第八十五話 血濡れの戦姫
フェリクスによる緊急放送が行われる1時間程前。アッティラの剣の動力タンクが満たされたのを確認したフェリクスが楽しそうに笑う。
「ふふ、あはははははは!こんなにも早く満たされるとは驚きましたよ!本当にあなたは優秀だ!」
「あ、あう、う……」
タンクが満たされたことにより一旦神力の吸収は止められたが、半日以上に渡り神力を強制的に奪われる苦痛に晒されたリファは最早声を出すことすら厳しいほど心身共にボロボロの状態だった。
「アッティラの剣はどうしても一度タンクを満たさなければ起動できないのです。先祖がえりだけではあと10年はかかっていたかもしれない。それをあなた一人で、半日でこなしてしまうとは!これは死なせるには惜しいですね……生かさず殺さず絞り続けることにしましょうか」
「フェリクス様、お戯れはそこまでに。生かしておけばその娘を取り返しに躍起になってくる連中もいるのです。神造兵装の起動には成功したわけですし、一思いに始末してしまうのも手かと」
「ふむ、まあ殺すのはいつでもできる。焦ることはない」
いつの間にかフェリクスの後ろに黒ずくめの男が立っていることに気づく。以前聞いたことのあるような声色だと思い、重い瞼を上げて顔を確認するとそれはよく知った男のものだった。
「う、あ、……し、シド……?」
「おや、私の顔を覚えていましたか、リファ様。短いお付き合いだとは思いますがまた会えて嬉しい限りです」
いけしゃあしゃあと囀るシドに怒りを通り越して呆れてしまう。
「あ、なた……はフェリクスの、な、かま……なの?」
「ええ、元々私は彼の直属部隊の一員でしてね。闇の仕事を請け負う傍らに神人の先祖がえりを探していたのです」
「じゃ、じゃあ……私も……」
「ええ、勿論マークしていました。ただ当初は先祖がえりの可能性が高いというだけでそれほど重要視はしていなかったのですがね。フェリクス様がどうしてもあなたを追跡調査しろというので暫くの間泳がせることにしたのです」
「お喋りはそこまでです。そろそろ緊急放送とアッティラの剣の試運転を行わなければいけないので失礼しますよ。ああ、シド、試運転が終わったらまた補充させておきなさい、ゆっくりとね」
「畏まりました」
※※※※
「成程、一発打つ毎に十分の一程動力を消費するわけですか……。それでは消費した分の補充を始めましょうか」
フェリクスが緊急放送でクーデターの宣言とキラル山への砲撃を行うと動力タンクの目盛が1割ほど減り、それを確認したシドが再び神力の吸収ボタンを押した。
「う、うあああ、あああああああーーーーー!」
先程までよりは吸収速度が緩やかなのか幾分苦痛は少ないが、それでも体から無理やり力を搾り取られ続けるのは耐えがたく、悲鳴がリファの口から漏れ出てしまう。
「なかなか耳心地の良い悲鳴ですね、これが聞けるのもあと僅かかと思うと悲しくなりますよ」
「あ、うあああ、あああああ……!こ、の、……さいてい……男……!」
「おや、巫女様ともあろうお方が口の悪い。ですが私達のような生業の者にとっては褒め言葉ですよそれは」
シドが愉しそうにくつくつと笑うのを目にし、この男には何を言っても無駄だと理解したリファは今後どうすべきかを考えることに頭を切り替えた。今程度の苦痛であればなんとか頭を使うことはできる。きっと皆が動いてくれているはず、それを信じて今自分にできることがないか考え続けることにした。
「ふ、うう、うううあああ、あ、あああ……!!」
その後もリファの悲鳴と、その様子を楽しそうに眺めるシドのくつくつとした笑いだけがその場を支配し続けた。
※※※※
フェリクスの緊急放送から1時間半が経過した頃、大聖堂への突入部隊が揃った。エルハルトとその直属の騎士達、グリフィス、ミュリエラ、クラヴィス、ミリューにレイナ、そしてヴァイドだ。
