第九十四話 最後の切り札
『さあ、行け。進むのだ。我らが敵は大神の名を穢すもの。決して許しはしない、許してはならない。討て!怨敵を!』
リファの天上の旋律を背に受け、二条の白い光がシドに向かって迸る。先手はクラヴィスの大剣による切り下ろしだった。
ガギィンッ!
「ぐぅっ!」
初めてシドが動揺の色を僅かに表情に浮かべる。かつてないほどの重みがクラヴィスの剣から感じられたためだ。そしてその隙をミリューが逃すはずもなく……
ギャリ、ギィンッ!
「ぬ、くっ」
初めてミリューの爪撃がまともにシドの腹に二連続して入り、出血させることに成功する。更にそこにクラヴィスが全力を注いだ突きを繰り出す。
ガドンッ!
魔剣の剣身でそれを防ぐも勢いは殺せず数メートル吹き飛ばされるシドだが、危なげなく着地する。
「ふふ、自分の血を見たのは本当に久しぶりです。認めましょう。あなたたちが私を打倒しうる敵だと」
そう言うと、シドが魔剣を両手で捧げ持ち、全ての魔力を剣身に集中させることで攻撃力を最大限にまで高める。
「終わらせるのが惜しい位ですよ……こんなに愉しい殺し合いは……!!」
シドがクラヴィス達に向かって黒い光となって突進し、白い光と化した二人と激突する。お互い防御を最小限とし、致命打だけを狙って斬撃を繰り出し続け、全員が細かい切り傷、刺し傷で血まみれになりつつあった。そして均衡が崩れる瞬間が訪れる。ミリューの身体強化が切れ、動きが急速に鈍るのをシドが見逃すはずもなく止めを刺さんと魔剣をミリューの首めがけて振り下ろす。今にもミリューの首と胴が分かたれんとする瞬間、ミリューの姿が一瞬にして消え失せた。
「……なにっ!?」
堂目し一瞬動きが止まるシド、その背後にミリューが現れ全力で鉤爪を振り下ろす。
「これで……終わりっ!!」
星辰武装、天上の旋律に続くリファの切り札その三、遅延発動。
実は先程までのミリューは気功術による身体強化を使っており、それを中断した直後に神力による身体強化を発動させたのだ。エルハルトのそれと違って発動までの時間経過と共に強化倍率は徐々に下がるという欠点はあるが数分程度であれば減衰率は無いに等しい。
ミリューの気功術とリファのそれでは強化倍率は倍近い差があり、いかにシドとはいえ急速に速度を増したミリューに反応するのは困難を極めた。
ガガギィイイインッ……バキャァアアアアアンッ!!
それでも尚魔剣を両手持ちに切り替え、ミリューの双撃を受け止めたシドは流石と言わざるを得ない。そして精神力を使い果たしたミリューの星辰武装は音を立てて砕け散る。しかしシドの魔剣も無事ではすまず、剣身にヒビがいくつも走ることになる。
「ぬっぐぅううっ!……まさか、馬鹿な!?」
絶大な信頼を置いていたヨグ・ソトースにヒビが入るという前代未聞の事態にシドの動きが止まる。
「よくやった、ミリュー君」
「ん。止めは……任せる」
全ての力を先程の一撃に注ぎ込んだミリューが両手を床につけて倒れこむ。それを横目に一言声をかけ、クラヴィスが残るすべての力を集めて『最後の切り札』を切る……!
先程までクラヴィスを包んでいた白い光のオーラが消え、それを確認した後裂帛の気合いと共に眩いばかりの赤い光のオーラが彼から発せられた。
「はぁああああああっ!!」
ミリューとは逆にクラヴィスは神力による身体強化を解除し、新たな身体強化を発動させたのだ。その名も『紅武神』、この数百年間においてハミルトン家でもミュリエラ唯一人が扱えると言われている気功術の極みを体現した身体強化。その倍率は実に7倍。更に天上の旋律によりその力は14倍となる。
エルハルトに敗北してからミュリエラに毎日倒れ伏すまで扱いてもらい最近漸く発動の兆しを自覚していたそれを今、最高のタイミングで発動せしめたのだ。
中央が真紅の、周囲を白い輝きで覆われた流星と化したクラヴィスが動きの鈍ったシドへと突き進む。そして全ての力を振り絞り、紅く眩い光を纏った大剣を突きこんだ。
ガギィイイイイイイッ!!
「ぬ、ぐうううっ!!」
それすらもヨグ・ソトースの剣身で受け止めるシド。だがクラヴィスの勢いは止まらない。その体勢のままシドごと壁へと突き進む。
「これで……終わりだ、シドオオオオオオオオオオッ!!」
バキャアアンッ!!
「……っ!?……がはあっ!」
遂にヨグ・ソトースの剣身が粉砕され、クラヴィスの剣がシドの胸を鎧ごと貫き通す。そしてそこで残るすべてのオーラを放出させたクラヴィスがシドを後ろの壁ごと吹き飛ばした。
バガァアアアアアアアンッ!!
「はぁっはぁっはぁっ……」
「ク……クラヴィス様、大丈夫ですか!?」
ミリューにポーションを与えていたリファが片膝をついて倒れこむクラヴィスを見て慌てて駆け寄る。力を使い果たしただけで怪我自体はそれ程深くも無いクラヴィスはすぐにリファに振り返り、微笑む。
「ああ、大丈夫だ……君達のおかげで勝てた。ありがとう」
「ん。よくやった」
「ふふ、ミリュー、すっごく偉そう。……でも本当にお疲れ様でした、二人とも」
リファは二人が無事であることに安堵し、思わず涙声になってしまう。そんなリファの様子を見てクラヴィスとミリューがはにかんで笑う。漸くシドとの決着がついたと皆が安心した所で、シドの吹き飛んで行ったあたりから声が聞こえた。
「ま……さか、私が……負ける日がくるとは……思いませんでした」
「まだ生きてるのか……」
「しぶといにも程がある」
仰向けに倒れ伏し、胸に大穴を開けた状態のシドが血を吐きながらも辛うじて声を絞り出す。
「がふっ、最後に……質問です。私の敗因は……なんでしょうね?」
「そんなもの初めから決まっているさ」
クラヴィスとミリューがお互いの顔を見合わせた後、同時に応える。
「「リファを泣かせた、それがお前の敗因(だ)」」
それを聞いて一瞬ポカンとした後、シドが噴き出す。
「ふ、ふはは、なんとも……敗因は彼女に手を出したことでしたか。これだから……人生は……面白……い……」
そう言ってシドはそれきり言葉を発しなくなった。




