第五十二話 天神の神子
「……リファ、其方は≪神人≫なのか……?」
遂に……王にこの質問をされてしまった……。この質問に対しては拒むことも嘘をつくことも出来ない。最悪のケースを想定してはいたものの、いざそうなってみるとどうしようもない恐怖感が全身を襲う。自然と涙が溜まり、零れ落ちそうになる。ああ、本当にこの身体になってから涙脆くなっちゃったな。でも今は、泣いて良い場面じゃない……!
「はい……私はその≪神人≫……だと思います」
覚悟を決めて涙をこらえ、ゆっくりと答える。私の返答を聞いて王以外の王族に動揺が走る。その反応を見る限り、そこまで疑っていたのは王だけのようだ。でもこれ以上の問答は私には荷が重い。だから……。
「マティアス王、ここから先は私に説明させて頂けないでしょうか」
ここからはヴァイドにお願いすることになっていた。
「ヴァイドか。リファはかなり動揺しているようだ、其方に任せよう」
「なぜ先程のリファ君の返答が『だと思う』なのか、色々と疑問もあると思われます。全ての始まりはリファ君と私との出会いからでした」
そう切り出すと、ヴァイドが前もって擦り合わせしておいたこれまでの流れを説明していく。
ミュートリノ市でフラン師匠と一緒に夜道を歩いていたところを賊に襲われ、師匠が殺されたこと。そして私も瀕死の状態になり、そこに通りがかったヴァイドが私の命を助けるために禁術を施行し、神人に転変させたこと、そしてハミルトン家に居候することになったこと。そこまで説明し終えると、さすがに王達も驚きを隠せず暫くの間口を噤んでしまった。
「つまり其方は禁術である転変により神人となった、というわけか。あの禁術は成功率自体が極端に低い上に神人に成った者などこの数百年間現れたことは無い。俄かには信じられんが、ここで余を謀るようなことをハミルトン家の者がするわけもない、か……」
微妙に真実と虚実を織り交ぜた内容にしてはいるけれど、さすがに全てをありのままここで打ち明けるわけにもいかないというのがヴァイドの提案だった。それにしても、遂に王族にまで神人であることが知れてしまった。これから一体どうなるんだろう……。
「色々と衝撃的な事実が判明してしまったが、これまでの其方の起こしてきたことを振り返れば逆に納得も行く。先日の一件で其方がBPの製作者だという話は既に広まってしまっているが、これ以上の混乱を避けるためにも神人であるという事実は暫く国民には伏せておこう」
すぐに神人のことを国民に公表するわけではないのは助かる。私を狙う連中が一気に増えるのは想像に難くないしね。
「そこで其方に与える褒美についてなのだが、最初に其方は褒美は必要ないと言っていたな。それではこちらで提案をしても構わぬか?」
「え!?は、はい……」
「余は此度の其方の功績とレジェンディア侵攻における功績に対する褒美として『天神の巫女』の称号を授けようと思う」
「え、天神の……巫女……でしょうか?」
「まずは天神の巫女とは何なのかを説明せねばならんな」
マティアスの話によるとこうだ。グランマミエ王国1600年の歴史において数人の神人の存在が確認され、いずれも強大な力と知恵をもって王国に繁栄をもたらしたとされている。そしてその最初に歴史上に現れた神人が『天神の神子』と呼ばれたことを踏まえ、強大な力を持ち、今後も王国に多大な貢献を成すことを期待される者に『天神の神子』の称号が与えられるようになったという。
初代以外の『天神の神子』は神人ではなく人族と考えられているが、当然並大抵のことではその称号を与えられることはなく、これまでその称号を得たものは5人しかいない。そして天神の神子が女性の場合は天神の巫女と呼ぶと決められている。
「この称号を持つ者自体がここ2百年はいなかったため知らない者が大半であろうな。しかし、其方のこれまでの功績と能力を考えれば天神の巫女としての資格は十分にあると言えるだろう」
い、いや……突然そんなこと言われても……。むしろそんな称号貰ったら神人の疑いが強まるのでは……。そんな考えが見事に顔に出てたようで、私の顔を見た王は苦笑すると、
「其方の不安は最もだ。確かにその称号を得た其方を神人ではないかと勘繰る者は確実に出るであろう。だが、歴史上本物の神人であった『天神の神子』は唯一人しかいない。それ以外はあくまで『強大な力を持つ人族』なのだ」
「あ……」
「神人と既に疑われ始めている其方をあえて『天神の巫女』とすることで、逆に人族でありながらその称号を得たという体裁にできる」
「そもそも『天神の巫女』に選ばれる上での大前提として人族であることがあるわけですから、逆説的に神人ではないかという疑いを払拭できるというわけですね」
「そうだ。そしてこれが最も重要なことだが、『天神の巫女』の称号を持つ者は子爵の爵位持ちと同等に扱われることになる」
「子爵……つまり貴族扱いになるということですか?」
「うむ。ただし、子爵級の貴族と同等に扱われるというだけで領地もなく、当代一大限りの爵位となる」
「は、はい、それはむしろ私にとっては何も問題ありません」
私は即答するが、王は予想済みの反応だったようで軽く頷いて話を続ける。
「『天神の巫女』と言っても特に決められた職務があるわけでもない。基本的には自由に行動して貰って構わん。ただ其方の力が必要な要事が起きた場合にはこちらから要請を出すこともあるだろう」
「お陰様で称号の基本的な条件や権限についてはよく理解できました」
「そもそもなぜ其方にこの称号を与えるか、その理由はわかるか?」
「私から神人としての疑いを遠ざけるのとは別に、おそらく……私に爵位を与えるためかと思われます」
「その通りだ。今後其方の重要性は確実にこの国、いや大陸においても日増しに増していくことだろう。そしていずれ神人であることも公表せざるを得ない時が来る。その際に其方の身分が平民では困るのだ。最低でも貴族以上でなければ其方を守ることもできん。信頼のおける高位貴族の養子にすることも考えたが情報がどこで漏れるかわからんからな。一番望ましいのは……いずれかの王子と縁談を結び王族に入ってもらうことなのだが……」
ひぃっ、また話がそこに戻ってきた!私がひきつった顔でのけぞるのを見た王はくつくつと笑い、
「とはいえ今はまだ其方にその気は無さそうだ。余としても息子の命の恩人に婚姻を強要するのは些か良心が痛むのでな。あくまで息子達の努力に期待するに留めておこうと考えている、今のところはな」
い、今のところって……それって状況次第でどうにでも変わるってことですよね。そもそも王様自身が良心なんてものに左右される程生易しい人ではないと思う。
今日も色々なことがありすぎた。帰ったら長ーい家族会議が待ってるねこれは……。




