第五十八話 初デート
クラヴィスとエルハルトの決闘から数日経過し、今私たちは居間で家族会議を行っている。クラヴィスを除いた5人でだ。なぜクラヴィスがここにいないかというと……
「クラヴィス様、お部屋から出てきませんね……」
「うーん、ありゃ相当に重症だね」
「ごめんなさいね、あの子昔から落ち込むと引き籠もる癖があるのよ……」
「たかが一回負けた位で情けない」
「ちょっ、ミリュー失礼でしょ!ていうかデリカシー無さすぎ!」
今まで見たこともない程に気落ちしたクラヴィスを連れてなんとか別邸に戻ったものの、その後食事の時以外殆ど自室から出てこなくなってしまったのだ。勿論私もあれから何度も部屋に赴いて迷惑をかけたことに対する謝罪と王子の言葉は気にしないようにと伝えたのだけれど、返ってくる答えは常に「ああ、すまない……」だけだったのだ。
「すいません、そもそも私が原因だっていうのに慰めることすらできずに……情けないです」
「いや、君が慰めにいくと逆効果にしかならない気がするんだよねー」
「むしろトドメ刺しにいってる」
「リファ様からの『気にしないで下さいね』って、ある意味残酷ですよね」
「ううん、そんなリファちゃんが末恐ろしいわー」
「……?」
皆の言ってることがわからず首を傾げると、また全員が溜息をつく。よくわからないけれど、私が慰めにいってはいけないことはわかった。
「よくわかりませんが、このままでは拉致があかないことも慰めることもいけないこともわかりました」
「お、何かいい案が思いついた?」
「はい。落ち込んでいる時は色々なことを忘れて気分転換するのが一番かと思います」
「ふむ。その心は?」
「私がデートに誘います」
「「「「えええええ!?」」」」
※※※※
「というわけで、ショッピングに行きましょう」
「い、いや……何が『というわけ』なのかさっぱりわからないのだが……」
「クラヴィス様、私たちは『婚約者』になったんですよね?二人でお出かけしたことが一度もないっておかしいと思うんです」
「む、いや、確かにそうかもしれないが……何も今でなくともだね」
「今でないといけないんです。王都にいるうちに、私たちが婚約者として仲睦まじい様子を見せておかないといけないんです」
「む、むう……」
「では1時間後に出発しますので御支度宜しくお願いしますね」
そんなこんなで無理を押し通し、久しぶりにメイドさんにカジュアル風にお洒落をして貰ってクラヴィスと二人で馬車に乗り、繁華街へと向かう。一応レイナとミリューも後でこっそり護衛に付いてくれるそうだ。私達も大分有名人になりつつあるらしいしね。
繁華街に着いてからはまず服屋でクラヴィスの服を見繕っていくことにした。代金は後で別邸に請求書を届けてくれるので心配ないそうだ。あまり気乗りのしなさそうなクラヴィスをグイグイ引っ張り、帽子に上着、ズボンから靴と普段使い用のものを私が主導で選んでいく。一応以前は男だったのである程度は男性が好きそうなものはわかるつもりだ……とは言ってもこんな高級店で男性服を買った経験はないのであまり自信はなかったりする。
「これなんてどうですか?」
「ああ……いいな」
「これ、クラヴィス様に似合うと思うんです。試着してみませんか?」
「ああ……君がそう言うなら」
「この服とこっちの服、どちらがお好みですか?」
「ああ……君が選んでくれたのなら両方買おう」
何を聞いても「ああ……」から始まりクラヴィス自身の意思が全く感じられない返事しか返ってこなかったが、それでもクラヴィスはほんの少しずつ笑顔を見せるようになってきたので嫌がってはいないみたいだ。
でも服屋の女性店員さんがクラヴィスを見てウットリしてるのを見るとやっぱり美形なんだなぁと改めて思う。肝心のクラヴィス自身が全くそういった女性の視線に気づいてないあたり女っ気が無いと言われる所以なのかな。
一通り服を買った所でちょうどお昼時になり、パスタで有名なお店をミュリエラに教えて貰っていたのでそこに馬車で向かう。店の中はさすがに評判の店らしく非常に混んでいたが回転も速いみたいで割とすぐに注文したパスタセットが配膳された。私は海鮮パスタ、クラヴィスは砂肝パスタを注文している。
