第四十二話 マールドン教授の誤算
それから数日経ち、まず最初に薬学科で臨時講師として講演を行ったのだけど、初回から大変な騒ぎになってしまった。ある程度予想していたとはいえ、ここまで大事にするつもりはなかったのに。
「本日は先だってのレジェンディア侵攻にて薬師として多大な功績を上げ、『天上の癒し手』と称されたリファさんを臨時講師としてお招きしています。リファさん、どうぞ」
「只今御紹介にあずかりましたリファと申します。過大な評価に身が竦む思いですが、皆様の勉学に何かしら参考になるものがあれば幸いです」
司会の方に呼ばれたので転ばないように注意しながらゆっくりと教壇に向かい、ペコリと挨拶する。そして顔を上げるとザワッと学生達が騒ぎ出す。あれ、もう何かミスしたのかな……?気にしても仕方がないのでとりあえず続ける。
「まず私が皆さんにお伝えしたいのは私が発見した新しい薬と材料となる生薬についてです」
私達薬師が通常作る薬は生薬という薬草や動物由来の角や胆石などを乾燥させ、砕いたものを材料としている。それらを多くの場合混ぜ合わせて様々な薬効を得るのだ。私もBPを作る傍ら腕が鈍らないように薬も作り続けていたのだけど、レジェンディア侵攻後位から『これとかこれはもしかしたら生薬として使えるかも?』と閃くことが多く、新しい胃薬、利尿薬、下剤に抗不安薬などを作ることができた。勿論実際に薬局で売られるためには薬物審査委員会に提出しなければいけないけど、今回はあくまで提唱なので問題ない。
「これまではそれぞれの症状に対し一つの薬しかないケースが多かったので、今回発見した薬があれば従来の薬が効かなかった場合にも諦めずに症状の改善を期待できると思います」
新しい薬を作るのに必要な材料、配合比率、これまでに使われていた薬との使い分け上の注意などを続けて説明していく。今のところ学生さん達は割とおとなしく聞いてくれているようだ。
「いやはや、大変参考になりますな。さすが『天上の癒し手』とされるだけあって斬新な提案だ。学生達も喜んでいるでしょう」
「……ありがとうございます」
このまま何事もなく……とはいかなかった。薬学部教授であるマールドン・フィレンツェ伯爵が口許を歪ませながら手を上げて早速絡んできたのだ。
「折角来て頂いたのだ、私からもいくつか質問させて頂きたい。宜しいかな?」
本当は断りたいけどそうもいかないので首肯して続きを促す。
「リファ君は例の治療テントでBPという異常に効果の高いポーションを用いていたそうですな。あれは製作法が機密とされているが、君はそれを御存知だろうか」
「……それにつきましては私の一存ではお答えしかねます、申し訳ありません」
「ふむ、知らないわけではない、ということかな。ではもう一つ、レジェンディア侵攻における勝利にBPの存在が大きかったのは明白だ。しかしBPはいかんせん大量生産が不可能だという欠点がある。BPが慢性的に不足している現状で今後より大規模な、それこそ国全体を巻き込むような戦いがあった場合君には何か良い案はあるかな?」
BPの生産量が限られているという最大の欠点をうまくついている。こんな若い少女に代案なんてあるわけないだろうと高を括ってるんだろうね。でも一応以前から考えていることはあるんだ。
「私は通常使われているポーションの配合比率の改善案を提唱します」
ざわつきが一気に大きくなる。それはそうだ、ポーションの配合比率はもうこの20年は変えられていないのだから。ポーションは低級、中級、上級、特級と4種類あるがそれぞれ決まった材料を決まった配合比率で製作することで最も効果の高いポーションを作り出せるとされている。そして、その配合比率を20年前に提唱し、普及させたのが現薬学部教授であるマールドンだ。マールドンが私の発言を受け、顔を引きつらせながら即座に反論してくる。
「これは驚きましたな。ですがそれは年若い貴女のような方が踏み入るには少々敷居が高い領域なのではないですかな?」
つまり私の提案はマールドンの牙城を崩さんとするに等しいものなわけで、彼が噛みつかないわけがないのだ。マールドンは60才台で長い白髪の男性だが、非常に自己顕示欲が強く融通が利かず、我が強い性格をしている。ポーションの第一人者としてここで引くことは絶対に無いだろう。とはいえ、この展開自体は予想していた事だし、事ここに至ってはこのまま突っ走るしかない。
「マールドン教授の提唱された配合比率は素晴らしいものです。ですが、学術は常に進歩するべきものだと私は思うのです」
