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第七十八話 瀉血と痔核


 今日最後の医学科の口頭発表はやや神経質そうなアーノルドという名の助教授が行うみたいだ。割と保守的な考え方をしている人のようで、昔から行われている瀉血療法や痔核の治療法の検証を続けているらしい。


 瀉血療法は『病気は体液の不均衡から発生し、過剰な血液は有毒である』という考えから静脈を切開し血液を一定量排出させることで健康を保とうというものだけど、現在では多くの場合有用ではないとされ始めているのに……この人は頑なに最良の治療法だと思っているみたいだ。

 様々な病気のケースで瀉血により改善効果が得られたというデータを発表し始めたけれど、どう見てもデータを改竄もしくは意図的にそういう結果になるように症例を選んだようにしか見えない。さすがに最高学府の学術集会でこれはまずいのではと思い、グリフィスをジッと見つめるとさすがに彼も内容の不審さには気づいていたらしく手を挙げて質問してくれた。


「アーノルド助教授、今回の検証では若年層と高齢層が含まれていないようですがどうしてでしょうか」


「あ、そのですね、はい。若年層は瀉血療法に懐疑的な者が多く、高齢者には瀉血自体が負担が大きいと思われまして、ですね。そうした理由からです、はい」


 そうやって検証しない年齢層を二つも作ってる時点で検証自体の信用性が落ちるのはわかりきってるのに……。あ、グリフィスの笑顔が完全に消えた……。


「そうですか。それではこの瀉血により治療効果が得られたとされるケースにおいて瀉血をやめた後も病気は再発していないようですね。血液は常に新しく作られ、補充されるものですが瀉血は継続しなくても大丈夫なのですか?」


「え!?あ、あのですね、数回瀉血療法を行うことで一度その病気が改善した場合、その後また血液が過剰になったとしても病気が再発するリスクは少ないと考えたのです」


 瀉血で本当に病気が治ったのならやめれば普通に再発するのが当たり前だと思うけど……。あ、グリフィスが無表情になってる……これ完全にあきれ返ってるよね。


「そうですか……。それではそういった症例の経過を引き続き追っていってください。そしてできるなら体重と瀉血量の対比も含めて研究してください」


 他にも色々と突っ込みどころは沢山あるけれど、王子のおかげでこの検証の歪さは皆にも伝わったと思う。ただ本人は晴れの舞台でメンツを潰されたと感じたのか、かなり怒りを感じているみたいだ。私にまでとばっちりがこないと良いんだけど……。


 その後痔核に対し麻酔をかけた上で熱した鉄棒を患部に押し当てて焼き潰す治療法の検証についてアーノルドが発表した。これもかなり乱暴すぎる治療法だとは思うけど、一応それなりに治療効果のあった症例もあるみたいだ。でもこんなことする必要自体ないんだけどなぁと溜息をついていたところ、アーノルドがそれを目ざとく見ていたらしく唐突に私に問いかけてきたのだ。


「おや、天神の巫女と謳われるリファ様、何か私の検証した治療法に対し不満な点でもおありですかな?」


「えっ!?いえ、あの……」


 さすがに発表者の面子をこの場で潰すのもまずいので口を濁していると、グリフィスがまた口を出してくる。


「リファさんは斬新な治療法を数多く知っていらっしゃいます。何か良いアイデアがあるのでしたら彼にご教授願えませんか?」


 いえあの、だから主役はその発表者であって、その人が私に教授されるという体裁がまずいんですよ……。とは思いつつも、王子に催促されては断るわけにもいかない。


「ええと、ですね。痔核というものは患部周囲の血流が鬱滞し瘤のように固まることで発生するものです。それを直接焼き潰す、というのは治療法としてはやや乱暴と言わざるを得ません……一時的に効果があったとしてもいずれ再発することは想像に難くありません」


「なんですと!?では貴方はもっと良い治療法をこの場で提示できるということでしょうね!」


 うわ、凄い剣幕だ。王子には反論できなくても私には思う存分噛みつけるってことかな……いやだな、喧嘩したくてここにいるわけじゃないのに。でももっといい治療法があるのは事実だしここは我慢して言うべきことを言わなきゃいけない。


「そうですね。一番大切なことは患部を温めて血流を良くすることで瘤を溶かし解すことです。ですので、お風呂にゆっくり入ってお尻を温めるのが良いと思います」


「はっ!?お風呂……?」


「一般家庭の方はお風呂に入るのは難しいかもしれません。その場合は蒸した布を下着の上からで構いませんので患部に当てて温めるのがお勧めです」


「な、何を馬鹿な!あの病気が温めるだけで改善するわけがないでしょう!?」


「いえ、殆どのケースで改善が得られます。痔核は保存的に治療できる疾患なのです」


「さすがリファさんですね。危険を冒して麻酔をかけ、焼いた鉄棒で焼き潰すといった危険を冒すことなく治療ができるのであれば言うことはありません。ぜひこの治療法は他の学者の方に検証して貰いましょう。それでいいですね、アーノルド助教授?」


「え!?あ、あの……」


「どうせ治療するのであれば危険の少なく費用もかからない方法が望ましいのは明白でしょう。違いますか?」


「ぐっ!……は、はい……王子の仰る通りです……」


 お、王子……意外とグイグイ攻めていきますね。基本穏やかな王子にしては無表情に相手を攻め立ててるのが逆にどれだけ怒ってるのかをあらわしてる気がするよ。


「最後に、リファさん。他に何かアドバイスなどはありませんか?」


「あ、はい。そうですね……痔核は血液の鬱滞が問題ですので生薬を配合したものを内服することで血流の流れを改善させることが可能ですし、炎症を抑える軟膏を患部に塗るのも効果があります。あとは……日常生活において刺激の強いものやお酒類の摂取を控えること、精神的なストレスを避けることも大切ですね」


「本当にリファさんは凄いですね、痔核一つとっても新しい治療法に加えこれほど多くのアドバイスまで付け加えることができるとは。私と同じ年とは到底思えないその英知、是非今後も色々と御教授願いたいですね」


 ……またグリフィスが目をキラッキラさせて見つめてくる。要するにこの人、私をとんでもなく凄い人だと思い込んでて、それをこの場で皆に知らしめるために私を表舞台に引っ張り出したのね!なんて有難迷惑な……。

 でもグリフィスが本当に学問に対し真摯に取り組んでて、言うべきことはしっかり言える人だということはよくわかった。王子というよりはどう考えても学者向きなのはちょっと問題かもしれないけど私には関係ないことだよね。


 後で学長に聞いた話だとアーノルドもマールドン程ではないにしても部下に対するパワハラ、論文のデータの改竄などかなり問題のある人だったようで王子自ら注意したことで暫くは大人しくしているだろうと喜んでいた。


 ……ん?また私達良いように学長に利用された?本当に食えない人だね、あの人は……。

痔は温めるのが一番大切です。とにかくお風呂に入るなりホッカイロをお尻に当てるなりして暖めると治りが速くなります。

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