第五十七話 エルハルトの独白
※ミラハルト・ラグネア・グランマミエの独白
私はミラハルト、グランマミエ王国の王太子だ。幼い頃より次期王として期待されており、私自身もそれに応えるべく常に努力を重ねてきた。
そして今では王の執政の補佐に加え、有事には近衛騎士団を率いて出陣する権限も与えられている。そんな私を皆は天才と持て囃しているようだが、私自身は天才だとは思っていない。確かに秀才ではあるのだろうが本当の意味での天才を知っている以上は自分のことをそうとは思えないのだ。
王の軍事における用兵術やグリフィスやヴァイドの学者として類稀な発想と実行力、そして少年の頃に見た『血塗れの戦姫』の圧倒的な戦闘力、彼らのような者こそ天才と呼ぶに相応しいのだろう。
確かに私は天才ではないが、王個人が天才である必要は無いと思っている。王たるものは常に自信に溢れ、周囲にいる有能な者達の信頼を得て国を盛り立てていくことこそが義務である。しかしそれでも最低限の能力は要求されるため、学問にしろ武芸にしろ高いレベルで身につける必要があるから努力を怠らないだけの話だ。
王太子という地位に加え、王族という血統のおかげで容姿は良いようだから寄ってくる女は山ほどいるが正直なところ鬱陶しいことこの上ない。身なりは良くても王妃に相応しいとは到底思えぬほど低いレベルの知性に欲望丸出しの態度を目の前にして、嫌悪感を顔に出さずにいることがどうしようもなく苦痛なほどだ。大体奴らは例外なく妙に香水臭く、口を開けば誰それの縁談がどうのとそればかりだ。国の執政や行く末に興味をしめす者など見たことも無い。興が乗れば誘いをかけることもあるが、それも所詮はお遊びのようなものにすぎない。もし本気で妃を探すのであれば他国の王族でも見繕うしかないかもしれんと最近は思っていたほどだ。
そんな私が最近どうしようもなく気になる女がいる。ハミルトン家の薬師、リファという女だ。最初はレジェンディア侵攻時の褒賞の場で見かけた女、それだけだった。確かに流麗な銀髪に深紫の瞳を持ち、やたらと整った容姿をしていたから暫しの間私も目を奪われたのは事実だ。だが、その時点ではただの綺麗な女、そういった印象しかなかったのだ。
だが、ある時その女がポラリス学院の臨時講師として来るという話を聞いた。まともな学歴があるわけでもない齢18歳の少女が一体どんな拙い講義をするのかと面白半分で聞きに行ってみたのだが、初日からあの小者の癖に権力を振りかざすことだけには長けているマールドンの断罪劇を目の当たりにする羽目になるなどと夢にも思わなかった。そもそもだ、長年暗黙の不可侵領域とされてきたポーションの改造案を18歳の女が提唱し、更にそれを足掛かりに薬学部教授を罠に嵌め、断罪するなど一体誰が想像できるというのだ!?