実は私は学生だった頃マールドンのポーションの1.2倍程強力な効果のある配合比率を見つけ出し、マールドンに提案したことがあるのだ。だけれど、彼はあっさりとそれを握り潰した。他ならぬ彼自身の名誉とプライドを守る、ただそれだけのために。新配合として提唱し、普及させていれば救えた人はもっと増えたはずなのに……。
そんなことがあったことで私もその後は配合比率の研究を諦めていたのだけど、最近ポーションの新しい配合比率を閃き、今では1.5倍程強力な効果のあるポーションが作れるようになったのだ。
「この配合比率でポーションを製作し、最後にキアラ草を乾燥させニフラ油で煮詰めたものを30g加えてよく混ぜ合わせることで、現行の1.5倍程高い効果のあるポーションを製作することが可能です。そしてこのポーションであれば大量生産が可能ですので大規模な戦争においてもBPに頼り切りにはならなくて済むはずです」
「なっ……馬鹿な!1.5倍だと!?そんな馬鹿げた効果のポーションなど配合を変えた程度で作れるものか!寝言は寝て言いなさい!」
この返答に誰よりも仰天したのはマールドン本人だ。彼としてはBPの作成に何らかの関与が疑われるこの少女を皆が見ている前でやり込めることで自身こそがポーションの第一人者であると知らしめ、更にあわよくば弱みを握り、BPの作成法までも手に入れようと考えていたのに、反論どころかあり得ないほど高性能な新型ポーションまでをも提唱されてしまったのだから。
「御言葉ですが、このポーションに関してはハミルトン領の領軍の訓練施設にて検証実験を既に行っており効果は立証済みです」
「し、証拠はどこにある!口ではなんとでも言えるではないか!」
「証拠なら……」
「ありますよ~。こちらを御覧ください」
私が言いかけたところで右手に書類を持ったヴァイドが司会の方に歩いていき、書類を渡す。
「こちらが薬物審査委員会に提出済みの『ポーションの新配合比率とその効果の臨床試験について』の控えです」
「なんだと……!?そんなもの私は聞いていないぞ!」
「そりゃマールドン教授に知られたら『また』握り潰されるのが目に見えているから秘密裏に提出したんでしょう?」
「『また』、だと……そういえば確かに配合の一部に見覚えがある……まさかこの件にあの男が絡んでいるというのか!?」
「さぁどうでしょうねぇ。どちらにしても身に覚えがあるのは間違いないようですが」
「マールドン教授、彼はこう言っていました。『僕は発案者が誰であろうと構わなかった。あなたが発案者となろうともそれで命を救われる人が一人でも増えるならそれで満足だったのに』と。なぜあなたは彼の案を受け入れなかったのですか……?」
「し、仕方なかったのだ……あれを認めてしまっては……私が今まで築き上げてきたものが……それにあいつが裏切らない保証もなかった!」
「あなたが人の命よりも御自分を優先させてしまったことが本当に残念です、教授。もし少しでも悔やんでおられるのなら新型のポーションの普及に尽力して下さいませんか」
「ぐ……くっ、そんな、もの……認められるか!……うわっ!」
マールドンが司会の持つ書類を奪おうと駆け寄るも、控えていたミリューとレイナに拘束され、地面に引き倒される。
「これ以上リファ様を煩わせないで下さい」
「大人しくする」
「は、……離せ!あんなものは出鱈目だ!皆、騙されるな!」
「往生際が悪いですよ、教授。そもそもあの書類は控えだから取り上げても意味はありません。そして、あなたがこれまでやってきた裏口入学、薬物審査委員会への圧力、そして違法薬物の裏取引の証拠も取り揃えて学長に提出済みです」
「な……なんだと……!?そんな……馬鹿な……」
放心した様子のマールドンは力なく警備騎士に連行されていった。実は臨時講師が決まった時点でヴァイドに相談し、きっと彼なら何かしらの手段でBPの件で探りを入れてくるだろうと想定して準備をしてきたのだ。以前の提案を握り潰された経緯を話したらヴァイドが物凄く楽しそうに計画を立案してくれた。ヴァイドにとっても気にくわない相手だったらしく、着々と物的証拠を集めるその手際は鮮やかなものだった。彼だけは絶対敵に回したくない。
色々な意味であまりにも問題がある教授だったので罪悪感は殆どないけど、とにかく疲れた……。おかしいな、なぜ講義をしにきたはずなのに断罪の場になるんだろう。学生にとってはいい迷惑だよね。
「え、ええと……色々とお騒がせしてすいません。新しいポーションの配合比率については薬物審査委員会から許可が下りるまでは個人使用でお試しいただければ幸いです。」
ペコリと挨拶して退室しようとしたら王子二人の視線に気が付いた。ミラハルトはニヤニヤと笑い、グリフィスはキラキラと目を輝かせて私を見つめている。色々な意味で怖かったのでニッコリと愛想笑いして逃げだすことにした。




