第五十五話 開戦の予兆
私とクラヴィスの婚約発表が王に通達され、数日が経過した。とはいえ、別に大々的に触れ回るわけもなく王族と天神教に届け出を出しただけなので特別何が変わったわけでもない。そう思っていた時が私にもありました……。
ある日女の子だけで評判の良いケーキ屋の美味しいケーキを楽しんでいたところ、何やら妙に視線を感じた。そこで周りを見渡すとコソコソと私達を見ながら小声で何かを呟いている。何だろうと思い、耳の良いミリューに内容を聞いてもらった所、こんな感じだった。
「あの綺麗な女の人、リファ様よね!絶対間違いないよ!」
「うん、輝くような銀髪に紫色の瞳で凄い美人ときたらあの人以外いないからね」
「え、じゃああの人が天神の巫女様なの!?なんでこんな所でケーキ食べてるの!」
「知らないわよ。でも本人だとしたら例の婚約者は一緒じゃないのかしらね」
「リファ様の婚約者っていうとハミルトン家のクラヴィス様よね!あの人もとんでもない美形だって話だから一目見たかったなぁ」
「今話題の美男美女の組み合わせだからねー。王都中この話題で盛り上がりまくりだし。」
「片や王子を救い、沢山の兵士をも救った才色兼備の天神の巫女、片やレジェンディア侵攻で相手の兵士を最も多く倒したとされる超絶美形の伯爵家嫡男、このカップルが話題にならない訳ないよねー」
……こんな感じでめちゃくちゃ噂になっていたらしい……。
おかしいな、精々貴族間で少し話題に上る程度かなって考えてたのになんで王都中のホットニュースになってるのかな!?
やっぱり天神の巫女の称号持ちなのがまずかったみたいだ。折角の美味しいケーキなのにあまりの衝撃に味がよくわからなくなっちゃった。ケーキ好きのクラヴィスのためにお土産買って帰ろう……。
※※※※
ほとぼりが冷めるまで暫く別邸に籠っていようと決心した矢先に王室から呼び出された。仕方なく王城に赴き、会議室でマティアス王の到着を待っていると扉が開かれ王が入室された。
「よく来てくれた、楽にしてよいぞ」
今日はマティアスと宰相、そして王子二人が会議に参加するようだ。
「まずはリファ、クラヴィス両名の婚約についておめでとうと言っておこう」
「「ありがとうございます」」
「だが現段階ではあくまで婚約でしかないとも言えるし、リファを狙う者がどう動くかは未知数だ。気を付けるがよい」
「「はい、肝に銘じます」」
「そうですな、逆に障害があることで燃え上がる者もいるようですし。油断せずしっかりと脇を固めることをお勧めしますよ」
サヴァリス宰相、怖いこと言わないで下さい……どこまで冗談なのかわからないのが余計に怖いです。
「話は変わるが、先日リファが行った講義の中で新型ポーションの話が出たな。余も学者に確認させたがあれは非常に有効かつ利用価値の高い物であることがわかった。何よりBP程の効果は見込めないにしても大量生産できる点が大きい。今後最優先で現行ポーションからの切り替えを進め、量産体制を整えていく予定だ」
「それは何よりです。新型が普及すればより多くの命を救える可能性が高まると思います」
「うむ。ただ其方にとっては望ましいことではないかもしれないが、新型ポーションの量産が進み一定量が確保された暁には……余はレジェンディアに攻め込む予定だ」
「「「!?」」」
あまりの衝撃にクラヴィス、ヴァイド、私の三人は完全に固まる。なぜそのタイミングで戦争を!?
