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第七十三話 査問会②


「フェ、フェリクス枢機卿!私は何も……」


「これほど明らかな証拠が提示されてしまっては言い逃れのしようもないでしょう。違いますか、グラファー?」


 慌ててフェリクスに抗議するグラファーだけど、フェリクスはあっさりとそれを棄却する。味方だと思っていたフェリクスの発言に「ううっ……」と言葉を詰まらせるグラファー。


「国王陛下、私の考えを述べてもよろしいでしょうか」


 依然として薄笑いを崩さないフェリクスが王に更なる発言の許可を取る。


「許そう」


「確かにこのグラファーは愚かなことをしていたようです。保護すべき子供らの多くを見捨て、出納帳を改竄し、私腹も肥やしていたようです」


「そのようだな」


「しかし、一方で孤児院で育てられた子供達は非常に優秀で、引取り先で頭角を現し社会に貢献している者が多いのも事実です。特に優秀な者は天神教の幹部となり、布教活動や奉仕に精を出すことで国民の精神的な支えにもなっているのです」


「ふむ……それで?」


「グラファーが間違いを犯していたことは申し開きも無い事実ですが、反面この10年間孤児院の院長として国に対し貢献し続けてきたこともまた事実と考えます。もし陛下の温情を頂けるのであれば、天神教で再教育を施した上で再起の機会を頂けないでしょうか」


 ……そういうことね。一度きっちり非を認めた上で、これまでの功績もまた否定できないという体裁で完全に潰されるのを避けようという魂胆か。最悪の処分が下されるのだけは防ごうとするあたり、フェリクスにとってもそれなりに役に立つ人材だったということかな。でもね、私達はそうなることも予測した上で対策を立ててきてるんだよ。


「……フェリクスはこう言っているが、リファよ。其方はどう思う?」


 この質問に対する返答は既に決まっている。


「はい。彼に再起の機会を与える必要は無いと思われます」


「なっ!?なんと酷いことを仰いますか、リファ様!なぜそのようなことを!」


「おや、天神の巫女様は存外に容赦のないお方のようですね。あれほど真摯に患者と向き合う貴女であれば彼にも一度位は温情を与えても宜しいのではないですか?」


 フェリクスが薄笑いを浮かべながら表面だけは心外そうな顔で私を試すように見つめてくる。

本当はこれだけはしたくなかったのだけれど、事ここに至っては致し方ない。覚悟を決めてから椅子から立ち上がり、テーブルの前に出る。


「グラファー院長にその資格があるかどうかはこちらを御覧になってから決めて頂けますでしょうか」


 そう言い、予め用意していた魔道具を二つ両手に持ち、起動させる。すると、天井にグラファーと幼い少女が向かい合っている姿が映りこむ。


「な……なんだあれは!?」


「グラファーの姿が天井に見えるぞ!」


「あの少女は誰だ……?」


 俄かに周囲がざわめき出す。さすがに皆も度肝を抜かれているようだ。


「リファよ、あれはなんだ?余もあのようなものは初めて見るが」


「この右手にある魔道具は映写機(プロジェクター)という名前でして、天井や壁に映像を映し出すことが可能なのです」


「なんと、面妖な物だな。だが非常に面白い」


 王はこういうものが好きそうだ。目がキラキラと輝いていて、さすがグリフィスの父親だねと納得する。


「そしてこの左手にある魔道具が録音機(レコーダー)という名前で、音声を録音し、再生することも可能です」


「ほうほう、それでこれからどうするのだ?」


「この二つをタイミングを合わせて起動し、記録した映像と音声を皆さんにお見せします。こちらは先日レヴァラス孤児院のとある一室で記録されたものです」


 そう言い、映写機(プロジェクター)録音機(レコーダー)の再生ボタンを同時に押すと天井の映像の中のグラファーと少女が動き出す。


「ま……まさか、あれは……やめろ!あれを止めろー!」


 グラファーが映像を見て大慌てでこちらに駆け寄ろうとするが、警備員がすぐに駆けつけ彼を押し止める。

 そうこうしている内に、映像の中で少女が鞭を振り上げてグラファーを叩きはじめる。その度にグラファーは恍惚とした表情でもっと、もっとと催促するのだ。


バシィッ!ビシィッ!バシィッ!