その上その後の講義でも消毒の新解釈に新型麻酔薬の開発、更に災害時の患者の振り分け法など見たことも聞いた事も無いような新説を次々と挙げていくのだ。あの褒賞の場ではオドオドとした綺麗なだけの女かと思っていたが、私が試しに意地の悪い質問を投げかけても平然として理路整然と返答してくるその様は熟達した学者さながらであり、おかげで180度あの女への印象を変えられてしまった。
臨時講師としての講義が終わる頃には王をはじめとして王族全員があいつに対しては高く評価しており、あの容姿に加えて知恵と度胸までも持ち合わせているのであれば確かに王族に迎えるのも吝かではないと私も思い始めていた。ただ平民という身分が一番の問題ではあったが。
だがあの女は私がいくら粉をかけても全く反応しない。これには正直仰天させられた。今まで私が声をかけた女で靡かなかった者などいなかった。当然だ、私の妃になれば最低でも側室、もし正妃となればいずれは王妃となる。それを望まぬ女がいるはずがない……そう思っていたのだが、あの女は……私に欠片も興味を示さなかったのだ。むしろ恐れて関わらないようにしている節すら感じられる位だ。今までは女に追われることはあってもこちらから興味を引こうなどと考えたことも無かったが、いざそうなってみると意外と楽しんでいる自分に気が付いた。
それでも中々私のことを見ようともしないあいつに男としての魅力、つまり武力を見せつけてやろうとアーヴァレストとの演習に呼んだわけだが、まさかあんなことになろうとは思いもしなかった……。
アーヴァレストにまだ勝てないことは自分でもわかっていたし、負けはしてもそれなりの戦いは魅せられたとは思っていた。だが従者のロータスに化けた賊に毒を盛られた上に不覚を取るなど王族として一生の恥、このまま生き恥を晒す位なら死を受け入れようかとも思っていたのだが……あの女は、治療行為だかなんだか知らないが……口移しでポーションを飲ませたのだ。それも二度に渡り。いっそ抵抗しようかとも考えたが、間近で見たあいつの真摯な表情のせいかそんな気は一瞬で消えてしまい、自然と受け入れている自分がいた。あいつの顔がゆっくりと離れていくと体から眩い光が発せられ、僅かな時間にあれほどの傷が跡形もなく消え失せてしまったのだ。
あまりの衝撃に茫然とあの女の顔を見てしまったが、何を思ったのかやたらと嬉しそうな顔で笑いかけてきた。何故か妙に照れくさく、あいつの顔を見ていられなくなり顔をそむけてしまったが、おかげで礼を言いそびれてしまったではないか。思えばあいつにあんなに素直な笑顔を向けられたのは初めてかもしれない、そう思ったらなぜか急に胸が熱くなるのを感じた。
その後暫くあの女の顔が頭から消えず悶々としていたが、会議室で再び会った時にあいつが神人であるという事実を聞いた。そして同時に私を救おうとした結果、その事実が明るみになったということも。
あいつは一見抜けているように見えるが頭は良い。あの時私を助けようとすればああなることは絶対にわかっていた筈だ。それでもあの女はそうすることを選んだということだ。そうであるならば私は王太子として、命を救われたものとしてその想いに応えなければならない。
天神の巫女の称号を授与し子爵相当となった以上妃とする上での障害も無くなり、その方向へと動こうとした矢先にハミルトン家嫡男との婚約発表が通達された。
あの女のことだからある程度そうなることは予想はしていたが、甘んじて受け入れるわけにもいかん。どう見てもあの女はクラヴィスとかいう男に惚れてはいないし、クラヴィス自身も地位、能力共にあの女に相応しいとは到底思えぬ。まあクラヴィスの方は完全に惚れているようだが現時点では一方通行なのは間違いないだろう。聞けばあの男も例の『天上の癒し』を受けたそうだからそれが原因であろうな。私以外にもあいつが『あれ』を施した男がいるなど考えただけで腸が煮えくり返りそうになるが。
とはいえ、練習試合の体裁でクラヴィスを叩きのめしたことで、あの女を精神的に揺さぶることには成功したと見ていいだろう。まだ足掛かりに手を付けただけだが、いずれはあいつの心を完全に掴み、私の妃として迎えてみせる。
あの女は王族となることを望みはしないかもしれんが、神人である以上あいつを守るために必要な措置と納得して貰うしかないだろう。その代償としてあいつを王妃とし、女として最上の栄誉と何不自由のない生活を与え、幸せにすることを約束しよう。
リファよ……お前は理解していないかもしれないが、己の安寧を犠牲にしてまで王族である私の命を救ったのだ。私には王太子としてその行いに報いる義務がある。あらゆる手を用いてでもこの私の手で必ずお前を幸せにしてみせよう……覚悟してもらうぞ!