「驚くのも無理はない。だが互いの所有するポーションに絶対的な差が発生したそのタイミングを逃すわけにはいかんのだ」
「あ……あの、では私が新型ポーションを作ったから……戦争が始まるのですか?」
「ふむ。いや、そうではない。仮に新型ポーションが無かろうと戦争自体はいずれ始める予定であったのだ。元々レジェンディアとは短い周期で小競り合いをしていた上に先日はここ数年で最も大きな侵攻があったばかりだ。だがあの時もあくまで押し返しただけで領土や賠償金を得られたわけでもない。それを踏まえて、そろそろ余も王としての結果を出す時期が来たかと考えている」
「王としての結果、ですか……」
「余の治世もあと10年あるかどうか、それであればあともう一つばかり大きな花を咲かせておきたいという思いは女の其方にも理解出来なくはなかろう。戦争を始めるとはいえ、別にレジェンディアの王都まで攻め込むわけではない。ある程度勝利を重ね、幾ばくかの領土を得た時点で休戦に持ち込むつもりだ。さすがに全面戦争をするほどの余裕はお互い無いのでな。それにそこまで疲弊してしまっては第三国に付け入る隙を与えかねん。そういう訳でそなたの新型ポーションはあくまで切っ掛けに過ぎず、タイミングが少し早まったにすぎん。あまり気に病むな」
「あ……御配慮ありがとうございます……」
そうは言っても切っ掛けにはなったわけで、戦争になったらまた沢山の人の命が失われる。そう思うと責任を感じないわけにはいかないよ。
「リファ殿は優しい方だからそう簡単には割り切れないでしょうな。そんなリファ殿の思いを汲むためにも、開戦後も可能な限り早く戦争を終わらせ、犠牲者を最小限に留めるように宰相として尽力すると約束しましょう」
「サヴァリス宰相……お気遣いありがとうございます」
「新型の量産体制が整うまでまだ時間はかかる。其方らは新型ポーションの量産が軌道に乗り次第一旦領地に帰り、辺境伯として戦争がいつ始まろうと対応できるように準備を整えるように」
「「「仰せのままに」」」
会議室を出た後にエルハルト王子から呼ばれ、現在客室にエルハルト、クラヴィス、私、レイナとミリューの五人が座っている。突然この部屋に呼びつけられたわけだけど、エルハルトは一体何の用があるんだろう。
「あの、エルハルト王子、何故私たちはこの部屋に呼ばれたのでしょうか」
「む、ああ。まずは、そうだな……演習で私の命を救ってくれたことについて礼を言っていなかったのでな。お前の治療に深く感謝している」
「いいえ、私は薬師として当然のことをしたまでですのでお気になさらずとも結構です」
「私を助けるためにお前は色々と隠したかったものを晒すことになった。それも含めて礼を言いたい」
「勿体ないお言葉です。ですが、王子はあくまで被害者であって、もし責があるとすれば襲撃した者達だけです」
「いや、あのような賊風情に不覚を取った私自身にも責はある。二度とお前の前であんな無様は晒さぬと誓おう」
ここでエルハルトが妙に力強い目で私の目を見るものだから思わずたじろいでしまう。
「は、はい……」
「それはそれとしてだ。お前とクラヴィスは先日婚約したわけだが、それはお前を望まぬ婚姻から守るためのものだな?」
「え!?あ、あの……」
まさかエルハルトから直球でそこを突っ込まれるとは思っていなかったので言葉に詰まってしまう。そりゃ皆薄々とはわかってるだろうけど実際に言葉にするかどうかは別の話だ。
「エルハルト王子、確かにそういった側面も否定できませんが、それだけではありません。私が望み、リファ君が了承してくれた結果です」
私が何も言えないでいるのを見かねてクラヴィスが助け舟を出してくれる。
「ほぅ?ではお前はリファを心底好いているというのか」
「そういった方面に不器用な私には分かりかねますが、彼女を大切な存在と思っていることは間違いありません」
「ふむ、煮え切らん男だな。では質問を変えよう。お前にこの女を守る力があるのか?」
「……!」
「この女は神人だ。いずれその事実は明らかにされ、その力を大陸全土から狙われることになるだろう。そうなった時にお前はこいつを守り切れるのかと聞いている」
「……この命に代えても守り切る所存です」
「はっ、命に代えてもだと?お前が命を落とした後は放置か。それでよく守り切ると抜かしたものだな」
「ぐっ……!」
「王子として、その程度の覚悟と力しか持ち合わせていない奴に天神の巫女を任せるわけにはいかんな」
「……王子が認める力と覚悟を私がお見せすれば満足されますか」
「ああ、是非見せて欲しいものだな。三日後闘技場で私と戦い、お前の力を見せて貰おうか」
「了解しました……!」
え、あの、いや、……何が何だかわからない内にエルハルトとクラヴィスの決闘が決まってしまった。私絡みの話なはずなのに完全に蚊帳の外にされてる気がするのは間違いじゃないと思う。
何がどうしてこうなった……。
「リファ、モテモテ」
ミリュー、お願いだから空気読んで!




