第八十四話 緊急放送の鐘
リファが大聖堂に入り、数時間が経った頃ハミルトン家別邸では帰宅したクラヴィスとミュリエラがヴァイドに激しく詰め寄っていた。
「なぜリファを一人で行かせるような真似をした!」
「罠なのは誰が見てもわかりきっているのに……リファちゃんを一人にさせるなんて信じられないわ」
「僕だって勿論止めたさ。でもあの二人のためならあの子は誰が何と言ったってああしただろう。違うかい?」
「それは、確かにそうだが……」
「否定できないところが辛いわね……優しすぎるところが今回は仇になってしまっているのかも」
「この場合は優しいというよりも、大事な人を失うことを極度に怖がっているような気がするけどね……両親のことがトラウマになっているのかもしれない。当然大聖堂の周囲には何か変化があれば伝えるように密偵を忍ばせてある。後は相手の動きを待つしかない」
「……だが、リファが大聖堂に入ってから数時間経つのにレイナ君もミリュー君も解放されてはいないだろう!」
「うん、確かにそこが大問題なんだ。だから明日の朝になっても動きが無いようなら即王族に報告して助力を願うつもりだ」
「……私たちに何かしてあげられることはないのかしら」
「僕たちにできることは動くべき時に備えて最善の準備をしておくことだと思う。兄上、母上も心配だろうけど明日に備えておいてほしい」
「……ああ、わかった」
「ええ」
クラヴィスもミュリエラも納得はしていないが今は自分ができることをすべきだと判断し、装備の整備を万全に行った後早めに就寝することにした。こうしている内にもリファがどんな目に遭っているかわからず不安だけがつのるが、無理やりそれを押し殺すことに専念しているうちにいつの間にか夜が明けていた。
朝になり、それでも誰も戻ってこないことを確認しヴァイド、クラヴィス、ミュリエラの3人で王城に向かうことにした。本来であれば不敬と取られかねないが事は一大事であり、マティアス王に取り急ぎ面談を申し出る。すると王からリファ関連であれば優先して伝えるように指示があったらしく30分もかからずに王と会うことが可能となった。
「国王陛下、お忙しい所大変申し訳ありません」
「いや、構わぬ。そなた等の表情を見る限り大変なことが起きているようだな」
「……はい。実は……」
リファの護衛二人が天神教に捕らわれ、二人を助けるために単身でリファが大聖堂に昨日向かったこと、そして護衛も含めて誰も帰ってきていないことを報告する。
「なんと、それは……天神教も思い切ったことをしたものだ。さすがにそこまでのことをしでかしてしまっては国を敵に回すことになるというのに」
「はい、逆になぜ今このタイミングでこんな行動に出たのかがわかりません」
そうヴァイドが答えたと同時のタイミングで大音量の鐘の音が王都中に鳴り響いた。
ガラーン、ゴローン、ガラーン、ゴローン……!!
「なんだ、この鐘の音は……?」
「いつもの鐘とは全然音量も違う。まさかこの鐘は……緊急放送か!?」
王都では朝9時、昼12時、夕方6時に時報として広告塔で鐘が鳴らされることになっているが今の鐘の音は緊急時の放送前に鳴らされる特別なものだった。だが緊急放送は王族の許可を得て初めて行うことができるものなのに王も今の鐘については何も知らないようだ。ではいったい誰が鳴らしたというのか……それは次に流れる放送の声の主自らが教えてくれた。
「親愛なる王都の皆様、私の名は司教枢機卿であるフェリクス・ヴィンセントと申します。朝早くからの緊急放送で驚いた方もいるでしょうが火急の要件ですのでお許しください」
「フェリクスだと!?」
「あいつ一体何をとち狂ったことをしている!?」
「この度私はグランマミエ王国王族に対し、王座の返上、そしてその実権全ての天神教への移譲を要求することを決定いたしました」
「なんだと!?」
「クーデターを起こすということか!」
「皆さんもよくご存じである天神の巫女のリファ、彼女の正体は神人です。この国の王族はそれを知っていながら数か月に渡り彼女を放置していたのです。神人の力を利用すれば国をより強固で強大なものとすることができるというのに!要するに、この国の王族は国を守るための最善の手段を選ぶことさえできぬ無能ということになります。そんな者達にこれ以上この国を任せるわけにはいかないのです!」
「……勝手なことを……!」
「先日私のもとにリファ殿がいらっしゃり、力になってくれると誓ってくれました。今からその力の片鱗を皆さんにお見せしましょう」
ここで話が途切れると、大聖堂から眩い光が発せられ、やがて光の玉が大聖堂から数十キロメートルは離れた所にあるキラル山へと射出され、轟音と地響きを伴って着弾した。
ドドドォーーーーン!!
