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第五話 逃走

 

 ミリューは土地勘があるようで特に迷うこともなく走り続ける。本当はもっと早く走れるのにそうなると僕が付いていけなくなるから速度を緩めてくれてるようだ。


「はっはっ……今どこに向かってるんだ?」


「この通りを抜けて右手に馬小屋がある。馬を借りて逃げる」


「馬!?僕は馬に乗ったことないんだけど……それに借りるというより盗むって言わないかな……」


「大丈夫、いつか代金は払う。いつかわからないけど……。それに二人乗りすればいい」


「い、いいのかな……いや良くないな。一応ある程度のお金は置いていくことにしよう……」


 馬を買うだけの金には程遠い財布の中身を思い出し、苦笑しながらもミリューを追って通りから出たところで


「いたぞ!あそこだ!」


「相変わらず逃げ足だけは早い餓鬼だ!もう逃がさねぇぞ!!」


「さっさと捕まえろ!」


 よりによって右手から黒装束の人影が5人駆け寄ってくるのが見えた。


「数が多い。こっちへ」


 ミリューが即座に右方向に進むのを諦め、左方向に走り出す。真っすぐに走っては僕のせいで速度が出せないことからすぐに追いつかれるため、小道をジグザグに進むことになる。が、相手も足が速く徐々に足音が近づいてきているのがわかった。


 いい加減僕の足が限界になりつつあり、ミリューに声をかけようとした矢先に行き止まりに当たってしまう。行き止まりといっても壁ではなく、ミュートリノ市を横断するセリーヌ川が目の前に広がっていた。すぐに戻ろうとするも、


「ようやく追い詰めたぜ」


「ちょこまかとまあ良く逃げたもんだが、終わりだな」


 と賊が7人ゾロゾロと集まってきて退路を塞いででしまう。


 先程より更に相手が増えているのを見てげんなりするが、セリーヌ川もここ数日の雨で増水しており、飛び込んで逃げようにも溺死する可能性が高い。とはいえこの人数相手ではいくらミリューでも対応しきれないのは明白で、そして相手の狙いはミリューだ。

 そこまで考えた後、僕は決断した。


「カリス、ここは私がなんとかするから隙を見つけてなんとか逃げて」


 と気丈に言ってくれるミリューに近づき、「ちょっとごめん」と声をかけつつ背中と膝裏に手を回して抱え上げる。小柄だとは思っていたが想像以上の軽さに吃驚する。そしてこれならなんとかなりそうだと安心する。


「ちょっ……何?降ろして」


「この人数じゃ無理だ。何としてでも生き延びて」と囁くと同時に大きく振りかぶり、反動をつけてミリューをセリーヌ川に向かって放り投げる!


「あっ……どう……して」


 ザパァン!!!と大きな水しぶきを上げて着水し、一旦水面に顔を出した後下流に流されていくミリューを見届ける。


「あっこの野郎!なんてことしやがる!!」


「お前らはあの餓鬼を追え!!こいつは俺一人で十分だ!」


 賊は一人を残して全員がミリューを追って走り出す。僕はそれを止めようにももう足が動かず、指示していたリーダーと思われる男を凝視する以外に出来ることはなかった。


「さて、結局お前は何なんだ?なぜあの餓鬼をそこまでして助けようとする?」


「僕は薬師なんでね。傷ついて倒れてる人がいたら助けるのが当たり前だろう?」


「かっ!人?あれは獣人だろうが。あんなのを人扱いするとか随分と変わった奴だな」


「僕は君らみたいな差別主義者じゃないんでね。獣人だろうが何だろうが患者はきちんと治療するさ」


「そうかい。じゃあそろそろ……死ぬか?」


 そう言って男がナイフを取り出した途端、凄まじい殺気が放出され、じっとりと背中に冷や汗が滲み、手足が震えだす。そして悟る。どうやっても敵わないと。ここで僕は死ぬのだと。

 とはいえ何もせずにやられるわけにもいかないと歯を噛み締めて気合を入れ、警棒を右手に持ち構える。


「素人丸出しの構えだが……まだ諦めも命乞いもしないのは褒めてやるよ」


 男の右腕が一瞬ブレて見えた瞬間、警棒を右下から左上に切り上げる。キィンッ!と耳障りな音が聞こえ、初撃を警棒でいなせたことを理解する。


「様子見とはいってもまさか反応されるとは思わなかった。よくやったと褒めてやりたいところだが……」


 感心したような声音で男が嘯いた次の瞬間、右腕に弾かれるような衝撃を感じ、気が付いたら右腕をザックリと切り裂かれており、警棒を地面に落としていた。


 あまりの早業に唖然としていたら襟首を掴まれ、あっという間に地面に引き倒される。受け身も取れずに背中から地面に打ち付けられ、呼吸が止まる。


「がっ……はっ……」


「素人にしちゃよく頑張ったがここまでだ。知ってることを吐け」


 呼吸を整える暇も無く、襟首を強く持ち上げながら信じられないほど冷たい声音で詰問される。


「……か……のじょは……無口で……ね。名前……と獣……人なことしか……知らない」


 かろうじて吸えた空気で答えるも、


「ほう?一月も面倒見ててそれしか聞いてないと?信じられると思うか?」


「あんた……が信じるかどうかは……関係ない。彼女が……言いたくなさそうだったから聞かなかった、それだけだ」


「そうか、それならそれでいい。知っていようがいまいが……」


 ドンっ!っと衝撃と共に腹に灼熱感を覚え、見下ろしてみるとナイフが垂直に刺さっているのがわかった。


「死んでもらうことに変わりはない」


「うぁっ……」


 刺されたことを理解したと同時にあまりの激痛に頭の中に火花が飛び散り、出血が始まったことも自覚する。男は数秒ほど僕を眺めた後徐に刺さったナイフを引き抜き、その拍子に更に出血量が増えた。


「このナイフは毒入りでね。どうしようがもう助からん。あの餓鬼に関わったのが運の尽きだったな」


と言い捨て、男は去っていった。


「い……いやはや、まいっ……たね。これはほんとに……駄目……かも……」


 一人残された僕は傷口を左手で抑えてみるも、傷が深すぎる上に毒まで入っていては止血するには到底至らない。さすがに諦めるしかなさそうだ。

 37年間平凡な人生を生きてきてまさかこんな最期を迎えることになるとは思いもしなかった。でもまあ、あの子が助かったなら僕の人生もそれなりに意味があったのかな。段々と痛みも感じなくなってきたし体も冷たくなってきた気がする。いよいよかと仰向けになってその時を待っていたその時……


「おやおや、そのまま死を受け入れちゃうんですか?」


 揶揄うような声音でいつの間にか隣に立っていた男が問いかけてきた。


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