第六十六話 孤児院視察
ヴァイドに視察の件を依頼して数日後に天神教から返答があり、最も大きなレヴァラス孤児院の視察をすることに決まった。とはいえ、そもそも孤児院の視察なんてしたことがないわけで何を用意したものかもわからない。ナタリーに相談したところ子供が喜びそうなおやつの差し入れや余った古着や食器、使わない家具などを持っていくのがいいのではとの返事だった。
視察までは数日余裕があったのでバザーなどを見回って使えそうな服や家具を買い、視察前日には女子隊皆で集まってクッキーとマドレーヌを焼いておいた。美味しそうな匂いに誘われてカインが乱入し、つまみ食いをしては「お兄ちゃん!」と麺棒片手のティアに追い掛け回されるといういつもながらの光景も見られてかなり癒された。子供って元気でいいなぁ。
そして視察当日。馬車でクラヴィス、レイナ、ミリューと一緒にレヴァラス孤児院へと向かい、到着してみるとそこはかなり大きな白を基調としたカラーリングの教会によく似た建物だった。天神教の関連施設ということで教会に準じた作りになっているのかもしれない。外見の掃除は行き届いているように見えるが、あまり飾り気が無く冷たい印象を受けた。
馬車から降りるとすぐに5人の司祭らしい男が歩み寄ってきて笑顔を浮かべながら話しかけてくる。
「ようこそ、レヴァラス孤児院へ。リファ様の御来訪を歓迎させて頂きます。私はこの孤児院の院長であるグラファーでございます」
男の中で一番恰幅の良い身なりも豪奢な中年男性が恭しく礼をする。他の4人は副院長とその補佐だと紹介された。
「初めまして、リファと申します。突然の視察のお願いを聞き届けて頂きありがとうございます」
グラファーは見るからに脂ぎっていて汗っかきでもあるらしく正直生理的に近づきたくないけれど、頑張って笑顔を維持する。
「いえいえ、私共の方からいつかリファ様に天神教の施設を御覧に入れたいと考えていましたのでこちらとしても願ったり叶ったりでございますよ」
「そう仰っていただけてなによりです。早速で申し訳ありませんがご案内をお願いできますでしょうか」
「勿論でございます。いやはや、こんなにお美しい方をご案内できるとは私も幸運ですな。ささ、こちらへどうぞ」
あまりグラファーと話を続けたくないので早めに話を切り上げ、孤児院へと入ることにした。中も一応掃除はされているらしくそれほど不潔な印象は受けない。ただやはりどこか寒々としている。
「ここ……嫌な感じ、する」
「ミリュー?」
「よくわからない、けど何か澱んでる」
「……うん、分かった。また何かわかったら教えてね」
「ん」
ミリューの感覚は鋭い。やはり何かありそうな気がするから気を抜かずに行こう。
「こちらが食堂になります。ちょうど昼食の時間ですので孤児達も揃っていますぞ」
最初に案内されたのは広々とした食堂だった。何十人も一度に使える長テーブルを挟んで100人近い子供達が座っている。身なりは皆やや粗末ではあるものの、酷く汚れていたり破れが目立つということもなかった。そして食事も小さいパンに具が少なめのスープ、そしてベーコンにサラダと思ったよりもバランスの取れたものに見えた。
「さぁさぁ、君達!あの高名な『天神の巫女』様であらせられるリファ様が君たちのために足を運んでくださったのだ。挨拶と御礼を申し上げなさい」
パンパンと柏手を打ったグラファーが子供達の注目を集め、大声で私を紹介する。いや、高名ではないから。称号も言わなくていいから。
「「「「「「「リファ様、ごしさついただきありがとうございます。僕たちはグラファー院長に保護してもらってとても幸せです。大きくなったら天神さまのためにがんばって働きたいです」」」」」」」
子供達が皆揃って声を合わせて合唱のように口上を述べてきた。言ってることはまともそうに見えるけども、どの子も目の色が濁っていて言わされている感がありありと伝わってくる……。子供達から発せられる言葉にしにくい異様な雰囲気に押され、思わず一歩後ずさってしまった。
「皆、よく挨拶できたね。私も誇らしいよ」
グラファーがわざとらしく感動したように服の裾で涙を拭う素振りをする。何だろうこの茶番。
「皆さん、はじめまして。ハミルトン家で働いているリファと言います。今日は皆さんにおやつや日用品などを持ってきたので良ければ受け取ってくださいね」
そう言い、馬車から運んできたおやつと服、家具などを子供たちに見せる。それらを見ても反応する子はごく一部で、どこか諦めたような表情の子も多くみられた。それでもおやつを全員に配ると殆どの子は美味しそうに食べ、ようやく作り物ではない笑顔を見せるようになって少しほっとする。
