第五十話 天上の癒し
事はアーヴァレストとエルハルトの一騎打ちが終わった直後に遡る。
「お疲れ様でした、エルハルト様」
エルハルトの従者であるロータスがタオルと水を差し出す。まだ負けたのを気にしているのか不機嫌さを隠そうともせずに「ああ」と答えながらタオルで汗を拭き、水をグイグイと飲む。そんなエルハルトの様子を見たアーヴァレストは身体は大きくなったがまだまだ中身はガキだなと思い苦笑していた。わざわざ噂の少女を招待したのは俺を倒して良いところを見せようと考えたんだろうが、あいつが女に執着するなんてこれまで見たことが無い。これから面白いことになりそうだ、なんて考えていると、突然エルハルトが水を吹き出し、苦しそうに膝をついた。
「ぐっうっ……ロ、ロータス……?」
「おい!?どうしたエルハルト?」
「流石に耐性が強いようだ、だが暫くは動けまい」
ロータスが自分の顔の皮を剥ぎ取ると下から見知らぬ男の顔が現れた。賊か!?即座に駆け寄り切り捨てようとするが、それを邪魔するように俺にも3人の黒ずくめ共が切りかかってきやがった!
「邪魔だぁ!」
まず右手から来た奴を一刀両断する。そして後ろから来た奴を横薙ぎで弾き飛ばす。そこで左手からナイフが10本飛んできた。大剣を横にし全て弾くが、こんなことしてる場合じゃねぇ。エルハルトが!
「……ぐぁあっ!!」
エルハルトの叫び声が聞こえた瞬間、全力で残った奴を袈裟切りにするが、俺の目に入ったのはエルハルトが左胸と腹に短剣を深々と突き立てられ倒れ伏した姿だった……。
※※※※
状況からみてエルハルトが賊に狙われているのは明白だったので全員で大急ぎで階段を降り、闘技場へと入る。ようやくエルハルトの元に辿り着いた時にはアーヴァレストが最後の賊を切り捨て、こちらに向かってくるところだった。エルハルトは胸と腹からの大量出血のため顔色が真っ白になっており、まだ辛うじて意識は残っているが非常に危険な状態だ。
「いやあ!エル兄様!こんなに血が!」
「兄上!しっかりして下さい!兄上!」
パニックになりかけているミカエラとグリフィスが必死にエルハルトに縋りついている。こんな状況でも王と王妃は冷静に指示を出しているようだ。私は……薬師としてできることをする……!
「特級ポーションかBPはありませんか!?」
「す、すいません、今朝確認した時にはこの救急ボックスに特級ポーションもBPも入っていたはずなんですが、それらも含めて殆どのポーションが無くなっているんです!」
救護兵に問い詰めるも肝心のポーションが無いという。
「在庫は無いんですか!」
「倉庫に行けば恐らくあると思いますが、かなり遠いので往復で20分はかかります……」
20分!?それじゃ間に合わない!
「……上級ポーションはありますか!?」
「は、はい、上級なら体力回復薬と創傷治療薬が1本ずつだけ残っています」
普通に使っても上級二本じゃとても追いつかない……どうすれば助けられる……考えろ……どう考えてもあの手しかない!
「その二本を下さい!そして王子の傷を純水で洗い流して!その後は剣を抜き、すぐに圧迫止血を!」
「は、はい!」
「待て」
そこで兵に指示を出していたはずのマティアス王から声がかかる。時間が無いのに!
「余が見た限りではその二本のポーションでは到底エルハルトを助けることは叶わん。其方、何をするつもりだ」
「王子を助けるための賭けに出ます……国王陛下、私に任せてはいただけませんか」
「ふむ……賭けか。王子の命をベットにするからには……わかっておろうな」
……失敗したら私の命はないかな。でも今この場で彼を助けられる可能性があるのは私だけだ。薬師として絶対にここで引き下がる訳にはいかないし、勝ち筋は見えてる。後は気合とハッタリで乗り切る!
