第九十二話 闇神化装VS星辰武装
シドが赤と黒で彩られた禍禍しい鎧を纏うと、それまでとは比較にならないほどの威圧感が二人を僅かに後ずらせる。
「なに、あれ……!」
「私もあんなものは見たことが無い。どちらかといえばアーヴァレスト団長の纏う金剛鎧装に似ているが……奴は精霊魔術師ではないはずだ」
「良い線をいってはいますが厳密にはこの世界の法則に則っていないのです。ヨグ・ソトースの力により『闇』の力を凝縮させ、それを『元』の力で鎧と化したもの、それがこの闇神化装なのです」
「だからどうしたっ!」
「待てミリュー君、一人ではっ」
気圧され始めている自分を奮い立たせるかのように気合と共にシドへと斬りかかるミリュー、そしてそれを追うようにクラヴィスも気剣術で強化した大剣を振り下ろす。
ガキン、ガイインッ!
「なっ……!?」
「馬鹿な、気を纏わせた剣が……通らない!?」
シドは身動き一つせずに二人の攻撃を受けたが、ミリューの短剣もクラヴィスの大剣もいずれもシドの鎧に傷一つ付けることも叶わずに弾かれる。さも当然の結果と言わんばかりのシドが薄笑いを浮かべながら口を開く。
「この姿を見て今も生きながらえている者は存在しません。それがどういう意味かわかりますか?貴方方も良い絶望を味わせてくださいね」
シドがそう嘯いた後、無造作に魔剣を横薙ぎに払う。すると、闇を纏った巨大な剣閃が二人を襲った。
「……んっ!?」
「……くっ」
剣閃にしてはあまりにも巨大であり、まともに受ければただでは済まないと直感した二人はそれぞれ大きく跳躍して躱す。数メートルの高さからシドの姿を確認しようとしたミリューだが、既にその姿は無く、頭上から冷たい殺意が迫ってくるのを感じた瞬間短剣を振り上げた。
「遅いですよ、先程までのお返しです」
バガァンッ!
およそ剣同士の衝突とは思えない轟音を立ててミリューの体が床に向けて吹き飛んでいく。同時にミリューの持っていた短剣は剣身が粉々に粉砕されていた。
「ミリュー君!」
「……んにゅっ!……」
クラヴィスがミリューの落下点に直行しなんとか受け止めることに成功する。
「大丈夫か!?」
「ん……なんとか。ありがと」
「何という速さと攻撃力だ。まともに打ち合うとこちらの武器が持たないな。いや、そもそも攻撃が通らない……」
クラヴィスがミリューを床に下ろし、悔し気にシドを眺める。
「あれは卑怯。だからこちらも秘策を使う」
そう言ってミリューがクラヴィスにブレスレットを差し出す。
「これがそうか。ありがたく使わせて貰おう」
クラヴィスが受け取り、右手首に装着する。そして持っていた大剣を鞘に納める。
「おや?剣を納めるとはもう諦めてしまったのですか?」
シドがそんなわけないですよねと言わんばかりに口を歪めて嗤う。それを全く気にもせずに二人は数か月前から肌身離さず身に着けるようにヴァイドから言われていた宝石を取り出し、ブレスレットに装着する。
「これで準備完了。あとはぶっつけ本番」
「ああ。後は私達が彼女らの想いに応えるだけだ。いくぞ、ミリュー君」
そして二人は精神を集中させ、顕現させる。それぞれの星辰武装を。
ミリューは両手首の、クラヴィスは右手首に嵌めたブレスレットから淡い光が発せられ、それが体全体へと広がる。そして輝きを大幅に増した光が再びブレスレットへと集まっていくとその中央に嵌められた宝石が眩く輝き、その次の瞬間ミリューの両手には漆黒に輝く鉤爪が、クラヴィスの右手には金色に輝く大剣が出現していた。
「……なんですか、それは?」
さしものシドも中空から武器を作り出すその様に素直に疑問を投げかけてしまう。
「リファとヴァイドが創ってくれた」
「私達専用の星辰武装だ。自身の精神力で作り出したものである以上その相性は貴様と魔剣のそれとは比較にならない」
数か月前からリファとヴァイドが研究し続けていた武器強化案の一つ、星辰武装。数か月かけて身に着けることで自身の気、魔力、感情を宝石に覚えさせ、それを核として自身が想い描く最高、最強の武装を精神力を糧として顕現させる魔道具がこのブレスレットだ。まだテストすらしていない試作品ではあるが、現状ではシドに通用する武器がこれ以外に存在しない。切り札の一つをこれほど早く出すのはクラヴィス達にとっても誤算であった。
「なるほど、精神力で作り出した武器ですか。本当に彼女は色々なものを創り出しますね」
「リファは人を幸せにする天才だ。だからこそ皆が彼女を愛し、大切にする」
「そんなリファを傷つけたお前だけは許さない」
そう言ってクラヴィスとミリューが同時に駆け出し、シドに左右から斬りかかる。ミリューが速度を生かし爪撃を嵐のように繰り出すとそれを捌くシドにもわずかな隙が生まれる。そこを確実にクラヴィスが突くことで少しずつシドの体勢が崩れ始めた。
「私のヨグ・ソトースとまともに打ち合える武器は本当に久しぶりです。ますます愉しくなってきました」
「「抜かせ」」
二人のセリフがハモり、全く同時に逆方向からの斬撃をシドに見舞う。僅かにシドは身をよじりながらその斬撃を鎧を滑らせるようにいなす。
ギャリィイインッ!
「なんと、闇神化装までをも切り裂く切れ味とは。いいですね、闘いとはこうでないといけない」
上手くいなしたため今の攻撃でつけられたのは僅かな傷とはいえ、自慢の鎧までをも傷つけうる武器を携えた二人を目の前にしても、シドは依然として余裕の表情を崩しはしなかった……。




