第四十九話 精霊魔術の使い手
パーティーから数日経過し、現在私たちは王城から少し離れたところにある近衛騎士団の演習場で見学している。ここは大規模な演習でも問題なく行えるように領軍の訓練施設の3倍くらい広い敷地を誇っており、今座っているのは一番大きい闘技場をグルっと取り囲むように設置してある椅子だ。
王子からの招待ということで私、クラヴィス、ヴァイド、ミリュー、レイナの5人が中段の特等席を用意してもらっている。そしてそのすぐ横にマティアス王、ラフィリア王妃、グリフィス王子にミカエラ王女と王族も勢揃いして座っていた。なんで王族までこんな近くで見学してるの……。
近衛騎士団は王国最強と言われるだけあって本当に練度が高く、一糸乱れぬ隊列を見事に指揮しているアーヴァレスト団長が物凄い存在感を放っていた。部隊を二つに分けての戦闘演習も非常に迫力があり、最初から最後まで真剣に戦う騎士達の姿は騎士としての誇りと自負を強く感じられるものだった。
ただ、最後のアーヴァレストとエルハルト王子の一騎打ちがあまりにも凄かった。互いにある程度の距離を置いてから武器を構え、両者が身体強化の光(エルハルトは碧の、アーヴァレストは茶色だった。精霊魔術の属性の色らしい)を纏ったと同時にお互いに向かって駆け出し中央で剣を打ち合わせてからはもう……嵐をみているような感覚だった。文字通り口を開けてポカーンだ。
アーヴァレストの武器は2m程もある無骨な大剣で、エルハルトの方は片手剣と小盾のオーソドックスな攻守共に行えるタイプだ。最初の激突の後に両者がまた一旦距離を取り、アーヴァレストが大剣を大きく振りかぶり地面に叩きつけると、その地点からエルハルトに向かって地面から土でできた波が発生して押し寄せていく。エルハルトはそれを躱しながらアーヴァレストに向かって走り寄り、剣を横薙ぎに振るうと剣筋に沿って白色で半月状の風でできた剣閃が一直線に飛んでいく。アーヴァレストはそれを横手に持った大剣であっさりと弾き飛ばし、その隙に近づいてきたエルハルトに向けて左の掌を翳し、呪文を唱える。すると左手の前方に30cm程の長さの鋭利な石の槍が5本中空に出現し、エルハルトに向かい射出される。
5本中2本は躱したエルハルトだが、全てを躱すのは難しく2本を左腕の小盾で弾き、最後の1本は剣で叩き落す。その瞬間にアーヴァレストの大剣が勢いよくエルハルトの体の中心目掛けて突き出され彼の身体を貫いたかのように見えたが、一瞬のうちにエルハルトの姿は消えておりアーヴァレストが何かに気づいたように上を見上げるとそこには剣を両手で振り下ろすエルハルトの姿があった。大剣を下から振り上げてエルハルトの剣を勢いよく弾き飛ばし、再び距離を取る。そうして一進一退の攻防は1時間にも及び、互いの体力がいよいよ限界に近付きつつあるように見えた。
先に動いたのはエルハルトだった。右手を横薙ぎに翳すと正面に4つの直径40cm程、高さは10m程の竜巻が発生し、それを蛇行させながらアーヴァレストに向けて走らせる。団長は落ち着いて1本ずつ竜巻を大剣で切り飛ばし、叩き潰していくがその隙に剣に竜巻を纏わせたエルハルトが勢いよく駆け出す。それを目視したアーヴァレストは大剣を地面に垂直に突き刺し、正面に縦横2m程の石壁を4枚地面から突出させる。エルハルトはその石壁を難なく切り崩していき、最後の石壁を切り飛ばしたが、そこに待っていたのは黒光りする鉱石で構成された鎧を纏い両腕をクロスさせた状態で待つアーヴァレストの姿だった。
「来い、エルハルト!」
「自慢のその金剛鎧装を打ち砕いてやる!」
そして勢いよく両者が激突する。竜巻を纏った剣がアーヴァレストの金剛鎧装をガリガリと削っていく。やがて金剛鎧装の両腕の手甲がほぼ崩れ落ちた時、エルハルトの表情が僅かに緩む。
「甘いんだよ!」
「ぐぁっ!」
一瞬気が緩んだエルハルトの顔面に向けてアーヴァレストが頭突きを繰り出し、慌てて小盾でそれをいなすが一度崩れた体勢は致命的な隙を生み、アーヴァレストが右足を地面に打ち付けたと同時にエルハルトの真下から直径3m程の円柱が地面から突き出し勢いよくエルハルトを上空に弾き飛ばす。勝負あったかに見えたがエルハルトは諦めてはいなかった。剣に残る全ての精神力を注ぎ込み青白い竜巻を纏わせ、落下の勢いも利用し剣を突き出した体勢のままアーヴァレストへと一直線に突っ込んだ。
アーヴァレストもエルハルトがあれで終わりとは思っておらず、地面から垂直に突き出させた石板を根元から折り、直径1m四方の正方形に成形した後更にそれを鉱石でコーティングさせることでより強固な盾とし、エルハルトの特攻に備えて構える。
「俺の金剛盾を破れるかな?」
「貫いてみせるさ、今日こそはな!」
ドガアァァァッ、ガリガリガリ……!!
盛大な激突の後、竜巻と盾のぶつかり合う音が鳴り響く。いつまで続くかと思われたが、アーヴァレストの「ハアッ!」という掛け声と共に大きく突き出された盾が竜巻をバンッと音を立てて吹き飛ばし、エルハルトも一緒に吹き飛ばされ仰向けに倒される。そしてすぐに起き上がったエルハルトの眼前には団長の大剣の切っ先が付きつけられていた。
「……参った」
エルハルトにしては珍しく不快な表情をしながらも、潔く敗北を認める。
「まぁ、大分前よりは使えるようになったな。だがまだまだ精進が必要だな」
ニカッと笑ったアーヴァレストがエルハルトを助け起こし、バンバンと背中を叩きながらゲラゲラ笑う。エルハルトは渋面になりながらも流石にアーヴァレストには頭が上がらないらしく、「次は勝つ」とか言いながらも為されるがままになっている。
……いや、あの……精霊魔術ってこんなに凄いの……?もう完全に人間離れしすぎてて訳が分からないんですけど。いやまあ、あの二人が特別強いっていうのはわかるんだけど本当に凄い。
「何というか、色々な意味で凄すぎてどれ程凄いのかわからない位ですね……」
「ああ、本当に凄い。私もまだまだあのレベルには程遠い」
クラヴィスが悔しそうに言うけど、あれ多分精霊魔術ありきな所もあるし、あまり思いつめなくてもいいと思うけど……。クラヴィス自身ハミルトン領では多分一番強い騎士だしね。でもなんて声掛けたらいいんだろうとか思っていたらなんだか急に周りがザワザワと騒がしくなった。
何かと思い、闘技場を振り返るとそこには血まみれで倒れているエルハルトの姿と黒装束の男達と戦うアーヴァレストの姿があった……。




