第七十二話 査問会①
今日は査問会の当日。念入りにヴァイドと今日の流れを相談し、相手の出方によってこちらもどう動くかを検討してある。ミリューは数日前に無事戻ってきていたけど精神的にかなりショックを受けていたみたいで情緒不安定になっていた。明らかに様子のおかしいミリューが心配になったので、何かあってもいつでも対応できるように常に彼女の傍にいたし、お風呂も二人で入り寝る時も添い寝をする。そんな日が三日ほど続いてようやくミリューの表情が和らぎ笑顔を見せてくれるようになった。
落ち着いたのを確認した上で何があったのか、何を見たのかを聞いたところ全員が絶句してしまい、ショックを受けるのも当然だと納得すると同時にどうあってもあの院長は失脚させなければいけないという結論となった。私の大切なミリューの心に深く傷つけたこと、それが何よりも許せない!
査問会は王城にある査問会場で行われるため、クラヴィス、ヴァイド、私、レイナにミリューの5人で馬車に乗り出発した。
「いよいよ今日ですね、リファ様。あの気持ち悪い院長をケチョンケチョンにしてやってください!」
「確かに彼は擁護しようがない程酷かったね……逆にこっちとしては何の気兼ねもなく潰せるけど」
「何をどうしたらああいう人間になるんだ……理解できん」
「死刑」
「あはは……さすがに死刑は無理だろうけど、私も出来る限り頑張るよ……」
それぞれに思うところはあるみたいだけど、今日矢面に立つのは私なのだから皆の気持ちも背負って舞台に立たなければいけないと気持ちを新たにする。
そして王城に到着後、査問会場へと入場することになった。
査問会場は中央が空いた空間になっていてその真ん中に席が一つあり、そこに査問される人物が座ることになっている。そしてその4方に4つのテーブルと椅子が用意され、一番大きなテーブルに査問会長、つまり国王が着席する。残り3つのテーブルには告発者や査問される者の関係者などが着席することになっている。
既にレヴァラス孤児院の副院長と司祭ら、そして……フェリクス枢機卿が着席しており、グラファーも副院長らと話をしていた。私達はそれを横目に見ながらその向かい合わせのテーブルの椅子へと着席する。グラファーらはどういった理由で査問会に呼ばれたのか聞いていないようで、意外そうな顔で私達が入室する様子を見ていた。フェリクスだけは冷静に表情一つ変えていないのがとても気になったが、今それを考えても仕方がない。そうこうしているうちに宰相や王族達、大臣などの貴族達も入室していたようだ。
10分程経つとマティアス国王が現れ、審査会長席へと座る。
「今日は皆よく集まってくれた。これよりレヴァラス孤児院院長、グラファー・レントンの査問を始めることとする」
「国王陛下、発言を御許し願えますでしょうか」
グラファーが早速右手を挙げて発言の許可を取ろうとする。
「許そう」
「今日私はこの査問会に召集されたわけですが、一体どのような理由で呼ばれたのかを教えて頂きたいのです」
「うむ。実は其方が孤児院の院長として不適切ではないかとの告発があってな。そういった事実があるのか否か、当の本人にも確認する必要があると余が判断した」
「な、なんと!?一体誰がそのようなことを!」
「薄々気づいておるのだろう?其方の向かいに座っておる天神の巫女殿だ」
「リ、リファ様がですか!?あなたがなぜそのようなことを!あれ程楽しそうに我が孤児院を視察されていたではありませんか!」
そんなに楽しそうな顔はしてなかった気がするけど、そんな誤解はこれからの流れで消え去ることを期待して立ち上がり、手を挙げて国王に発言の許可を得る。王が頷くのを確認し、口を開く。
「私が王都に滞在することになり、大通りを散策していた時に路上孤児が非常に多いことに気が付きました。彼らは非常に厳しい生活を強いられていて見ているこちらが辛くなるほどでした。そこで周囲の人に聞き込みをしたところ、この10年ほどで路上孤児が急激に増え始めたというのです」
「ほう、この10年程で、か」
「はい。そこで現在する5つの孤児院を調べたところ、その全てにおいて明らかに収容可能人数を下回る人数しか保護していないこともわかりました」
「つまり、王都の孤児院全てが本来保護できる数よりも遥かに少ない人数しか保護しないために路上に孤児が溢れたと、そういうことか」
「な、何を馬鹿なことを仰るのですかリファ様!それは資金繰りが厳しく苦肉の策であると説明申し上げたではないですか!」
ここで用意していた書類を二つ取り出し、皆に見えるように提示する。
「こちらが国が孤児院に渡している補助金の金額です。そして、こちらがレヴァラス孤児院が提出している出納帳になります」
「ほ、ほら御覧なさい!補助金を頂いてようやくやり繰りできているのです。これ以上の人数を受け入れれば破綻してしまいかねないのですぞ!」
それを聞いて更にもう一枚の書類を提示する。
「そして、こちらが『本来の出納帳』になります」
「……なっ!?な、なぜそれを……!」
これはミリューが潜入して入手した裏帳簿だ。特に金庫に入れるわけでもなく無造作に棚に置かれていたという。杜撰な管理でこちらとしてはありがたいけど探られることは予想していなかったのだろうか。
「こちらの出納帳を参照する限り、全ての支出を合わせても補助金の四分の一にも満たないのです。」
「ほう、とても苦労してやり繰りしているようには見えんな。では残りの四分の三は一体何に使われたのだろうな?」
「そ、それは……何と申しますか、ええと……」
言い訳のしようもない証拠について王から言及され、脂汗を流しながら言葉に詰まるグラファー。
「この書類によりますと、残りの3割は院長ら職員の懐に入れ、7割は天神教に寄付という形で上納していたようです」
「偽の帳簿を用意してまでそういったことをしていたわけか」
「ぐ、ぐぐっ……」
「それだけではありません。私が視察した時以外は非常に質素な食事を与えており、支出を減らしていたようです。そして保護した子供すらも異能力や得意な才能、優れた容姿などといった理由で厳選していることがわかっています」
「ほう、それは何のためだ?」
また新しい書類を一枚取り上げ、提示する。
「こちらは貴族や商人に引き取られた子供達の受取証になります。この書類によると、通常とは明らかにかけ離れた高額で子供達が引き取られているようです。このことから能力の高い子供達のみを集めるのは引き取られる際の彼らの価値を高めるのが目的だったと思われるのです。」
「筋は通っているようだな。グラファー、申し開きはあるか?」
「わ、私は国のために出来うる限り優秀な子供達を育てようとしただけです!そのために才能ある子を選んでいたのです!それにそんな出納帳は偽物に違いありません!私を貶めるためにでっち上げたのでしょう!」
この期に及んで諦めの悪い……。筆跡から誰が見てもグラファー本人が書いたものなのに……。見苦しいその姿に溜息をついたところで、予想しなかった所から声が上がった。
「グラファー、これ以上の言い訳は見苦しいですよ。そこまでにしなさい」
フェリクス枢機卿が突然手を挙げてグラファーを窘めたのである。彼の行動は予定外なのでかなり驚いたが、普通に考えればグラファー側の人間なのでどういった意図での発言なのか注意する必要がありそうだ。
やはり何事もなく終わりそうにはないね……。




