一足先を歩く私の後ろ姿も、踏みしめて跳ねた土、体重が掛かって折れた細い枝、木から離れて流されていく葉……。

 旅館に到着し、私が受付で記帳を済ませている間、先生は、「こんな予定じゃなかった」と言わんばかりに睨みながら長椅子に腰掛け、休んでいました。

 先生はもう立ち上がるのもやっとといった具合のバッテバテ状態で、部屋に案内された後、体を畳の上に投げ出して、暫く口で息を繰り返していました。私がお茶を準備していると、先生は「やって」と言いながら肩をもむ仕草をしました。

 先生は画を描く時、同じ姿勢を長く続けるので、マッサージをすることがよくあります。これもその合図でした。

 あの時、当たり前のようにマッサージをしてしまったのですが、休暇の予定だったと“今”、思い出しました。お手を覚えた犬が「お手」と言われたら芸をしてしまうようなもので、「マッサージ」と言われたから私は当たり前の如く命令を遂行してしまったのです。


 泊まった部屋なのですが、客室に大きな露天風呂が付いており、私と先生はさっそく堪能することにしました。二人並んで湯船に浸かりながら、「疲れた」「帰りも歩くのか」と、ぶうぶう文句を言われながらも湯の温かな感触を堪能していたのです。

 環境が変わるとおしゃべりになるのでしょうか、先生はいつもより口数多く、私に話しかけてきました。

 

 仕事のこと、趣味のこと、子供は欲しいか……。

 最後の質問はなんと答えたのか覚えていないのです。余りにも問いが衝撃的で、何と言えば先生が傷つかないかそればかりを考えてしまって、しかし、どんなに私が取り繕おうとも、先生は私の答えを知っていたし、知っていると思います。


 とてもよく覚えているのは、この記事を書くようになった日のことを話題とした時でした。

 夏ごろに起こったギャラリー明道での「クソジジィ事件」から玉手君のウェブサイトの一隅に記事を書かせて戴くようになってから、知人友人が増えた気がしています。「あの記事読みました」と話しかけて戴くことも増え、華山先生の個展で、隣に華山先生が居るにも関わらず、私に声をかけて下さる方も居て、反響に少々驚いたこと。

 これは華山先生も同じであるらしく、先生は慣れない機械の使い方を覚えてみようかと初心者向けのパソコンの使い方教室と言った番組を見るようになりました。とりあえず電源の入れ方と、ブックマークに追加した私の記事ページは見ることができるようになったので、私が記事を書くようになってから、先生も少しずつ変わっているのだと、気づきました。

「この数か月はとても密だった気がします」

「悪かったな、なんか」

 おそらく、この後には「我儘で」と続くのだろうと思います。私から見た先生は我儘というより、素直になれないのだと思います。先生はもっと我儘になった方が、様々な部分で楽だったのかもしれません。


 先生は人間関係で多くの失敗をしています。一つは私の父に「好きだ」と言わず、母との結婚を許したこと、二つは元奥様の紅子さんと上手な関係を構築できなかったこと、三つは自分の娘が好いている人を奪うように独占できていないこと。


 優しいのだと思います。同時に、いざ、「助けて」と言えない弱さがあるのだと思います。先生は一人で生活できない人なのです。私が父と明確に違うのはそこに気付いているか、いないかでしょう。これを書くとまた鬼島先生に「それを知っているのにハッキリしないのか!!」と怒られそうですが、私はあくまでも先生に雇われている身で、決断を下す側ではないのです。

 

 旅行の最中は美味しい食事に舌鼓を打ったり、秋月滝を見に行ったり、冷たい水に片足を浸してしまい、テンションを落とした瞬間などもありましたが、充実した数日だったと思います。

 先生はこの数日の休みで見た風景を作品にすると気合を入れて居られました。発表は来年になると思いますが、私も一人のファンとして楽しみにしたいと思います。

 

 もう一つお知らせなのですが、玉手君の『玉手BOX』で書いていたこの記事ですが、玉手BOXリニューアルに伴い。お引越しする事になりました。

 皆様とはしばらくお別れになりますが、また先生と私の事、先生の作品の事、書かせて戴きたいと思います。

 今のところ、予定されているのは鳳先生が持つ華山先生のページ、その片隅に“助手の日記”としてブログを開設したらどうか、と、お話を戴いております。

 華山先生の美しい作品と並んでしまうと王様の秘密をペラペラ話す道化のような物ですが、許される内は華山先生がどのような方なのか、お話することをお許しいただけたらと思います。


 それでは、皆様、暫くお別れになりますが、またお会いしましょう!


 華山魁助手 日比野 輝



2019/10/10

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