第九十六話 ありがとう
「……はい。私の考えた手は『過充填』です」
リファがそう言うと、ヴァイドとグリフィスの表情がさっと変わる。
「そうか……外からの破壊が叶わないのならば」
「内側から破裂させればいい……!」
「はい。時間が無いので私は準備に入らせて頂きます」
二人が納得顔になったところでリファが精神力回復薬(BP)を取り出し、一気に飲み干す。そして精神を集中させ、精神力強化を自身にかけると紫色の光の湯気が彼女を包み込む。
精神力強化は身体能力強化の精神力バージョンともいえるものだが、その独自性、難易度共に比較にならないほど高い。
あらゆる異能力の発動、操作に関わる精神力、それそのものを強化するなど普通は思いつかない、いや思いついたとしても不可能なのだ、通常の人間には。元々膨大なキャパシティを誇る神人だからこそ無理やり精神力の総量を増やしても耐えられる、つまりリファにしか扱うことの叶わぬ強化法。それが精神力強化である。
とはいえ、攻撃系の異能を殆ど持たないリファにとっては精神力の総量を上げても戦闘には役に立たず、できたとして身体能力強化相手の数を増やす程度であるためシドとの対決では用いなかった。そもそもまだ実用レベルに到達していない上に、色々と制限も多いと問題だらけのスキルだが、それでも今この時だけは必要なのだ、精神力強化が。
過充填を狙うにしてもどれだけの神力を注ぎ込めばいいのかわからないため出来るだけ多くの神力を確保する必要があるが、ポーションによる回復にも限度があり今のリファの神力は全快時の1/3程度。最低でもこの1.5倍位はないと破壊までには至らないことが何故かわかるのだ。だからこそ精神力強化で全快時に近い量まで強化することをリファは選択した。
「ふっう、……う、く、……くあ、あ……」
まだ慣れていないリファにも精神力強化の制御は難しく、脂汗を流しながらも少しずつ強化段階を進めていく。
「……リファ、苦しそう。だいじょうぶ?」
明らかに辛そうな表情のリファを見て焦ったミリューが駆け寄り、服をつまんで声をかける。
「だい……じょうぶ、まだちょっと、慣れてないだけ……だから」
不安そうなミリューにリファは優しく微笑みかけ、それから少ししてなんとか強化を終了させた。これで準備は完了した。
後は……悔いのないように伝えるだけだ。
「皆さんに伝えたいことがあります」
そしてリファが真剣な表情で前をしっかり向いて話し出す。先程までと様子が違うリファに皆訝しみながらも不思議と何も言うことができないでいた。
「私は、これから強化した神力を一気にアッティラの剣の動力タンクに注ぎ込むことで内部から破壊するつもりです。その前に言っておきたいことがあるのです」
「え……なに、リファ、なんか変……」
ミリューがリファの言動に違和感を感じ、言いようのない不安を覚え始める。
「1年にも満たない短い期間でしたけど、皆さんと一緒に過ごせて私は本当に幸せでした」
「な、何を言っているんだ……リファ?そんな、お別れみたいな……」
明らかに含みのあるリファの言動にクラヴィスまでも慌てて問いかける。そんな彼に振り向き、微笑みながらリファが告げる。
「多分私はこの後無事では済まないと思います。それでも神造兵装を止めるためにやらなきゃいけないんです」
「リファ君!?まさか君は……精神力強化を!?」
「すみません、ヴァイド様。これだけは使いたくなかったんですが、他に方法が無いんです」
精神力強化は精神にかかる負担が大きすぎるため以前からヴァイドから禁止されていたのだ。そもそもがリファは半日以上神力を搾り取られ続けて既に心身共にボロボロの状態、その上で無理やり神力の総量を引き上げた後に全ての神力、つまり精神力を一度に使い果たす。それがどれほどリファの精神にダメージを与えるかは想像に難くない。良くて昏睡、悪くて廃人、下手をすると命を落としかねない。
「……っ……君がそう言うなら、本当にそれしかないのか……!」
「はい。私は……ハミルトン家の人達が好きです。そして王族の方達も、王都の人達も皆好きです。私みたいなどうしようもない変人にもみんなが優しくしてくれました。それに、私は欲張りなので大切な人達には皆笑っていて欲しいんです。だから……」
リファが宝珠をしっかりと見据え、精神を集中させるとリファ自身が眩いばかりの紫色の光に包まれる。
「お世話になった人全てに伝えたいんです。『ありがとうございました』って」
そして増幅させた膨大な量の神力を宝珠へと注ぎ込んだ……!
宝珠が激しく明滅し、アッティラの剣へと向かうであろう動力チューブ自体も眩い紫色の光を発し始める。
「ふぅうっ……ぐ、くぅううっ……」
最早紫色の光の玉そのものと化したリファの表情すら確認できないが、苦しげな声だけは聞こえてきてクラヴィスとミリューが大声で叫ぶ。
「リファ、駄目だ、君が犠牲になるなど……!」
「リファ、だめ、だめぇ!!」
「クラヴィス、ミリュー……ごめんね……大好き……!」
リファが呟きと共に最後に残った神力を宝珠に押し込むと、宝珠自体にヒビが入り始め、やがてそれが全体へと広がると突然宝珠から光が失われる。そして数秒後……。
バガァッ!!……ズッ……ズゥウウン……!!
アッティラの剣がある方角から何かが壊れ、崩れ落ちるような音が地響きとともに伝わってきた。すぐにエルハルトが騎士に確認に向かわせ、その数分後、見張りのために操作盤の近くに待機していたレイナから確かにアッティラの剣が破壊されたとの報告を受けた。
王都が救われた、その事実に喜ぶ騎士も少数はいたが、多くの者は素直に喜ぶこともできず項垂れていた。なぜなら……。
「リファ、リファ……!」
「うそ、だめ、目を覚まして……リファ!」
「リファ君……すまない……僕は……!」
「リファ……自己犠牲にも程があるぞ……!」
「リファさん、あなたという人は……」
安らかな顔で仰向けに倒れている少女と、その周りに少女自身から大切だと言われた人たちが悲痛な表情で呼びかける姿があったからだ……。




