第五十六話 決闘
そんなわけで、どういう訳か私自身よくわからないうちにエルハルト王子とクラヴィスの決闘の日になってしまった。立会人はヴァイド、私、レイナ、ミリューのみ。あくまで練習試合という体裁にして他の観客は一切お断りしている。これは両者の希望によりそうなったそうだ。
「さてさて、あの王子が大人しく引き下がる訳がないとは思っていたけど予想以上にわかりやすい方法できたね」
「わかりやすい方法、ですか……?」
「ああ。君らの婚約が成立し、国王に承認された以上はいくら王子といえども表立って口を出す訳にもいかない。実際この試合で王子が勝ったとしても別に婚約が破棄されるわけでもない。じゃあなぜこんな試合をすると思う?」
「王子がクラヴィスを倒して自分の方が上だとわからせる」
「そうだね、ミリュー君。その通りだ。彼らは騎士であり、力こそが存在意義と言ってもいい。そしてその力は大切なものを守るためのものだ。勿論君のことだよ、リファ君」
「私、ですか……?」
「二人にとって大切な君を守るための力、そのどちらが上かを決めてしまうことで今後の気持ちのありようが大きく変わることになるだろうね」
「クラヴィス様は私を家族みたいに思ってくれてると感じますが、王子に関してはこんな試合をする程私を大切に思っているとは思えないんですけど」
「うーん、兄上に関してもずれてる気がするけど、王子についてもわかってないみたいだね」
「そうですよリファ様、エルハルト王子はあんなにリファ様にご執心じゃないですか」
ご執心?顔を合わせる度に揄われてるようにしか感じないんだけど。それにもしエルハルトが私に執着してるとしても、それは王族として神人としての能力を欲しがってるだけだろうしね。
「君の『天上の癒し』を受けたのが二人にとって一番大きいんだろうね。色々な意味でインパクトが大きすぎるんだよ、あれは。今後はできるだけやらないようにした方がいいね、でないと堕ちる人が今後も増え続ける」
「堕ちる……ですか?でも本当に必要な時は……躊躇う訳にはいかないと思います」
「うん、完全に無自覚だねこれ……」
「リファは罪づくり」
「リファ様は『あれ』をあくまで医療行為と考えてますからね……やられた側は絶対そうは受け取らないってことに全然気づいてませんから」
3人揃って小声で話し合いながら「やれやれ」って感じでため息ついてる。そりゃやらないに越したことは無いと思うけど、それで助けられずに後悔するのだけは嫌だからね。
そんな話をしていたらちょうど二人が闘技場の中央に向かって歩いてくるのが見えた。いよいよ試合が始まるらしい。エルハルトは演習の時と同様片手剣と小盾、クラヴィスは両手剣のスタイルだ。
「逃げずによく来たな」
「逃げるわけにはいきません。彼女を守る責務からも、そして貴方からも」
「よくぞ言った。手加減はしないぞ?」
二人が軽く剣を打ち合わせ、待機位置まで下がって静止する。その後沈黙が場を支配した。
「ヴァイド様、王子とクラヴィス様のどちらが強いんですか?」
レイナが物怖じせずに聞きにくいことをずっぱりと聞く。怖いものなしだね、君……。
「なかなか難しい質問だね。はっきり言ってしまうと精霊魔術を遠慮なく使うならば王子の圧勝になるだろうね」
「え!?そんなに精霊魔術って強いんですか?」
「ああ。精霊魔術による身体強化は気功術のそれよりも倍率が高いし、何より近距離から遠距離までどのレンジからでも魔術による攻撃が可能な点が大きい。そもそも魔術も精霊魔術も基本的には対人スキルではなく、対軍スキルだからね。一騎打ちで使うようなものではないんだよ。先日の演習みたいにお互いそのスキルを持ってる場合は別だけど」
「じゃ、じゃあクラヴィス様は絶対勝ち目ないってことですか?」
「いや、王子も精霊魔術の圧倒的な優位性は承知のはず。王子自身のプライドもあるから恐らく身体強化以外は使わないで勝負するんじゃないかな」
「あ、それなら……」
「ただ、王子はあらゆる分野において抜きんでた結果を容易く出せてしまう正真正銘の天才と言われてるんだ。剣技だけの勝負になったとしても正直どちらが勝つかはわからないね」
「……それでも私は、クラヴィス様を信じています」
「そうだね、勝負はやってみなければわからない。僕らは兄上を信じよう」
あのレジェンディア侵攻からクラヴィスは以前にもまして鍛錬に身を入れていたように見えた。元々強かったクラヴィスが更に強くなったのなら王子にもそうそう引けを取らないと思うけど……。
そして審判の「始め!」の号令と共に二人が同時に身体強化を掛ける。エルハルトは精霊魔法による碧の光を纏ったもの、クラヴィスは気功術によるもので強化倍率はエルハルトに軍配が上がる。
そして二人が同時にお互いに向けて駆け出し、クラヴィスが先に構えた剣を大上段に振り下ろす。それを王子は小盾で受け流し、体勢が僅かに崩れたクラヴィスの腹をめがけて回し蹴りを放つ。その蹴りを体をよじって躱したクラヴィスが今度はそのまま回転様に横薙ぎに剣を振るう。それを身を屈めて避けたエルハルトがクラヴィスの胸を狙い剣を突き出すと、それを戻した剣でクラヴィスが弾き返し、一旦距離を取った。
「……凄い……」
「この前のアーヴァレスト団長と王子の一騎打ちとはまた違ってシンプルだけど見応えがあるね」
