第九十一話 最極の空虚
リファとミリューが作戦会議をしている間もシドとクラヴィスは一進一退の攻防を続けていた。
クラヴィスは最初から気剣術を発動させており、神力による高倍率の身体強化も相まって非常に高い攻撃力でシドを追い込んでいたが、あと少しというところで器用にシドが大打撃を食らうのだけは避けるため時間だけが過ぎていく。お互い決定打が決まらず一旦距離を取ったところでクラヴィスが疑問を投げかける。
「シド……リファに何をした」
「おや、気になりますか?」
「当たり前だ!……彼女は泣いていたんだ、あの強い子が!」
「さすがの神人も半日以上神力を搾り取られ続けて心身共に弱っていたんでしょうねぇ。胸を揉んで組み伏した位であれ程良い表情を見せてくれるとは思いませんでしたよ」
くつくつと心底愉しそうに嘲笑うシドにかつてない程の怒りを覚えたクラヴィスが再び斬りかかる。
「……屑がっ……!」
バギィンッ!
クラヴィスの振り下ろした赤い光を纏う大剣がシドのクロスさせた短剣二本を一度に叩き折る。その勢いのままシドをも両断しようとするも、素早くバックステップで距離を取ったシドが折れた短剣を見て感嘆の声を上げた。
「そこそこの業物の剣だったのですが、二本纏めて折られるとは思いませんでした。思ったより使えるようですね……っと!」
シドが喋り終えると同時にナイフが3本頭、胸、腹を狙って飛んできたが、その全てを体をよじるだけで躱し切る。
「クラヴィス、だいじょうぶ?」
「……ああ、ありがとう」
ミリューがナイフを投擲した後すぐにクラヴィスに合流し、リファの作戦を小声で伝える。
「……彼女はもしかして軍師の才能まであるのか!?あれだけの目に遭っておいてすぐにそんな作戦を立案するなんて……」
「リファはなんでもできる」
「神人だから凄いのか、それともリファだからなのか……」
「ん、両方」
「……違いない」
当たり前とばかりにドヤ顔で言い切るミリューに苦笑しながらもクラヴィスは同意するしかない。
「相談は終わりましたか?さて、そちらも二人揃ったようですし、そろそろ私も本気を出させて貰いましょうか」
シドがそう言った後、右手を掌を下にして掲げ、開門の呪文を唱える。すると真下の床に漆黒の円が発生し、その中心から深紅の禍禍しい装飾が施された長剣が柄を上にして生えてきて剣先までが顕わになったところでシドが剣の柄を掴んだ。
「これが私の愛剣、最極の空虚です。現存するものの中でも最強クラスの魔剣ですが悪食でしてね……好物が絶望に染まった人の魂なんですよ」
シドがヨグ・ソトースをうっとりと眺め、魔力を通しただけで剣全体を覆っていた禍禍しい気配が急激に増した。
「……っ……気色悪い」
「剣も剣なら、持ち主も持ち主だな。悪趣味同士随分と気が合うようだが」
魔剣の放つ異様な気配にさすがのミリューも顔を顰め、クラヴィスも珍しく皮肉が口から零れ落ちた。
「これがまた私個人の愉しみと見事に合致していましてね。好物を捧げることで外なる神たるヨグ・ソトースの闇と元の力を私に授けてくれるのです」
「外なる神だと!?あれは御伽噺に過ぎない筈だが……」
「おや、名前くらいは御存知でしたか?通常存在する神とは別格の神々。それが外なる神です。本来は物理法則など無視した存在なのですが、この世界で力を顕現させる際にはさすがにそれらしい形をとる必要があるようです。この魔剣の場合、それが闇と元に当たるわけですね」
「……お前の異常な力の源はその魔剣だったのか……」
「否定はしませんね。ですが逆にこの魔剣を私以上に使いこなせる人材もいないでしょう。いわばベストパートナーですね」
「最低」
「最悪の組み合わせだな」
「おやおや、随分な言われようですね。それではその身に教えてあげましょう。私達の相性がどれほどのものかをね」
そしてシドが呪紋を唱えると、剣から発せられる闇のオーラがシドを完全に覆い、数秒後に闇が晴れた後には魔剣と同じような装飾を施された赤と黒の入り混じった鎧を纏うシドがそこに立っていた。