王の目を真っ直ぐに見つめ、声が震えないように慎重に言葉を紡ぐ。
「……はい。『天上の癒し』を陛下の御前で御覧に入れてみせます」
「……よかろう、其方に任せよう」
「何を馬鹿なことを!兄様の命をこんな若い薬師に預けるおつもりですか父様!?」
ミカエラが王に掴みかかるも、王は手を翳すだけでそれを制した。王の許可をもらったので深呼吸することで精神を集中し、上級ポーションを両手に持つ。そして瓶の中に全神力を注ぎ込み混ぜ合わせる。
本来BPは材料を混ぜ合わせる過程で神力を封じ込めて作製するが、既に作成済みの通常ポーションに神力を封じ込めることでBPに造り替えることも可能なのだ。ただし、材料から作る場合よりも遥かに多くの神力を必要とするため普段は行わない。1本だけでもきついのに2本ともなると私自身の精神力が持つかどうかも怪しいけれど、これまでの修練を信じてやるしかない……!
やがて2分程で2本とも光を纏う上級BPポーションに無事変化させることができてほっとする。
「あの光……あれは……まさか」
「今、この場で……BPを作り出したというのか……!?」
「嘘でしょう……!?リファさん、あなた一体……」
既にこの時点で殆どの神力を使い果たして体がふらついていたがなんとかエルハルトの横に座り、圧迫止血をしていた人にどいて貰い、胸と腹の傷口に創傷治療薬を振りかける。そして息も絶え絶えなエルハルトの頭を左腕で支え起こし、話しかける。
「エルハルト王子、これは治療行為です。お嫌かもしれませんが受け入れて下さい」
右手に持った体力回復薬を半分口に含み、エルハルトの頤を持ち唇と唇を重ね合わせポーションを口内に流し込む。
「何……を!?……んんっ!……」
「……んぅ……んっ……」
エルハルトは大きく目を開けて茫然としていたが、特に抵抗なく飲み下してくれた。更にもう一度口移しで残り半分の体力回復薬を流し込んで飲ませる。そうして一息ついたところでエルハルトの体全体が強い光を放ち、傷口がみるみる塞がり顔色も良くなっていった。なんとかうまくいったみたいだ。ほっと安心してへたり込んでしまう。
「こ、これは……なんということだ」
治癒が終わり、何事もなかったかのように淀みなく起き上がったエルハルト自身が吃驚して戸惑っている。この人のこんな顔初めて見たかもしれない。ちょっとだけ以前意地悪されたことへの溜飲が下げられたかな。思わず二へっと笑いかけるとエルハルトがそっぽを向いた。むぅ、助けてあげたのにちょっと酷くない?
「兄様!もうお体は大丈夫なんですね!本当に良かった……!リファさん、ありがとう……!」
「リファさん、兄上を治していただき本当にありがとうございます。貴女は我が王族の恩人です!」
ミカエラがエルハルトを見て号泣しながら、そしてグリフィスがいつも以上に目をキラキラさせながら私に御礼を言ってくる。うん、色々な意味で揺るがないね君達……。
「エルハルト!本当に助かったんだな!凄いなお前!ありがとな!」
完治した様子のエルハルトを見て大感激したアーヴァレストが私の背中をバンバン叩く。この人見た目はおじさんなのに中身は子供みたいな人だな、なんて苦笑しながら受け入れるけれど、滅茶苦茶痛いです。というか、神力の使い過ぎでもう倒れそうです。フラフラして倒れそうになった私をミリューとクラヴィスが支えてくれる。
「リファ、だいじょうぶ?」
「ありがと、ミリュー。ちょっと力、使い過ぎて、疲れただけ……だから」
「マティアス王、リファ君は治療で力を使い果たしています。既に王子の状態も安定したようですので彼女を休ませたいのですが宜しいでしょうか」
「ああ、勿論だ。親として、そして王として礼を言う。後は我らに任せて下がると良い。だが後で色々と話は聞かせて貰うぞ」
「リファさん、エルハルトの母としてわたくしからもお礼を言わせてね。息子を救ってくれて本当にありがとう。ゆっくり休んで頂戴ね」
ああ、なんか色々とやらかした気がするから後で大変なことになりそうだ……。でも、今は……何も……考えられないや……そこで私は眠るように意識を失った。




