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第六十話 ティア


 かなり長いこと口を開けていたカインだったけど、ミリューがカインの目の前で掌をヒラヒラさせるとようやくハッと我に返ったみたいだ。


「お、お姉ちゃん、薬師様なの!?ティアを助けてくれるの?あ、あの、ティアってのは俺の妹のことで、その……」


「慌てなくて大丈夫。ゆっくり話してみて」


 あわあわ言ってるカインの頭を優しく撫でてあげると、一瞬だけビクッと震えたけどすぐに大人しくなった。何回か深呼吸して完全に落ち着きを取り戻した後話を続ける。


「俺には8歳になるティアっていう妹がいるんだ。親もいないしずっと二人だけで生きてきたんだ。滅茶苦茶可愛くて優しくて、大事な妹なんだ!でも、何年か前から寝てる時に急に体全体がビクッビクッて震えるようになったんだ……」


「多分その様子を見て悪魔付きとか言われたんだね」


「うん……でもだからって誰かを襲ったりとか傷つけたりとかしたことなんてないんだ!他にも一緒に話してる時に急にボーっとして何言っても返事し無くなったり、普通に立ってても急に気を失って倒れたりすることもたまにあるけど……」


 ここでカインが言葉をいったん切り、辛そうに俯きながら続ける。


「でもいつもは何も変わらないティアなんだ!優しくて頭も良いティアのままなんだよ!ほんの時々変になるだけなのに、それなのに……はぐれの医者に聞いてもそんな病気は見たことないって、どうしても見て欲しいなら金貨10枚用意しろって……そんな大金、でも、病気なら医者に診て貰えば治るかもって……」


 ここまで話し続けたところでカインが感極まったのか目に涙を一杯に溜めてしまう。そのいじらしさに思わずカインをギュッと抱きしめてしまう。


「おっ、おお、お姉ちゃん!?」


「よく頑張ったね、大丈夫。ティアちゃんは確かに病気かもしれない、でもきっと治るよ」


「ほ……ほんと!?ほんとにティアは治るの?死なないの?」


「うん、まず命を落とすことはないしきちんと治療を受ければ大人になる頃には治ってると思う」


「ティアが……ティアが治るんだ、死なないんだ……良かった……」


「これまでカイン君がティアちゃんを守ってあげてきたんだね、よく頑張ったね。もう大丈夫、心配ないよ」


「う、うう……うああああああ!」


 カインが私の胸の中で号泣する。こんな小さい身体でいろんな不安や恐怖とずっと戦ってきたと思うとこっちまで涙が溢れてくる。ああもうほんと、随分涙脆くなっちゃったなぁ……。

 暫く二人で泣いた後、ゆっくりとカインが私から離れ、涙を拭った後しっかりと私の顔を見て口を開く。


「これからリファお姉ちゃんにティアに会ってほしいんだ、一緒に来てくれる?」


 勿論と頷いて、カインに付いていくことにする。勝手に決めてしまったのでクラヴィスに頭を軽く下げておいたけど「気にしてないよ」と手を軽く振ってくれた。やっぱり優しい人だなあとほっこりする。なぜかミリューとレイナがカインを睨んでいるようにも見えたけど私が泣いてる内に何かあったんだろうか。


 あ、さっきのならず者達は全員縛りあげた上で警備兵にしっかり引き渡しておいた。何やら恨み言を叫んでたみたいだけど貴族を襲っておいて命があるだけありがたいと思ってほしい。面倒事になるのが嫌だから私たちが貴族だとは言わなかったけどね。


 その後カインに連れられて来たところは……家ではなかった。いや、状況から考えて二人は孤児だろうとは思っていたけど予想以上に色々と厳しかった。まず建物の壁があり、その前の床に絨毯らしき厚い布が1枚あって、その2m位上に何本か棒が数本建物の壁に垂直に刺さっていて、その棒の上にまた厚い布が被せられている。多分これが雨避けなのだと思う。そして……これだけなのだ。つまり、野晒しで布の上に小さく痩せた女の子が一人で座っていた。