今度はエルハルトが先に動き、鋭い突きを何度も繰り出す。クラヴィスがそれを剣身でなんとか弾くが動きが止まってしまったところで目の前からエルハルトの姿が消える。気配を探ると背後から殺気を感じ、振り返ると身を低くしたエルハルトがクラヴィスの下腿を狙って横薙ぎに剣を振るう姿があった。
剣で防ぐ余裕はないため後方に飛んで躱すもそれを追ってエルハルトが更に剣戟を繰り返し、クラヴィスを追い込んでいく。
「な、なんか段々とクラヴィス様が押されているような……」
「まずいね、王子の動きがあまりにも速過ぎる。身体強化の差もあるけど、剣技自体も下手すると王子の方が上かもしれない。まさかあそこまで強いとはね……」
エルハルトの顔には余裕がみられるのにクラヴィスの顔はどんどん険しいものになっていくのがわかる。
「こんなものか?お前の力は」
「……!いえ、まだこれから、です……!」
腕力、体捌きのキレ、剣速いずれも僅かにエルハルトの方が上回っている以上このまま切り結んでいてもジリ貧になるのは目に見えている。多少のリスクを負ってでも大技で状況を引っくり返す必要がある。そう判断したクラヴィスが強めにエルハルトの剣を弾き、距離を大きく取る。
代々グランマミエ王国を守る盾として強大な領軍を纏めてきたハミルトン家は魔術に頼らずに高い武力を身に着けるため、たゆまぬ鍛錬と研究を数百年と続けてきた結果、気を剣に纏わせる気剣術という独自の戦闘技術が編み出した。嫡男であるクラヴィスも幼い頃より厳しい鍛錬を積むことによりそれをある程度扱うことができる。当主であるハワードに比べるとやや未熟であり、精神力の消費も激しいため使いどころが難しいものではあるが今は出し惜しみをしている余裕はない。
クラヴィスは深呼吸をして気を剣に集中させていく。すると剣身全体が赤い光を帯び始める。
「ほう、器用なものだな。それが噂に聞くハミルトン家の気剣術か」
「はい、これが私の切り札です。ここからは全力で行きます……!」
クラヴィスがエルハルトに向かって横薙ぎに剣を振ると、剣筋に沿って赤い半月状の剣閃が勢いよく飛んでいく。間合いの外の剣から突然飛んできた剣閃をエルハルトが小盾で弾き飛ばすも、予想以上の衝撃に一瞬エルハルトの体勢が崩れる。そこを狙ってクラヴィスが大上段に斬りかかるがエルハルトは剣でしっかりと受け止める。
「ふん、まさか気功を刃に変えて飛ばすとはな。その上膂力、切れ味共に先程より上がっていると見える。さすがハミルトン家の秘伝だな」
「恐れ入ります。が、遠慮はしません。決めさせて頂きます!」
「大きく出たな。やってみせろ!」
言うが早いか、今度はエルハルトの剣が青い風を纏い出し、クラヴィスを押し返す。
「クラヴィス様、本当に凄い……エルハルト王子と対等に戦ってます」
「あれは正真正銘兄上の切り札だからね……だけど、ちょっとまずいかもしれない」
「えっ!?」
今の所良い感じにクラヴィスが押し返してるように見えるけど、何がまずいんだろう……。
その後もクラヴィスが剣戟を繰り返し、エルハルトがそれを捌く時間が続く。エルハルトが防戦一方のようにも見えるが、逆に押してるはずのクラヴィスの顔色が少しずつ悪くなっていく……そして遂にその時が訪れた……。
幾合目かの剣が打ちあわされた瞬間、バキィンッ!、と音を立ててクラヴィスの剣身が折れてしまったのだ。しかしなぜかエルハルトは追撃をせず、剣を下ろす。
「予備の剣を取るが良い」
「……恐れ入ります」
エルハルトの許しを得て予備の剣を取るも、クラヴィスの様子がおかしいことに気づく。全身から滝のように汗を流しており、息も荒く顔色も真っ青だ。
「気剣術とやらの弱点を露呈してしまったな。最早立っているのもやっとだろう?」
気剣術は使用している最中常に精神力を消費し続けるが、気を纏わせた武器はよほど特殊な金属製でない限り強度が下がり、折れやすくなる。そして気を纏った状態で武器を破損するとその部分から一気に気が抜けてしまい精神力が枯渇寸前にまで至ってしまう。長期戦に持ち込まれ、武器まで破損し精神力を失ったクラヴィスに到底勝ち目は無かった。
「まだ、……まだ私は戦えます」
「よかろう。決着を付けてやる」
そういうが早いか、エルハルトの姿が一瞬で掻き消え、気が付いたらクラヴィスの懐に入り込んでおり、剣を振り上げると同時にキンッ!と甲高い音と共にクラヴィスの剣が弾き飛ばされ、地面に突き刺さる。
そしてエルハルトの剣先がクラヴィスの首元に突き付けられた。
「……参りました……」
「私相手によく頑張った方だ……と言いたいが、色々と足りないな」
項垂れるクラヴィスに何かを囁いた後、剣を収めながらエルハルトがこちらに向かってくる。
「これでわかっただろう。あいつではお前を任せるには力不足だ。俺を選べ、リファ」
「……!」
目の前まで来たエルハルトが私の顔を覗き込み、そう言ってきた。
「わ……私は武力だけを見てクラヴィス様に婚約者になって貰ったわけではありません!」
「だが、力が足り無ければ守れぬものもある。それはお前自身が一番わかっているのではないか?」
「……っ!……」
「お前が俺の物になるというならその見返りに俺も全てをお前にくれてやろう。王太子の名に懸けて何物にも傷つけさせはせぬ。ゆっくりと考えることだな」
エルハルトから溢れ出る自信と威厳に圧倒され、何一つ言葉を発せられない私達を置いて王子が去っていく。その王者たる端然とした表情と闘技場に跪くクラヴィスの沈痛な表情はあまりにも対象的だった……。




