第四十四話 識別救急
そんな感じで薬学科での講義も昨日で全て終了し、今日からは医学科の講義を行うことになる。正直私は薬師であって医学科で何を話せばいいのかよくわからない。なのでとりあえず治療テントで最初に行ったことを説明することにした。
「戦争時は多数の負傷者が出ます。これは必然です。それに対し、医療班の人数はどうしても少人数になるため全ての負傷者に対し最高の治療を時間をかけて行うことはほぼ不可能となります。それを踏まえた上で必要なのが線引きでした」
「ふむ。確かに負傷者と医療班の人数の格差はどうしようもないですな。して、その線引きというのは?」
医学科の教授であるフロイド・ヴァスティ侯爵が質問を投げかけてくる。この方は私が学生時代だった頃と変わらず穏やかで理知的な方だ。マールドンの時と違って安心して受け答えができるのが嬉しい。
「線引きというのは、助けられる人とそうでない人、その振り分けです」
「ほう。仮にも医療に携わる者でありながら命を見捨てると言うのか?」
ここでミラハルト王子がからかうような笑みを浮かべながら問いかけてきた。あえてその言い方を選ぶあたり性格の悪さがひしひしと伝わってくる。ちょっとだけムッとしながらも答える。
「私たちは神ではありません。どんなに手を尽くしても助けられない命はあります。そして時間も人手も足りない戦場においては『手を尽くせば助けられる命』を確実に助けることが何よりも大切だと思います」
「なるほど。ではその助けられない命と助けられる命、その二つに分けるということかね?」
「いえ、まず最初にその線引きが必要ですが、その上で更に優先順位を付けていきます。」
「優先順位?患者を差別するということか?」
ああもう、ミラハルトの小姑みたいな突込みきつい。
「身分などで差別するわけではありません。重症度で優先順位を付けるのです。具体的には緊急で治療を施さなければいけない重症患者、緊急を要しはしないけれども重症ではある患者、命の危険は今の所無い軽症患者の三段階に分け、今挙げた順に治療を施していきます」
「つまり無駄を省き、効率を重視して治療を進めていくための線引き、というわけか」
ようやく王子も納得してくれたみたいだ。別に話が分からないわけじゃないみたいなんだよねこの人。ただ性格が悪くて俺様なだけで。
「この振り分けは一番最初に行われるべきことですが、振り分けの結果を周知するために目印を付けることが望ましいです。私は助けることが難しい患者には黒い板を、緊急に治療が必要な重症患者には赤い板を、緊急を要しない重症患者には黄色い板を、軽症患者には緑の板を添えることで対応していました。そうすることで周りの医療班が一目で振り分けの結果を知ることができます」
「ううむ。限られた資源と時間の中でもそのやり方をもってすれば確かに最大数の患者の命を救えるかもしれんな」
「私はこうした振り分けを『識別救急』と呼んでいます。そしてこの振り分けは戦時に留まらず、自然災害においても採用することが可能だと考えます」
「成程、君が斬新な考え方の持ち主だと聞いてはいたがまさかこれ程とは思わなかった。レジェンディア侵攻での活躍はまさに君のこうした英知に支えられたものだったのだね」
「恐れ入ります。私自身も識別救急は人に教えられたものですので独自に考えたものではありませんが、良きものは周知し普及させるのが望ましいと考えます。ただレジェンディア侵攻の際は折り合いが悪く熟達した薬師や医師の方々が出払っていたため偶々いた私が取り上げられただけです。ベテランの方々がいれば私などより良い結果を出せていたでしょう」
「いやいや、若い君だからこそ古い価値観に捉われることなく新しい手法を導入できたのだろう。その上で多くの兵士を救ったのだ、誇るべきことだと思うよ。そしてこれからも医療の発展のため君の協力を仰ぎたい」
「私は薬師ですので若干畑違いではありますが、医学科とは重なる部分も沢山あると思いますので是非今後もご協力させて頂きたいです」
「私もお前の講義からは予想外に学ぶところが多かった。今度近衛騎士団の連中にも指導してもらいたいところだな」
ようやく一段落したと思ったら最後にエルハルトが無理難題ぶっこんできました。騎士の方々に何教えろって言うの?皆忘れてる気がするけど、私はただの薬師ですからね!




