第五十九話 スリの少年
男の子に財布を盗まれた私は先行するミリューを追い始めたけど、ミリューが早すぎてドンドン離されていく。焦る私にクラヴィスが追い抜きざまに声をかけてくれる。
「リファ、身体強化して走るんだ!」
「あ……はいっ!」
慌てて身体強化をかけてクラヴィスに付いていく。ここ最近は色々忙しくて身体強化の特訓なんてしていなかったからすっかり忘れてた。
男の子は完全にこの辺りの構造を把握してるみたいで人ごみを利用したり速度が出ないように蛇行しながら走り回っていて、あのミリューですらなかなか追いつけないみたいだ。いくつもの通りを過ぎ、曲がり角も数えきれないほど曲がったところでようやくミリューの足が止まったのを遠目に確認した。
上がった息を整えながらミリューに近づいていくと、そこは曲がり角になっていて「しーっ」とミリューから静かにするように指示される。こっそり角から顔を出して覗き込んでみると、そこは行き止まりになっていて7人の男が男の子を取り囲んで怒鳴りつけていた。
「まーたうちの縄張り荒らしてんのか」
「ほんと懲りねぇ糞餓鬼だなぁ」
「次見つけたらただじゃおかねぇって言っといたろ?」
「んで、どうするよこいつ」
「見せしめに腕一本落としとくか?」
男達は着崩したラフな格好からはならず者にしか見えないが、その内の一人が折り畳みナイフをチャキッと音を立てて開く。ただでさえ大勢の強面の男達に威圧されて声も出せないでいた男の子がナイフを見てビクッと身を竦ませる。
「お……お願いだよ!見逃してくれよ!」
「あん?何寝言抜かしてんだこの餓鬼」
「何度も人様の縄張り荒らしといてタダで済むと思ったか?餓鬼だろうがなんだろうが落とし前は付けねえとなぁ」
「あ、謝る、謝るから、だから!」
「謝罪の気持ちってのは形で見せて貰わんとなぁ。とりあえず」
そう言うとナイフを持った男が男の子の手から財布をあっという間に奪い取る。
「こいつは貰っとく。後は……二度とこんなことできねぇように右手落とすか」
「ヒッ、や、やめてくれよ……!もう二度としないから!俺は妹を守ってやんなきゃいけねーんだよ!」
「んなこた知らねぇよ。安心しろ、左手が残ってりゃなんとかならぁな」
そう言うと、男3人が男の子を地面に押し倒し、右手を前に差し出させ、ニヤニヤ笑いながら男がナイフを近づけていく。それを見た時点で私は介入すると決めた。
「クラヴィス様、ミリュー、助けましょう」
「本気?あいつはリファから財布盗んだ。それでも?」
「それでも、だよ。あんな小さい子供の手を切り落とすとかありえない」
「リファらしくていいじゃないか。さぁ、行こうか」
言うが早いかクラヴィスが飛び出し、男達の目の前で立ち止まる。
「そこまでにして貰おう」
「あん?なんだお前は」
「この餓鬼の仲間か?」
「いや、その少年とは縁も所縁もない者だ」
「じゃあ何の用だよ。他人はすっこんでろや。痛い目見んうちにな」
「そうもいかない。まずお前の持ってる財布は私の知人の物だし、そしてその少年を傷付させるわけにもいかん」
「ははぁ、よくわからんが兎に角お前は俺らの邪魔する気満々ってことでいいんだな?」
「理解が早くて助かるよ。ついでに財布を置いて少年も解放して消えてくれるなら追わないと約束しよう」
「は?……がっははは!こりゃ傑作だ。笑わせてくれた礼にいいものくれてやる……よっ!」
男の一人がナイフを取り出し、クラヴィスに切りかかる。同時に周りの男達も男の子を離しクラヴィスを取り囲もうと動く。クラヴィスは剣を抜き、突き出されるナイフを簡単に弾き飛ばすとあっという間に唖然とする男との距離を詰め、その腹を右足で勢いよく蹴り飛ばす。
ドッ……ダンッ!
