第六十七話 エルハルト・アタック
「で、今日はどういった風の吹き回しだ?お前が自ら私に会いに来るなど記憶にある限り初めてだと思うが」
「……今日はエルハルト王子にお願いがあって参りました」
そう、今私は王子の私室で二人きりで話を始めようとしている。王子の護衛まで室外に待機させるのはセキュリティ的にどうなのかとも思ったけど、王子自体が恐ろしく強いから問題ないと押し切られた。正直二人で話をすることになるとは夢にも思わなかったので既におうち帰りたい。でもそれじゃここに来た意味が無くなってしまうからグッと我慢だ。
「お願いとはまた珍しいな。聞かせて貰おうか」
「実は先日色々あって孤児を二人引き取りまして、その際に路上生活をする孤児が妙に多いと感じたのです。そして実際に調べてみると王都の孤児院全てが怪しい動きをしていることに気が付きました」
「ほう、それで?」
「収容人数を大きく下回る孤児しか受け入れず、その孤児も能力などを厳選したものでした。更に貴族や商会等にその子達を違法に高く売買している可能性が高いと踏んでいます」
「ふむ。その証拠はあるのか?」
「今も証拠集めに奔走しているところですが、先日私自身がレヴァラス孤児院を視察したところ、子供達の様子が明らかにおかしく洗脳に近い状態にあると感じました」
「まだ証拠は揃っていないというところか。で、肝心のお願いとはなんだ?その件に関して私の権限では動けぬぞ」
「今回の件に関しては国の補助金を不正利用している可能性が高いので国王陛下であれば対応して頂ける可能性があると私は思います。ですが、ただの子爵家相当でしかない私が訴えようとしたところで相手にして貰えるとは思えないのです」
「つまり、私が王に口利きすればいいという話か」
「はい、陛下の御時間さえ頂ければ私自身が説明申し上げるつもりです。王子には御迷惑をおかけしてしまいますがお願いしたいと思います」
「……ふむ。まあいいだろう。あの鬱陶しい天神教の力を削げるなら王太子である私にとっても悪い話ではない。奴らを断罪するのであれば査問会にかけてみるのもいいだろう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし」
「っ!?」
喜んだのも束の間、エルハルトが私の顔を見つめてから意地の悪い笑みを浮かべる。うう、なんか嫌な予感がプンプンするんだけど……。
「曲がりなりにも王子に使い走りをさせようというのだ。当然見返りを要求される覚悟はできていような?」
「……ええと、一応何を希望されるのか聞いてもよろしいでしょうか……?」
「そうだな……先日お前はクラヴィスと二人で出かけたと聞いている。恐らく気付いていないだろうが既に噂になっているぞ」
えっ!?そうだったの?確かにあちらこちらで視線を感じたような気もするけどクラヴィスを元気づけるのに集中してたから全然気にしていなかった……。
「特にお前は天神の巫女として顔を知られつつあるからな。少しは自覚した方が良い」
私の反応を見て呆れ顔のエルハルトがそう続ける。
「ううっ……御忠告ありがとうございます……」
「それで私の要求だが……そうだな、一日私に付き合ってもらうというのはどうだ?」
「えっ!?そ、それは……何のためでしょうか?」
ここでエルハルトが向かいのソファから立ち上がり、何故か私のすぐ隣にゆっくりと座り直す。そして私の髪を一房片手で持ち上げてさわさわと弄ぶ。なんで突然私の髪を弄り始めたんだろうこの人……それに妙に距離感が近い。あとくすぐったいから放して欲しい。
「何のため?……わからぬか?」
「あの、すいません……わかりません」
訳が分からずそう正直に答えると、今度はエルハルトが私の肩を軽く押してきたのでそのままゆっくりとソファに背中から倒されてしまう。そして私の顎に手を当てて軽く上を向かせ、私の顔を間近で覗き込んできた。
……えっなにこの状況!?ちょ、顔近いから!ていうかこの人ほんと美形だね……って見とれてる場合じゃない!
「お、お、王子!?何をするんですか!?」
「何を?それもわからないか?」
「あ、あの、私は婚約者がいるんです!こういうことはいけないと思うんです!」
「所詮形だけのものだろう?問題あるのか?」
「も、問題大有りです!と、とりあえず、は、離れて下さい、お願いします!」
グイグイとエルハルトの胸を平手で押し返すようにするとようやく王子が離れて起き上がってくれたが、離れざまに額に口づけを落としていく。
「ふぁ!?」
な、な、何してくれるのこの人!?
予想もしてなかったことが続いたせいでやたらと顔が熱いし動悸も凄いことになってる……落ち着け、落ち着け私。
「はっは、ようやくお前を本気で慌てさせることができたな。今日はこの辺にしておいてやろう。今日のところは、な」
「あ、あぅ……。お、王子って割と意地悪な方ですよね、知っていましたけども!」
さすがに冗談にしては性質が悪かったので口づけされた額を両手で抑えながらもブツブツ文句を言うと、王子は全く堪えずにくつくつと楽しそうに笑う。
「私にそんな物言いをする女もお前位だ。今日は随分と楽しませて貰ったからな、これを口利きの見返りとして受け取っておこう」
「え、じゃあ、一日付き合うというのは……」
「なんだ、そっちの方が良かったか?言っておくが夜も帰さんぞ」
「っ!?いえいえ、結構です!そ、それでは陛下への口利きの件、宜しくお願いします!」
これ以上ここにいるとまずいことになると判断し、退室しようとする。が、おもむろに王子が私の右手を持ち上げ、手の甲にキスをした。
「っ!?王子!?」
「言い忘れていたかもしれんが、私はお前を諦める気は毛頭ない。覚悟しておくんだな」
散々驚かされ続けた後のあまりに衝撃的な宣言に頭が真っ白になってしまったけど、王子の合図でレイナとミリューが迎えに来てくれてそのまま退室することになった。
今日の王子は一体どうしちゃったんだろう。さすがにあのレベルの美形に迫られると女子力の皆無な私でも動悸が凄い。レイナとミリューにも様子がおかしいと心配されてしまった……。
いやいやあの人王族だから、しかも王太子だから!うっかり流されて絆されないように気を付けようと強く心に誓った。