山に着弾した部分を周辺に半径数百メートルにわたって完全に地肌がむき出しになっており、キラル山そのものも深く抉られてしまっていた。
「や、山が削れちまった……」
「何なんだ、あの光は……」
ありえない光景を目の当たりにした民たちが唖然としながら変わり果てた山の姿を見て呟く。
「今の光は天神教が誇る神造兵装の一つ、『アッティラの剣』がもたらしたものです。リファ殿が提供して下さった神力により発動可能となったのです」
「神造兵装だと……!?なんということだ……」
「そもそもあれは神力が無ければ何の役にも立たない遺跡のはず。そんなものを引っ張り出してくるなんて……」
「リファがあんな奴に自分から協力なんてするわけが無い!無理やり神力を奪われたに違いない……」
「今の光を王城に向けて放てばどうなるか、賢明な王族の方々ならお分かりのことと思います。3時間以内に全面降伏し、全ての権限を私に移譲する手続きを整えなさい」
「何を馬鹿な……!?」
「要するにあの神造兵装を脅しに使うことでクーデターを成功させようって腹か」
「逆に言えばその神造兵装を抑えてしまえば向こうは何もできなくなる」
「済まぬが事ここに至っては国の存亡の危機だ。緊急会議を開く、そなた等にも参加して貰うぞ」
事態が急激に動き出し、王族、高位貴族で近場にいる者を全て招集し今後どう動くかを相談することとなった。アッティラの剣の標的となる可能性が高い王城からは非戦闘員を退避させ、闘技場を臨時司令部として据えることとし、主だったものはそこで待機することが決まった。
その後それぞれの役割分担が決まり、王とアーヴァレスト近衛騎士団団長は司令部の防衛を、学者勢は神造兵装を止める手段の検討を、そしてエルハルト王子とその部下の騎士達、グリフィス王子とハミルトン家の者は大聖堂へと向かいリファの奪還を行うこととなった。
フェリクスの緊急放送と同時に大聖堂から解放された二人の少女がいた。レイナとミリューである。アッティラの剣の起動に成功し、緊急放送まで行った時点で彼女らに用は無くなったとみなしたのであろう。
「……ミリュー、リファ様を助けないと……!」
「わかってる。でも二人じゃどうしようもない。一度別邸に戻って応援を頼む」
「で、でも、私達のせいでこんなことになったんだよ!」
泣きながらレイナが叫ぶ。
「それもわかってる……でも今二人で飛び込んでも犬死にするだけ。どうせ死ぬならリファを助けてから死ぬ」
ミリューは怒っていた。誰よりも自分自身に。死んでいるとわかっていたはずなのに姉の生存をちらつかされ、まんまとそれに嵌り捕まった。そしてその結果リファを死地へと追いやったのだ。許せるはずがない。何を犠牲にしようとも、それが己の命であろうとも構わない、リファを必ず助け出すと決めた。
「ミリュー……うん、わかった。ここからは私も死ぬつもりで動くことにする」
主の奪還のため決意を新たにした二人は別邸へと全速力で駆け出した。




