第四十七話 司教とダンスと
王族との疲れる挨拶をなんとか終わらせてその場を離れたはいいものの、この後は主だった貴族との挨拶が待っている。まず最初は宰相からだった。
「貴方がリファ殿か。私はサヴァリス・ミリアルド、宰相を務めている。ポラリス学院での講演は見事なものだったと聞いているよ。時間さえあれば私も拝聴したいところだったのだがね」
サヴァリス宰相は50才位の金髪の美丈夫で公爵でもあるらしい。さすが宰相だけあって物凄く知的で穏やかそうに見えるのに表現しにくい迫力を感じる。
「リファと申します。ありがとうございます、宰相閣下。ですが私は学位なども持たない凡庸な薬師ですので閣下に御足労頂くような内容には程遠いと思われます」
「いやいや、学長があれほど喜んでいたのだ。おまけに不埒な輩の排除にも助力頂いたようだし、私からも礼を言わせて貰うよ。正直な所奴の影響で薬学科の面々は高齢で頭の固い連中ばかりが幅を利かせていて困っていたのだ」
マールドン教授、いや元教授かな。相当悪さしてたみたいだね……思わぬところで感謝されてしまったみたいだけど、私は切っ掛けを作っただけで実際に断罪したのはヴァイドです。
「失礼、宰相閣下、私にも今評判の薬師殿を御紹介頂けないでしょうか」
「おお、貴公がこのような場に出席するとは珍しいな。リファ殿、こちらは若くして司教枢機卿に任命されたフェリクス殿だ」
この30代位のやたら美形な男性は……大聖堂のミサで目が一瞬だけ合った人だ。司教枢機卿というと確か教皇の次に偉い人だけどこんなに若いのに2番目の地位にいるとか物凄く優秀な人なんだろうか。
「御紹介に預かりましたフェリクス・ヴィンセントと申します。以後お見知りおきを」
「リファと申します。以前フェリクス様が大聖堂でミサを開かれている所を拝見したことがあります。とても荘厳な雰囲気でした」
「大聖堂に来られたことがあったのですね。また機会がありましたら是非私に案内させて下さい」
「先日初めて大聖堂を見た時はあまりに綺麗なので本当に吃驚しました。その際は宜しくお願いします」
正直この人、顔は作り物めいて綺麗だけど目が全く笑ってないし何か見透かされてる感じがして近寄りたくない。その後はなんとか茶を濁し、貴族達との挨拶も一通り終わらせてようやく一息ついた。
「リファ君、お疲れ様。喉が渇いただろう、これを」
「クラヴィス様、ありがとうございます。」
クラヴィスが労いの言葉とジュースを渡してくれる。私はアルコール類が苦手なのでジュースなのだ。全く飲めないわけではないけどすぐ顔が赤くなるし頭も痛くなるから好きじゃないんだよね。この体質は転変してもあまり変わらなかった。
「宰相閣下はなんというか、穏やかそうに見えて怖い人って感じでしたね」
「ああ、あの人は恐ろしく頭が切れる。そして敵対したものは容赦なく潰す冷徹さも併せ持っている。マティアス国王は割と自由な方だからあの人がそこを引き締めている所があるな。怖いところもあるが有能な人材は身分や性別に拘らずに採用し常に結果を出し続けている。尊敬できる方だよ」
「クラヴィス様がそこまで褒めるなんて……本当に凄い方なんですね」
「ああ、そうだな」
「フェリクス様に関してはどう思いますか」
「彼か……あの若さであの地位にいるということは相当に優秀なのだろうが、おそらくそれだけではないだろう。色々と黒い噂も絶えない人物だ。出来るならあまり関わらない方がいい」
「はい、私もあの人は何というか底知れない怖さを感じました。極力近寄らないようにしますね」
「それがいい。危うい者には近寄らないのが一番だ」
とクラヴィスが笑顔で答えてくれたところで音楽がかかる。どうやらダンスの時間が始まったようだ。
「そろそろ時間のようだ。レディー、一曲お願いできますか?」
「喜んで」
クラヴィスがちょっと芝居がかった仕草で膝をつき私に手を差し出す。内心転んだり足を踏んだりしないか心配だけど手の震えを抑え込み、手を重ねる。
クラヴィスとのダンスは猛特訓したおかげかこれといった失敗もなく踊れているようだ。人前で踊ること自体が恥ずかしすぎるけど少しずつ慣れてきたのか足の震えもじきに止まってくれた。
「この短期間でよくここまで踊れるようになったな」
「コーチが優秀でしたから。お陰様で恥をかかずに済みそうです」
「それはなによりだ。あー……ええと、だな。その、今日のリファ君は本当に綺麗だと思う」
「ありがとうございます。皆さんが頑張って綺麗にしてくれたんですよ。私なんかをここまで化けさせてくれるなんて凄いですよね」
「い、いや……元が良いからだと思うが……君はもう少し色々と自覚した方がいいのではないかな」
「クラヴィス様も御存じの通り私は元が『あれ』ですからね。おまけに中身が残念なのもきちんと自覚してますので大丈夫です!」
「いや、全然大丈夫じゃない気がするのだが……」
クラヴィスがなにやら溜息をついていたがちょうど曲が終了したようだ。そこでエルハルト王子が一直線にこちらに向かってくるのが見えた。思わず逃げ出したくなるのをグッと堪える。
「慣れていないなりになかなか良いダンスだった。次は私と一曲踊って貰おうか」
「よ、喜んで……」
ニヤけてるエアハルトの誘いを仕方なく受け、曲の開始と共にゆっくりと踊りだす。さすがに踊りなれてるようで物凄くダンスが上手い。リードが自然だから不慣れな私でも問題なく踊れる。美形で頭もよくてダンスまで上手とか何この完璧超人。
