第六話 選択肢
「おやおや、そのまま死を受け入れちゃうんですか?」
そう問いかけてきたのは薄笑いを浮かべながら僕を見下ろす青年だった。
「き……君は……?」
「ああ、僕のことは置いといて。時間が無いんで本題に入りましょう。あなたには選択肢が二つあります」
と青年は右手の人差し指と中指を立てながら続ける。
「一、このまま息を引き取る。二、生まれ変わる。さてどちらがお望みですか?」
「い、いや……生まれ……変わるって意味が……」
わからないと続けようとすると、
「生まれ変わると言っても別に来世に、とかではないんです。今の記憶を持ったまま体だけが全く別のものに変化するというわけですね」
「……はあ……」
正直よくわからないことには変わりないが、とりあえず相槌を打つ。
「勿論そう簡単に生まれ変われるわけではありません。成功率は10%もないでしょう。その上死ぬほどきつい苦痛を味わうことにもなります。更に言えば人間以外の動物になるかもしれません」
「……つまり、このまま死ぬか、成功率は低くて死ぬほど痛いけど生まれ変われる可能性に賭けるか、てこと?」
「理解が速くてなによりです。さてもう猶予はほとんどありません。どうします?」
青年は無表情に語っているが、口角は僅かに上がっている所を見るとどうやらこの状況を楽しんでいるようだ。どう見ても胡散臭いことこの上無いが……
「可能性に賭けます」
と即答する。
「おやおや、即答ですか。ではこちらの珠を丸呑みしてください」
と青年が苦笑しながら懐から2㎝程の大きさの珠を取り出す。歪み一つない綺麗な球体で中央に虹色に輝く焔がユラユラと揺れている。見たこともない珠だが、おそらく魔術道具の一種なのだろう。
「最後の確認です。本当にいいですね?」
「……手が無いなら……受け入れるつもりでしたが、……可能性が出たなら……それがどんなに細い糸でも……縋らなきゃ……あの子に顔向けできないんです。生き延びてって……言ったのは僕ですから」
珠を受け取り、それなりに大きな珠なので飲むのは大変だが、どうにかこうにか上体を起こし飲み下す。
その後力尽き、仰向けに横たわった僕を見て青年が満足そうに頷く。
「気持ちは堅いようですね。この儀式は精神力が鍵なので非常に望ましい。それでは始めますが、なりたい自分を強くイメージして下さい。どれほどの苦痛に襲われようともそのイメージだけは崩さないように」
青年が右手で細い棒を持ち、僕の真上に掲げながら呪文のようなものを口ずさむ。
「天上におわす大いなる創造神、ミトラスフィーヴェ。十の精霊の頂点にまします精霊王、セルヴォイド」
僕の周囲がボワッと光りだす。目をやると魔法陣が浮かんでいてそれが光を放っているようだ
「冥界にて咎人に裁きを下す大王、オルトエンデ。今まさに命の灯が絶えんとする此の者に新たな灯を受け入れる機会をお与えください。捧げる代償は此の命。矮小たる身なれど試練を乗り越えた暁にはもう暫しの間現世に留まる猶予をお与え下さい。願わくば天神の加護のあらんことを……トランスフィーヴェ」
青年が言葉を続けるにつれて光が加速度的に強くなっていく。光が強すぎて自分の体すら見えなくなった時に「それ」がきた。
ドクンッ!!
全身が心臓になったような感覚になり、体全体が動悸と同期してビクビクと痙攣する。そしてボキボキ、ゴキゴキッと耳障りな音が体の中から響き始め、経験したことのないような激痛が襲ってきた。
「……あっ……がっ……はぁっ……」
あまりの苦痛にうつ伏せになり、踏ん張ろうとするも両手に力が入らず顔から地面に崩れ落ちる。ただでさえ呼吸もままならないのに地面に顔を付けているのはまずいと思い、力の入らない手足をなんとか動かしゴロリと仰向けになる。
「ぐぁっ……うっ……ぐぅっ」
絶え間なく全身を襲う痛みに悲鳴が無意識に口から零れ落ちていく。もう何分経ったのかわからない。もしかするとまだ数秒も経っていないのかもしれない。どんな体勢になろうと踏ん張ろうと苦痛が全く変わらないことを理解した瞬間、痛みに抗う気持ちがフッと失せる。
そう言えば青年がなりたい自分をイメージすることが鍵だとか言っていた気がする。他にやれることも無さそうなのでそれを考えよう。
なりたい自分……そういえば小さい頃は女の子に生まれてきたかった……そんなことを考えていた覚えがある。勿論今の自分は男なわけで、女装趣味があるわけでも男に興味があるわけでもない。ない、が、女性として生まれてきていたら何かが大きく変わっていたのだろうか。
30年以上生きてきて浮いた話一つ無く枯れた人生と言われても何一つ否定できないが、実際30才位までは薬師としての修行で手一杯で色恋にかまけてる暇もなく、ある程度のスキルが身につき開業した後は今度は店の経営と薬の調合で大忙しだった。背も低めで平凡な顔つきなことも相まって女性からのアプローチも殆ど無かったのも原因の一つだろう。
もし生まれ変われるのなら、できることなら平凡ではなく、特徴的な何かをいくつか併せ持つ、そんな女の子であれば……また違った人生を歩めるんだろうか……
と次第に薄れていく意識の中でぼんやりとそんなことを考えていた……
半球状の光のドームが徐々に光を失い始め、やがて完全に光が消滅したその地面の上に、明らかにサイズの合っていない服を身に着けた少女が仰向けに倒れていた。
「なんと、まさか成功してしまうとは……しかもこの子もしかして『あれ』なんじゃないか!?見込みはあるとは思っていたけど、あまりにも嬉しい誤算だな」
恐らく今まで生きてきた中で一番の笑顔になっているだろうと自覚しながらも青年は少女を抱き上げ、くつくつと笑いながらゆっくりと去っていった……