その後子供達からお礼の言葉をまた合唱仕様で頂き、食堂以外の設備を見学していく。共用トイレ、洗濯場、運動場に寝室と見ていくが特におかしな所は見当たらなかった。あらかた見回ったところで最後に院長室でお茶を頂くことになる。
「如何でしたか、リファ様。レヴァラス孤児院の印象は」
「……はい、子供達も特に不自由なく過ごされているようで安心しました」
「そうでしょう、そうでしょう!あの子達は私も自慢の優秀な子供達でしてな!どの子も行く末は商会の幹部か貴族の従者、異能力を見込まれれば配偶者として迎えられる可能性すらあるのです!」
鼻息荒くグラファーが身を乗り出してきて捲し立てる。あまり興奮されるとこっちも色々ときついので質問で止める。
「一つだけ質問があるのですが、宜しいでしょうか」
「ええはい、なんでもお答えしますぞ」
「食堂を見た限りでは今の人数の倍以上は子供たちを受け入れられる広さがあるように見えましたが、今の人数に留めているのは何か理由があるのでしょうか」
「む……それは、ですな。最近物価の上昇に伴い経費のやり繰りが難しくなってきているのです。そのため受け入れる人数を絞っているわけです」
あまり突っ込まれたくないことなのか、さっきまで満面の笑顔だったグラファーが急に渋い顔になる。
「国からの補助金では足りませんか?」
「いえ、足りない……わけではないのですが、潤沢にあるというわけでもなくてですな。私共の方針として多人数に不十分なケアをするよりも、少人数に十分なケアをする方が良い人材を育てられると考えているのです」
自分は良いことをしている、人のためにそうしているんだと言わんばかりにグラファーが誇らしげな顔になっていく。
「そう、ですか……わかりました」
「分かって頂けて何よりです!それでですな、リファ様、これを機に天神教に入信などはお考えになりませんか?」
「え?私が、天神教に、ですか?」
「はい!『天神の巫女』様たるリファ様が天神教の信者になられたならこれほど我らも嬉しいことはありません。無論その地位も十分なものを用意させて頂きますぞ!」
「あ、あの、申し訳ありません。私はあくまで薬師であって信心などもありませんので今から入信するのは難しいと思います」
「いやいや、今すぐに決めつける必要はありません。今後も色々な施設を視察頂き、入信を検討して頂ければ……」
「すまないが、リファ君は慣れない視察で疲れているようだ。今日のところはこの辺で失礼していいだろうか」
ますます興奮気味に身を乗り出してくるグラファーの前にクラヴィスがすっと腕を押し留めるように差し出して制止する。言葉は穏やかだが行動そのものは反論など許さないといった意志を感じる。
「は?あ……ああ、はい。大変申し訳ありません、クラヴィス様」
「すいません、グラファー院長。今日はとても勉強になりました、ありがとうございます」
正直なところグラファーに迫られるのは生理的にかなり辛いものがあったので、クラヴィスが良いタイミングでフォローしてくれて本当に助かった。目礼で御礼を伝えると頷きで答えてくれる。うん、この繋がってる感、とてもいいね。
少し気分が楽になったし用も済んだので御礼を伝えて辞することにした。まだグラファーは未練がある感じだけど視察がこれで終わりとは言ってないのでまだ次があると思っているんだろう。意外とすぐに引き下がり玄関で帰りを見送ってくれた。
※※※※
別邸に帰ってからヴァイド、クラヴィスと今後のことを相談することにした。
「孤児院はどうだった?」
「はい、真っ黒でした」
「子供達の目が完全に死んでいた。あれは洗脳に近い状態だな」
「空気が澱んでた」
「なんかあそこ気持ち悪かったです。特に院長」
「はい、率直な意見ありがとう。行かなくても今のを聞いただけであらかた理解出来ちゃったよ」
「予想通りかなり阿漕なことをしてるのは間違いなさそうですけど、それ以上に何かあるかもしれませんね」
「その様子だと他の孤児院も皆似たような感じかもね。で、次はどうする気なのかな?」
「正直な所……私なんかが国王陛下に直接この件を直談判できるとも思えません。ですので次は陛下にお会いする機会を頂く必要があると思います」
「ふむ。君は王族の恩人だし意外と話位は聞いてくれそうな気もするけどね。でもその機会はどうやって?」
「……エルハルト王子にお願いしようと思います。あの方は話が分からない方ではありませんので」
「「「「え!?」」」」
……さすがに驚くよね……私もあまり会いたくないけど、多分これが一番成功率が高いんだよね。彼には直接の貸しがあるはずだし、態度は大きいけど曲がったことはしない人だから多分共感はしてくれると思う。
・・・え?どこぞの○○学校のニュースで見た気がする?
き、気のせいですヨー