 そして何よりも驚いたのは、路上に布すら敷かれていないのに横たわる子供や空腹をじっと堪えてるのか下を向いたまま蹲っている子供がここに来るまでに何十人もいて、かつ全員が例外なく痩せ細っていたことだ。あまりの衝撃的な光景が続いて眩暈がしそうになっていたけれど、まずはティアの診察を優先しよう。


「ティア、薬師様が来てくれたぞ!リファお姉ちゃんって言うんだ」


 絨毯にちょこんと座っていた赤みがかった金髪の幼い少女にカインが話しかける。俯いていた少女がその声に反応し、カインを見て嬉しそうに笑う。


「お兄ちゃん、お帰りなさい!怪我しなかった?まだこどもなんだから無理しちゃだめだよ!」


「な、何言ってんだよ!俺が怪我なんかするわけないだろ。いつだって俺は完璧なんだからな!」


「なにが完璧よ!この前だってあちこち痣作って帰ってきたじゃない!」


「う、うるさいな!俺のことはいいんだよ!それより薬師様が来てくれたんだって」


「薬師様?……うわぁ……何この綺麗な人……お兄ちゃん、一体何したの!?騙して連れてきたの!?」


 私を見て一瞬ぼうっとなったティアが慌ててカインの襟元を掴んで前後にグワングワンと振り始める。


「ち、ちが、違うって……ちゃんとお願いして、お前を診に来て貰ったんだって!」


「嘘ばっかり!お兄ちゃんがこんな人と知り合いなわけないじゃない!また何か変なことに首突っ込んでるんじゃないの!?」


「あ、あの、ティアちゃん、ちょっと待って。私はちゃんとカイン君とお話してここに来たの。ティアちゃんもお話聞いてくれる?」


「……ほんとですか?お兄ちゃんが迷惑かけてないですか?」 


 それでも訝しむティアにうんうんと首肯するとティアがようやくカインから手を離した。


「ゲホッゲホッ……だから言っただろ、ちゃんとお願いしたって」


「お兄ちゃんの普段の行いが悪いからでしょ!」


「それでティアちゃん、まずは自己紹介からかな。私はリファ、薬師だよ。こちらがクラヴィス様、レイナ、そしてミリュー」


「あ、よ、宜しくお願いします……でもどうして薬師様がこんな所に?」


「うん、それなんだけど……ちょっと長いお話になりそうだから一旦私たちの住んでるお屋敷に一緒に来てくれないかな。勿論帰りもここまで送るから安心して」


「えっ!?薬師様のお屋敷に?……これって人攫いじゃ……でもどう見ても貴族様だし私達なんて攫ったって……」


「お、おい、ティア、この人たちはそんな人達じゃ絶対ない!」


「うん、ティアちゃんがとってもしっかりしてるのはよく分かった。突然家に来いって言われても不安になるのも当然だと思うよ」


 予想以上にしっかりしてるティアに少し驚きながらも、クラヴィスの胸を指さしてティアの視線を誘導する。


「あのお兄さんの胸についてる鷹の形をした勲章を見て。あれは王様から貰ったノスリ勲章って言ってね、この国の王様から信頼されてる証なの。悪い人じゃないって証明にならないかな?」


「ノスリ勲章……勝利を象徴する鷹の勲章……分かりました、あなたたちを信じます」


 かなり怪しんでいた様子のティアだけど、物知りなのか勲章のことを詳しく知っているらしい。まだ少し疑いの目は残っているが、とりあえずは信じてくれるようだ。


「ティアちゃんはカイン君の言う通り本当に頭がよくてしっかりしてるね。これからの話はきっと二人にとって悪いお話じゃないと思う。まずは馬車に一緒に乗ってくれるかな」


 そしてレイナを除く全員で馬車に乗り、別邸へと向かうことにした。流石に今の服装だと色々と屋敷に入れるのは憚られるので、レイナにはカインとティアの着替えを買いに走って貰うことにしたのだ。それに二人をお風呂に入れる時間とかを考えるとちょうどいい時間になるかもしれない。


 まだティアは私達を完全には信用していないみたいだけど、治療するためにはしっかり話をして彼女の信頼を得ることが重要だ。気を引き締めていこう。






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