「ああ、お姉さま、お許しください!この愚かな私めをどうか!ああっ!」




「なんだあれは……グラファーはあんな性癖があったというのか」


「あのように幼げな少女になんということをさせるのだ……見てみろ、あの子目が死んでいるぞ」


「なんて酷い……下劣ですわ」


 あまりにも醜悪で直視に堪えない映像なのか、暫くすると皆気まずそうに映像から目を逸らし始める。グラファーは顔色が青を通り越して真っ白になっていた。これ以上は必要ないかと思い、ここで一度再生を止める。


「……今のを御覧になって、尚彼に孤児院院長として再起する権利を与えようと考える方はいますか?」


 返答はないが、一様に皆首を振るなり溜息をつくなりとボディーランゲージで答えを示す。


「彼は幼い少女に自らを鞭打たせ、被虐趣味を満たしていたようです。それも何年も前から、週に幾度も。こうした性癖の方を本当にまた子供達の保護者として採用しようとお考えなのでしょうか、フェリクス枢機卿?」


 ここに至ってようやくフェリクスが折れたようだ。大きくため息をつき、呆れたようにグラファーを見下ろしながら口を開く。


「確かに、あれを見せられた後では彼に再起の機会を与えようなどと言っても誰も納得しないでしょう。残念ですがこれ以上の擁護は私にも出来かねます」


「ふっ、はははは!まさかこのような方法で証拠を提示するとはな。本当に其方には驚かされっぱなしだ」


「恐れ入ります。この魔道具もヴァイド様の協力があってようやく最近開発可能になったものです」


「其方が魔道具の開発にも関わっていたとは知らなかったぞ。余もその魔道具には非常に興味がある。今度ヴァイドと一緒にそれらについて詳しく聞かせてくれ」


「畏まりました」


 そう答えた所で、押さえつけられていたグラファーが突然警備兵を振り切り、私の方へと駆け出す。


「お……お前が!お前のせいで私は、私の栄光への道が!そんなこと許せるか!」


「っ!?」


 混乱のあまり錯乱状態になってしまっているみたいだ。今更私をどうこうしても結果は変わらないのに。すぐにレイナとミリューが私を庇おうとするが両手でそれを制する。


 私もいい加減この男には腹を据えかねていたのだ。あんなものを見せられてミリューの心を傷つけられた恨みもある。身体強化(フィジカライズ)をかけ、相手の動きをよく見ながら右腕を引き、右足を一歩後ろに下げる。グラファーの顔をしっかり狙い、腰の回転を切り返しつつ右拳を真っ直ぐに突き出し殴り飛ばす!


 バキィッ!!


「ぐひゃああっ!!」


 私の一発を喰らいもんどりうって倒れるグラファー。何が起こったのか理解できないのか顔を手で抑えながら呆然としている。


「私のせい?違いますよね、全部あなたの責任です。子供達を食い物にし、私腹を肥やし出世の足掛かりとするだけでは飽き足らず、あまつさえ幼い少女相手にあんなことを強要して心までも砕く、それが聖職者のすることですか!恥を知りなさい!」


「ヒィッ!」


 一連の流れを静観していた王がくつくつと愉しそうに笑う。


「天神の巫女殿、なかなかの良い啖呵を聞かせて貰った。おい、そろそろその俗物を連れていけ。追って沙汰を伝えよう」


「ま、待て、私は、私を誰だと思って、あの女が私を、……」


 グラファーはまだ言葉にならない言い訳じみたことを口走りながらも警備兵に連れ出されていった。


「国王陛下、お見苦しいものをお見せしました、大変お申し訳ありません」


 理由はどうあれ王の目の前で暴力沙汰を起こしてしまったことを謝罪する。


「いやいや、今のはどう見ても正当防衛だろう。其方も色々思う所もあったようだし気にすることはない。それにしても最大の孤児院の最高責任者があの体たらくでは残りの孤児院も怪しいものだな。厳密に調べさせるとしよう。それでよいな?フェリクス枢機卿」


「はっ、同教者として恥じ入るばかりでございます。陛下の沙汰にお任せいたします」


 最後まで色々揉めてしまったけれど、なんとか予定通りに収めることはできたのかな。ただフェリクスと真っ向からやりあってしまった形になった以上今後はより一層天神教の動きに注意しないといけない気がする。実際フェリクスの表情から見ても大して堪えてるようにも見えないんだよね……。


 でもこれで孤児院にメスが入れられるようになれば、路上孤児も減ってカインやティアみたいな辛い目に遭う子供達が減ってくれると思う。それが何より嬉しい。でも今日も酷く疲れたので早く帰ってゆっくり休みたいな。


 余談だけど、グラファーを殴った私の右手をレイナが物凄い勢いでゴッシゴシ拭うものだから暫くヒリヒリして痛かった……。なぜそんなに必死になるのか聞いてみたら、「あんな汚物にリファ様の手が触れるなんてありえません!」だそうだ……汚物って。


 でも確かに言われてみるとあの時「ブチャッ」て感触で気持ち悪かったから一日でも早く忘れるようにしよう。こんな形で私まで精神的ダメージを喰らうなんて、グラファー、なんて恐ろしい男……。





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