「折角別々の料理にしたわけですし、残り1/3になったら交換して食べませんか?」
「え?あ、ああ……君がそれで良いなら構わないが」
「一度に二つの料理が食べられるんです、お得だと思いません?」
その後クラヴィスのパスタを食べたが砂肝も癖が無くてとても美味しかった。なぜかクラヴィスが料理の交換後にフォークを口に持っていこうとしたところで暫く固まってたけど、何か気になるところでもあったのだろうか。
昼食後はアクセサリーショップを回ることにした。前回王都に来たときは確かカフスボタンをプレゼントした気がするけど、先日婚約者になって貰ったお礼にまた何か贈りたくなったのだ。
色々と見て回ったが中々これといってピンとくるものが無い。そもそも男性向けのアクセサリーって何がいいんだろう。以前の私もアクセサリーなんて付けてなかったからわからないんだよね、うーん。そんな感じで悩んでいると、男性が女性に綺麗なネックレスを手づから付けてあげている姿が目に入る。うん、これは良いかもしれない。
「クラヴィス様、私ちょっと向うの棚を見てきますので少しだけこの辺でお待ち頂けますか」
「ん?あ、ああ……構わない。ゆっくり見てきてくれ」
クラヴィスの許可をもらったのでネックレスが多く展示されている棚へと向かう。色々な種類があるが、男性が付けるとなるとやはり装飾の華美なものは避けた方が良い。そして動きに支障のない物が望ましい。そうなると革製かなと考えていると、小さめな宝石をお洒落な銀色の装飾で取り囲み、その上に空いた小さな穴に革製の紐を通している物がいくつかあるのを確認した。そして折角なのでお揃いにしようと宝石は碧色と紫色の物を選んで購入する。
ちょっと時間がかかってしまったのでクラヴィスの元に戻ると指輪コーナーをジッと見つめていた。
「クラヴィス様、お待たせしてすいませんでした」
「え!?あ、ああ、いや、大丈夫だ。問題ない」
「何か買う予定はありますか?」
「あ、いや、大丈夫だ。今は無いよ」
「……?それでは少し喉が渇いたので屋台で飲み物でも買いませんか」
「ああ、構わない」
店を出て、馬車の御者に一言告げて屋台に向かう。よく冷えたアイスティーが買えたので二人でベンチに座って飲むことにする。
「クラヴィス様、私久しぶりに王都で買い物できて楽しかったです」
「ああ、私もいい気分転換になった。リファ君、ありがとう」
……そろそろ良い頃合いだろうか。覚悟を決め、クラヴィスの顔を見据えて口を開く。
「クラヴィス様、この数日何を悩んでいたのか聞いてもいいですか?」
クラヴィスは意外だったのか一瞬瞠目して私の顔を見返してくる。そして数秒してから目を離し、少し下向き加減になりながら口を開く。
「そう……だな。一言で言えば自己嫌悪、かな」
「自己嫌悪、ですか」
「先日エルハルト王子に言われたことがずっと頭から離れないんだ。神人である君を守るだけの力と覚悟があるのか、あの時は命に代えてもなんて言ったが本当は自信が無かった、そんな曖昧な私の心すら王子は見透かしていた。
そして実際に試合をしてみれば殆ど力を出していない王子に手も足も出なかった。何もかもが王子の言った通りだと思ったよ」
自嘲気味に笑うクラヴィスを見て色々と言いたいことはあったがグッと我慢する。
「本当は王子に言われる前から考えてはいた。ハミルトン家では、私では君を守り抜くことは厳しいのではないかと。実際、一度はレジェンディアにまんまと君を攫われてしまった。あの時は偶々無事に済んだだけで次に襲撃があった時に君を守りきれるのか、それを考えるとどうしようもなく不安になって、それからは鍛錬に身を入れていたのに……あの様だ、流石に堪えたよ。
私を婚約者にして欲しいと言った矢先に申し訳ないが、もし君が王族の庇護下に入りたいと感じたなら遠慮なく言って欲しい。確かにその方が君にとっても安全だろうし、何よりこんな情け無い男が婚約者にふさわしいとはとても思えないんだ」
(……イラッ……)
「……それがクラヴィス様が何日も部屋に篭ってまで考えた結論なんですね……?」
「ああ……」
(……イライラッ……ああ、もう限界)
一度目を瞑ってフーッと大きく息を吐き、クラヴィスの両頬を両手で軽く勢いを付けてパンッと挟み込む。痛みはないだろうが流石に驚いたクラヴィスがようやく私の目を見てくれた。