「ぐぇっ……がはっ!」
吹き飛んだ男は壁に背中から一直線に激突し、白目をむいて気絶したまま地面に崩れ落ちた。
「グ……グリン!てめぇ、よくも!一人で俺達に勝てると思ってんのか!」
仲間の惨状を目の当たりにした男が激高し、クラヴィスの背後から小斧を振りかぶろうとしたところで、
「……うぐっ……がぁっ!……」
ミリューの投擲したナイフが男の右目に刺さり、悲鳴を上げながら目を抑え仰け反ったその瞬間にミリューに右腹を蹴り飛ばされ、数メートル程地面を転がされる。
「生憎、こっちも一人じゃない」
「ミリュー君、助かる」
「ん。リファの頼みだから」
「く、くそ、仲間がいやがったのか!」
「だが所詮女の餓鬼一人だ。全員でかかりゃ十分いける。それに……」
男の一人が僅かに顔を出していた私をチラッと横目で見ているのに気づく。
「お前らはそいつらをやれ!俺は金になりそうな女を捕まえる!」
そしてその男は私に向かって一直線に走ってきた。クラヴィスとミリューはそれを止めようとするがそうはさせまいと男達に切りかかられて一歩出遅れる。
「はっはあ、こんな所で随分な上玉がいたもんだ!高く売れそうだなぁ!」
男が下卑た笑いを浮かべながら近づいてきたので軽く深呼吸し、身体強化をかけ直す。男が武器を持っていないのを確認し、私を捕まえようと腕を出してきたところで躱しざまに男の懐に入り込んで男の上着を両手で掴み、体を沈めて男を背負い、右の肘を脇の下に入れ、肩越しに左手で引いて地面に思いきり叩きつけた。
ダァンッ!!
「なっ……グエッ!……」
一切手加減せずに投げつけたのでちょっと心配になったけど、普通に白目をむいて気絶しただけのようだ。安心して一息ついたところで二人が駆けつけてくれた。
「リファ、大丈夫か!?」
「怪我は無い?」
「ありがとうございます。護身術が久しぶりに役に立ったみたいです」
無事なことを二人に報告し、男達の方を見ると全員倒れ伏していた……あの短時間で残り全員倒したんだね。さすがに二人共強い。
「お二人共無事で何よりです。そういえば、あの男の子は……?」
と気になってキョロキョロ見回しているとレイナが男の子を連れてきてくれた。姿が見えないと思ったらレイナは男の子の確保に回ってくれていたらしい。
「ほーら、ちゃんと御礼言いなさい」
「あ……お兄ちゃんたち、助けてくれてありがと。でもなんで?俺お姉ちゃんの財布……」
男の子は少しオドオドしながらも、素直にお礼を言う。思ったよりも真っすぐでいい子みたいだ。
「どういたしまして。それと財布なら返してくれれば大丈夫。でもこれで懲りたならスリは止めた方が良いよ」
「お、俺だってやりたくてやってるんじゃないんだ!妹が病気で、金が必要で、でも俺の年じゃ雇ってくれなくて、だから……」
「妹さんが病気……?どんな病気なのか教えてくれる?」
「わかんないんだ!皆あいつのことを悪魔憑きだとか言って近づこうともしない……。でもあれはきっと病気なんだよ!お金さえあれば絶対治せるんだ!」
悪魔憑き、そして妹ということはこの子より幼い……。少し考えてから男の子の前にしゃがみ込んで視線を合わせ、なるべく優しい声音で話しかける。
「ねえ、私の名前はリファっていうの。君の名前を教えてくれる?」
「あ、え、ええと……俺はカ……カイン。カインって名前だ」
カインは顔を真っ赤にさせてしどろもどろに答える。あまり大人と話慣れてないのかな。
「カイン君か。私は薬師なんだけど、多分君の妹さんは病気で間違いないと思う。もし良ければ私に診察させて貰えないかな?」
そう言うと、カインは目も口も真ん丸に大きく開けて固まってしまった……。