目的はリファの奪還、そして神造兵装の破壊又は無効化だ。グリフィスとヴァイドは戦闘のためではなく、神造兵装の操作のため一緒に行動することとなる。
「これからは私、エルハルトが指揮を執ることとなる。この任務に置いて最も重要なのは時間だ!次弾のアッティラの剣が王都に放たれた時点で我らの負けと心得よ!」
「「「「「はっ!」」」」」
「では行くぞ!私に続け!」
エルハルトの号令と共に全隊が一斉に大聖堂の入口へと向かう。そして当然相手もこの動きは予想しており、武器を携帯した司祭や信者が大量に大聖堂から湧いて出てきた。
「来たぞ!王の犬どもだ!」
「天神様が付いている我らに勝てると思ったのか!」
信者らは目に焦点が合っておらず、言っていることもどこか現実味が無い。まさに狂信者といった風情だが勢いだけはあり傷づくことも恐れないため非常にやりにくい相手となっていた。
「く、こいつら、決して強くなどは無いのに……鬱陶しいっ」
「形振り構わず襲いかかってきやがる。噛みつきに注意しろっ」
傷づいても手足を失ってもゾンビのようにしがみついてくる信者らに時間を取られ、エルハルトが痺れを切らして精霊魔術で一掃しようかと考え始めた時、ミュリエラが動いた。
「いい加減にしなさいよあんた達……はああああああっ!!」
身体強化の紅い光に包まれたミュリエラが大剣を一閃すると数十人の信者らが吹き飛ばされる。通常の気功術による身体強化は淡く白い光が殆どであるが、ミュリエラは気の量、質ともに尋常ではなく高いレベルにあるため紅く眩い光として現出されるのだ。
「邪魔、邪魔、邪魔ああああああああっ!!」
その勢いのままミュリエラが一直線に突っ込み、大剣を振り回すたびに信者が宙を舞う。ボロボロの体になってもミュリエラにしがみつこうとする者もいたが、ミュリエラを包む赤い光に阻まれ近づくことすら叶わず弾き飛ばされる。そして大聖堂の入口まで到達したミュリエラはその周囲の信者へと剣を向け、恐ろしい勢いで薙ぎ倒しはじめる。
「私の、大切な、リファちゃんを……食い物にしようなんて輩はね……ぜん、いん、皆、殺し、よおおおおおお!!」
どこか恍惚とした表情で大剣を振るい続けるミュリエラを中心にやがて血飛沫の嵐が巻き起こり、まるで紅い竜巻が暴れまわっているかのようだ。
「あ、あれが……血塗れの戦姫……」
「す、凄い……凄すぎる」
「聞きしに勝る戦いぶりだな。あれは私でも勝てる気がせん」
「……ええ、恐らくハミルトン家でも史上最強最大の戦力でしょう。私の目標でもあります」
エルハルトにしては珍しく素直に賞賛し、それに対しクラヴィスも自分の母ながら憧れの存在だと答える。
「だが確か聞いた話だと病のため一線を離れたと……」
「ええ、気管支の病気のため長時間の戦闘は厳しくなり退役されました。が、短時間での爆発力は未だに誰もあの人には追い付けないでしょうね」
「お二人とも、見入ってる場合じゃないですよ!折角道を開けてくれたんです、ここは母に任せて中に入りましょう!」
ヴァイドに促され、エルハルト達は大聖堂へと侵入していくのを横目にミュリエラはまた横薙ぎに一閃し、信者を吹き飛ばす。
「任せたわよ、あなた達……。囚われのお姫様を救いに来るのはやはり王子様でないと……ね!」
そして今度は大上段に大剣を振り下ろし、5人纏めて剣圧でぺしゃんこに叩き潰す!
「まあ、リファちゃんがどちらを選ぶかはわからないけれど……親としてはやっぱり息子を推したいものね!」
回転切りに伴い発生した竜巻で周囲の信者を吹き飛ばした後、入り口の前で大剣を垂直に突き刺し信者らを睨め付ける。
「さぁかかってらっしゃい!ここから先はこの私、ミュリエラ・ハミルトンが一人たりとも通さないわよ!」
赤く眩い光に包まれ、神々しさすら感じさせるミュリエラに圧倒された信者達は急速に戦意を消失し、文字通り烏合の衆となり騎士達に鎮圧されていくのを待つばかりとなった。