「クラヴィス様、私怒ってるんです。何に怒ってるのか分かりますか?」
「あ、ああ……不甲斐ない私に、」
「違います。私はクラヴィス様が自分を侮辱することに対して怒ってるんです。
そもそもですね、私がどれだけクラヴィス様を信頼してるのか全然分かっていないと思うんです。
突然家に転がりこんできた見ず知らずの少女を嫌な顔一つせずに受け入れてくれました。慣れない環境に戸惑っていた私を気遣って一緒に美味しいケーキを食べてくれました。攫われた時だって危険を顧みずに真っ先に助けに来てくれました。
そして今王族に入りたくないという私の我が儘のために婚約者にまでなって貰ってるんです。これだけのことをしてくれる人を好きにならない訳無いじゃありませんか」
「す……好き?リファ君が、私を……?」
「はい、お兄さんみたいに大好きで大切な方です」
あれ、クラヴィスがまた少し俯いてしまった。でも位置的にはちょうどいいのでクラヴィスの頭を左胸に押し当てるようにしてそっと抱きしめる。
「自信を持って下さい。クラヴィス様は私にとって大切な家族で誰よりも頼りになる方です。それでももしクラヴィス様一人で力が足りないというなら周りの人に力を借りればいいんです。ハワード様、ミュリエラ様、アーヴィン様、ヴァイド様、ナタリーにレイナ、ミリューと皆凄い人ばかりです。そんな凄い人達の力を借りられる、それもクラヴィス様の『力』だと私は思うんです」
「リファ君……」
「一人でなんでもやろうとしなくていいんです。私だってクラヴィス様を支えたいんですよ。そうやって皆で支え合って得た『力』は王子だろうと何が相手だろうと絶対に負けません」
そう言ったところでこれまでなされるがままに大人しくしていたクラヴィスが頭を上げ、ゆっくりと私から離れた。
「……まったく、リファ君には敵わないな。随分長く抱えてた悩みを簡単に吹き飛ばしてしまうのだから。……でも色々と吹っ切れた気がする。本当にありがとう」
「ふふ。どういたしまして、です。あとですね、いつもお世話になっているクラヴィス様にプレゼントです」
先程買ったネックレスをクラヴィスに差し出す。
「これは……革製のネックレスか」
「はい。宝石も小さめなので普段付ける分にもそれほど邪魔にならないかなと思います。あとこれ、実は色違いのお揃いなんですよ」
私用に買ったネックレスも見せる。こちらは宝石が碧色のものだ。
「お揃い……か。ありがとう、とても嬉しいよ」
「クラヴィス様には無理言って婚約者になって頂きましたから。怪しまれないためにもお揃いのものを付けるのもありかなって」
「いや、お願いしたのはむしろこちらなのだがな……いや、でもそんなところも君らしい」
クラヴィスが小声でブツブツ言ってるけどよく聞き取れない。大事なことではなさそうだし問題ないだろう。
「あ、あともう一つ。できれば私のことはリファと呼び捨てにして下さい」
「君を呼び捨てに……?」
「はい、婚約者なら他人行儀な呼び方は良くないと思うんです」
「む、それでは君も私をクラヴィスと……」
「いえ、私は女ですし爵位も下ですから今まで通りでお願いします」
「そ、そうか……分かったよ、リファ。これでいいか?」
「はい!」
大分クラヴィスも元気が出たようだし、後は少し屋台を見て回ったら帰ろうかな。そう言ってクラヴィスの了承も得てのんびりと歩いていたところ、ドンっ!と私の腰に衝撃があり、目をやると130cm位の身長で茶色味の入った金髪の男の子がぶつかったようだ。
「いってぇな!ぼさっと歩いてんじゃねーよ!」
「あ、ごめんなさい。僕、大丈夫?」
「デート中だからって浮かれてフラフラしてんなよ」
慌てて謝るも、男の子はすぐに走り去っていく。クラヴィスが横で「デート?これはデートだったのか!?」と小声で呟き硬直していたが、突然ミリューが横に現れ私に告げる。
「あいつ、スリ。リファ、財布ある?」
言われてみると……無い!私の表情を見てすぐに察したらしくミリューが駆け出し少年の後を追っていく。慌てて私達もミリューの後を付いていくことにした。
ああもう、どうして何事もなく終わってくれないかな!?




