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第七話 新たな目覚め


 ふと目を開けるととそこは海の中だった。不思議と息苦しさや水の冷たさは感じず、魚の一匹も見当たらない。ただただ蒼く綺麗な海の中を漂っていた。


 上からさす光が水面に連動してユラユラと水中を照らす、その幻想的な光景に暫し見惚れていたが、ふと獣人の少女、ミリューのことを思い出す。


 あの濁流の中に投げ込んでしまったが溺れたりしなかっただろうか、追手に捕まっていたりしないだろうか。考え出すと加速度的に不安が強くなり、慌てて水面に向かって泳ぎだす。思った以上に水面が遠く時間がかかってしまうが勢いに任せて水面から飛び出した_____


 そこで気が付いた。ベッドの上で上体を起こし右手を上げて何かを掴もうとするかのような姿勢で固まっていることに。


「はあ、夢か……」


と呟いてみるものの、そもそもいったいどこからが夢でどこからが現実なのか、寝ぼけた頭では考えが覚束ない。頭をはっきりさせるために二度、三度と頭を振り現状把握を試みることにした。


 まずこの寝具、ベッドも布団も見覚えが無い。周りにある机も椅子も、そもそも部屋の作り自体がどう見ても自宅とは違う。となると此処は自宅以外のどこか、ということになる。窓の外が暗いので今は夜のようだけど家の主に話を聞かせてもらう必要がありそうだ。とりあえずの方針が固まりつつあったその時、ノックの後に扉が開かれ、中に入ってきた金髪に蒼い瞳の男性が


「おやおや、ようやくのお目覚めですか。随分とお寝坊さんでしたね」


 と笑顔を浮かべながら揶揄い半分、呆れ半分な声音で話しかけてきた。


 青年の口調に聞き覚えがありすぎたため、


「あなたはもしかして、僕に選択肢を与えてくれた人ですか?」 


「そうですね、そして君は賭けに勝ったようです。おめでとう!」 


 賛辞と共にパチパチパチと男性が手を叩く。


「勝ったっていうことは……僕は生まれ変わったんですか?あまり実感が無いんですけど……」


「論より証拠です。客間に案内するので着いてきてください」と男性はそのまま部屋を出て行ってしまう。


「あっ……ちょっとっとっ……」 


 慌ててベッドから降りて男性を追おうとするも、バランス感覚が狂っているのかまだ疲労が残っているのか足元が覚束なくふらついてしまう。


「私にお掴まりください。まだ本調子ではないと思われますので御無理なさらずに」


 といつの間にか隣にいたメイド服を着た若い女性が僕を支えてくれる。無表情でやや冷たい印象を受ける人だが、支える手つきはしっかりしていた。

 一人だと歩くのも不安なので彼女に支えられながら部屋をゆっくりと出るとそこは通路になっており、男性は既にいなくなっていた。着いてきてと言いながら先にいなくなるとかどういうことだと思わなくもなかったが、肝心の客間の場所もわからないため、メイドさんに誘導して貰うことにする。


 やたらと長い通路を歩かされたが、ようやく客間に着いたらしい。メイドさんがノックをすると「どうぞ」と返答があり、扉を開けて中に入ることにする。


 部屋の中央には背の低い大きめのテーブルがあり、それを挟むように一対の革張りのソファが置かれていた。そしてその片方に先程の男性と、その隣に男性とよく似た長い金髪に蒼い瞳の男性が座っていた。

 

「改めてハミルトン家へようこそ。『今は』そぐわないかもしれないけど、とりあえずカリス君と呼ばせて貰うね。まずこちらに座ってもらえるかな?」


 と誘導されたので彼らと反対側のソファに座らせてもらう。


「まずは自己紹介からだね。僕はヴァイド・ハミルトン。こちらは僕の兄でクラヴィス・ハミルトン。ハミルトン伯爵家の三男と長男にあたるね」


「伯爵!?貴族様だったんですね……」 


 あれほどに気さくに話しかけてきた相手が貴族と知り仰天する。当たり前だ。僕は平民で相手は貴族、無礼があれば切り捨てられても文句が言えない。


「僕は正直貴族だから特別偉いなんて思ってないんでそこまで気負わなくても大丈夫。ある程度の節度さえ保って貰えればそれで充分だよ」


「は……はい、わかりました」


 額面通りに受け取るわけにもいかないけれど、頷かないわけにもいかない。あとさっきからクラヴィスが僕の顔を凝視してるけど顔に何かついてるのだろうか。


「君はミュートリノ市で薬師として働いていたカリス君で間違いないよね?」


「はい、その通りです」


「なぜ再確認したかというとね、今の君は以前の君とは別人にしか見えないからなんだ」


 とヴァイドが言い終えると同時にメイドさんが2m程の高さのある姿見を抱えて近づいてきた。


「論より証拠。まずは今の自分を見つめなおして欲しい。なぜ歩きにくかったのかも納得できると思うよ」


 と僕の目の前に姿見を置き、鏡面を僕の正面に向かうようにしてくれた。


 姿見を見て最初に口から出たのは「……はっ?……」の一言だけだった。鏡の中には150㎝程の小柄で、胸まで届く長さの絹糸のような白銀のストレーヘアに深紫の瞳、目元はパッチリしていて目鼻立ちも整っている10代後半くらいの少女が口をポカンと開けた状態で映っていた。


「えっ……ちょっ……え!?」 


 あまりの衝撃に混乱状態となり、慌てて胸と股間に手を回す。


「……胸があって……≪あるべきもの≫が……無い」


 男としてあまりにも大きな衝撃に耐えきれず、床にへたり込む。


「……はっ……ははっ……」


 もう笑うしかない。むしろまだ夢を見てるんだと信じたい。よくよく考えたら手も足も異常に色白で細っこかったし自分の声もいつもより妙に甲高い気がしていたのだけど、今に至るまで気づかなかったのは無意識に現実逃避をしようとしていたのだろうか。


「これ以上ないくらい理解してくれたようだね。君は無事≪少女≫に生まれ変わったんだよ」 


 ヴォイドがにこやかに告げる。言いたいことは山ほどあるけれど、とりあえずヨロヨロと立ち上がり、ソファに戻って座ることにした。


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