第七十七話 麻酔と食中毒
一つ目の口頭発表が終わった後、私とヴァイド、グリフィスは司会者と同じテーブルを前に着席していた。なぜこんな事態になっているかというと、グリフィス王子のせいで私達がこの場にいることを知った司会者が要らない気を利かせて私達をテーブルへと呼んだのだ。ここにいてくれた方が色々質問もしやすいかららしい……。
あれ、おかしいな、今日私達は完全なお客さんのはずだったのになぜ開催者側の席に座っているんだろう。ちょっとだけ恨めし気にグリフィスを睨んでみたけど、全然気にしてない様子でニコニコ笑っている。『元はと言えば貴方のせいなんですけど!?』なんて思っては見るものの実際に言う訳にもいかない。一つ溜息をつき、次の発表に集中することにした……。
次の口頭発表は以前私が講義で提唱した吸入麻酔の検証についてだった。外科手術には痛みが伴うのでこれまでは麻酔として麻酔薬を経口摂取するのが常だったのだけれど、吸入麻酔を使った場合との比較検証実験を行ったらしい。何で二回連続で私に関係するテーマなのかと頭を抱えたりもしたが、吸入麻酔も普及してほしい手法なので気を取り直すことにする。
やはり検証した結果、従来の麻酔薬を経口摂取した場合と吸入麻酔薬を吸入した場合とでは後者の方が鎮静の導入が明らかに早く、体内に入る麻酔薬の量も少ないためか副作用も非常に少ないというものになったそうだ。まだまだ実臨床に広められるほどのデータは揃っていないが今後は吸入麻酔がスタンダードになっていくことが予想されるとの結論になった。
何事もなく終わるかと思いきや、またグリフィスが私の意見を聞いてきたので使用するエンテル草の量は患者の体重により調節することが望ましいこと、鎮静導入時に不穏になる人もいるので注意が必要なことなど留意点を伝えておいた。本当はオゾン草を揮発させて作る酸素を麻酔薬の20%位一緒に吸わせた方がいいとか、覚醒させる時には酸素を多く吸わせた方が良いとか色々あるんだけどあまり一気に並べ立てても困ると思うから後で書類に纏めて発表者に渡そうと思う。
三番目の口頭発表は食中毒に関しての発表だった。様々な状況で発生した食中毒のケースを纏め、症状と原因と思われる食材、そして治療経過を検証したものだ。食物自体に毒性があるものと食物に毒性を持つ何かが付着し、それを摂取することによって発生するものとに大別している。惜しいところで微妙に外している所はあるけども、まだ『細菌』の概念が知られていない現状では仕方のないことだと思う。
いずれヴァイドと相談し、折を見て『細菌』について発表したいところだ。そのためにもまず顕微鏡の開発を進めないといけないね。そういえばそもそも『細菌』のことはどこで知ったんだったかな、考えてみても何故か思い出せない。ヴァイドに細菌や顕微鏡の話をした時も珍しく吃驚した後に納得顔で頷いていたけどあの人は何を考えているのかいつもわからない。
「リファさん、何かアドバイスなどはありますか?」
そんなことを考えていると、やっぱりグリフィスがワクワクしながら私に話を振ってくる。発表自体には色々な事情で突っ込みにくいから治療法についてだけ少し注意しておこうかな。
「今は食中毒になった場合、吐かせたり下剤を用いて体外に排出させようとするのがスタンダードだと思います。しかし吐かせる分にはあまり問題はありませんが、下剤は用いるべきではないと私は考えています」
「それはどうしてでしょうか?」
「食中毒により胃腸が弱っている状態で下剤を用いると却って弱った腸を更に痛めつける結果になってしまいかねないからです。一番大切なのは胃腸を休めることですので最初に吐ける範囲で吐かせた後は絶食とし、水分だけはしっかり取るようにして安静にするのが重要です」
「絶食にすると却って体力が落ちそうにも思えますが……」
「胃腸が弱っている状態で無理に食事をとっても逆に吐き気や下痢が酷くなり、消化吸収どころではなくなってしまいます。むしろ絶食にすることで胃腸を休めることに繋がるのです。そして水分はできればコップ一杯分の水に一つまみの塩とその10倍位の量の砂糖、そしてレモンのしぼり汁を混ぜると体に吸収されやすくなるのでお勧めですね」
「なるほど……またリファさんから新しい治療法が提示されましたね!それではこの治療法を用いた検証をどなたかに進めて貰うように伝えて下さい」
嬉しそうにグリフィスが司会にそう伝える。確かに現状の治療法に問題が多いのは事実だけど、『私が提案者』だと念押しするのだけはやめて下さいお願いします。また少し涙目になりつつ最後の発表を待つことにした。