「なかなか上手く踊るではないか。平民ではダンスを踊る機会などそうそうないのではないのか?」
「は、はい。つい先日まで全くありませんでしたのでこの三日間特訓してもらいました」
「ほぅ。わずか三日でここまで踊れるようになったというのか。お前は努力家でもあるのだな」
「いえ、ハミルトン家の方々に恥をかかせるわけにもいきませんでしたので……」
「お前は随分ハミルトン家に入れ込んでいるようだが何か理由でもあるのか?」
「あの人達は……私が大変な時に救ってくれた上に本当に大切にして貰いましたから。今度は私が皆さんが幸せになる手助けをしたいんです」
「恩返し、というわけか。お前が私の妃になればハミルトン家は姻戚筋として大きな権力を持つことになるが、それは彼らのためになると思わないか?」
「え!?あ、その、ええと……前にも言いましたが、私には王族の妃なんてとても無理です」
「私がお前ならやれると言っている。私の言葉を疑うのか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「側室が嫌なら愛妾でも構わんぞ。煩わしい政治などにも一切関わらず私の相手だけしていればいい。悪い話ではないだろう」
「……すいません、もう少しだけお時間を頂けませんか」
「強情な女だ。だが私は気が長い方ではない。あまり待たせるなよ」
ようやく曲が終わり、エルハルトから解放される。すると次はグリフィス王子がやってきた。
「兄上、独り占めはずるいですよ。リファさん、次は僕と一曲お願いできますか」
「よ、喜んで……」
既に心身共にぐったり疲れてるけど王子の申し出を断るわけにもいかず、次の曲に合わせて踊りだす。
「リファさん、ダンスもお上手なんですね。それにしても今日の貴女はいつも以上に可憐で美しいですね!」
「あ、ありがとうございます……ミュリエラ様やメイドの方が頑張って綺麗にしてくれました」
「貴女みたいな綺麗な女性と踊れる僕は幸せです。もし良ければ次にパーティーに参加される時は僕にエスコート役を任せて頂けませんか?」
「え!?あ、あの……私の一存では決めかねますが、王子様のエスコートを平民の私がお願いするなんて無理かな……と」
「そんなことは絶対ありません!その気になったら必ず教えてくださいね。何を差し置いても絶対に僕が務めますので!」
「は、はい……」
相変わらず目をキラキラさせてグイグイくるグリフィスとの踊りが終わりほっとしていたら今度はフェリクスが誘いをかけてきた。
「リファさん、次は私と一曲お願いできますでしょうか」
「……喜んで」
関わらないようにしたかったけど、向うから来た分には受け入れるしかない。重い足をなんとか動かし、3曲目の開始と共に踊りだす。
「これでようやく貴女とゆっくりお話しできますね」
「……?私に何か聞きたいことでもありましたか?」
「ええ、これまで幾度もあなたとの面会を申し出ていたのですが、ハミルトン家に悉く袖にされていましてね。率直に聞きますが、BPの製作者はリファさん、あなたですね」
「……!?私はその件に関しては口止めされているのでお答えしかねます」
「沈黙は肯定と同じとも取れますがね。もう一つ、あなたは神人と何らかの関係がある、違いますか」
「……ッ」
思わずフェリクスの目をじっと見つめてしまう。ようやくわかった、この人は私なんて見ていない。私の中の『何か』しか見ていないんだ。だから気持ち悪いと感じたのだ。
「神人に関してはヴァイド様から色々な伝説として聞いています。ですがそれ以上のことはわかりません」
「わかりません、ですか。『知らない』ではないのですね、貴女は嘘を付けない正直な方のようだ」
「……何を仰っているのかよくわかりません」
「あなたは御存知ないかもしれませんが、天神教と神人には密接な関係があります。いずれまた近いうちにお話しする機会もあることでしょう」
衝撃的な質問ばかり投げつけられて途中からダンスのことなんて殆ど考える余裕も無くなっていた。それでもなんとか転ばないうちに曲が終わり、薄笑いを浮かべるフェリクスから解放されると同時に足早にその場を離れた。とりあえず人気の少ないテラスへと向かう。
「リファ、顔が真っ青。座って休む」
「リファ様、この椅子どうぞ!」
「リファちゃん、大丈夫?飲み物貰ってくるから少しだけ待っててね」
「皆、ありがとう……少し休めば大丈夫」
様子が明らかにおかしい私を心配してミリュー、レイナ、ミュリエラがすぐに駆け付けてくれた。ミュリエラが香りの良いアイスティーを持ってきてくれたのでありがたく受け取る。
「ありがとうございます、ミュリエラ様。慣れないダンスでちょっと疲れが出てしまったみたいです」
「ダンス初心者のリファちゃんをあんなに連続して踊らせるとか何考えてるのかしらね……女性への配慮が足りていないわ」
ミュリエラが私のために憤慨してくれる、それがとても嬉しい。
「ダンスのこともあるけど、多分フェリクスが一番の原因だろうね。あいつと踊る前と後でリファ君の様子がガラッと変わったから」
さすがにヴァイドはよく見ている。後で相談する必要があるけど、さすがにこの場では無理なので帰ってからにしよう。その後はダンスの誘いも丁重に断り、王族に早めの帰宅の挨拶をしてから帰ることにした。
帰り際にエルハルトから近衛騎士団の演習を見に来いと命令されてしまったので仕方なく頷いておいたのだけれど、まさかその演習であんなことが起きるなんてこの時の私は思いもしなかった……。




